褐色の『アルヴ』
「……しつこい」
ティタンシアはミッテンベルクと公都の中間地点にある森の中で、黒の覆面をした連中に追われていた。
狙いは依頼品である小さな木箱で間違いないだろう。
これまでも『組合』から受けた同じ依頼で、ティタンシアはこうやって必ず同じ黒い覆面の連中の襲撃を受けている。
それを踏まえると、今回もまた同じ連中の仕業だろう。
「いい加減あの人も、わたしをこき使うのはやめてほしい」
全速力で木々を飛び移りながら、愚痴を零すティタンシア。
そうは言いながらも、これは彼女の望みでもあるので、引き受けないという選択肢はなかった。
そう……ティタンシアには、どうしても叶えたいものがあるのだから。
「……今回はどうしようか」
追っ手からある程度距離を取れたことで余裕ができた彼女は、木の枝の上で振り返り、思案する。
『アルヴ』であるティタンシアにとって、森の中は庭のようなもの。自慢の弓で追っ手を仕留めることも難しくはないが、残念ながらそれはできない。
万が一のことがあっては困るから。
とはいえ。
「要は殺さなければいいだけ」
ティタンシアは表情を変えることなく、静かに弓を構える。
狙いはもちろん、黒の覆面を被った追っ手である。
「全部で三人。ここまでわたしについてこれたことは褒めてあげる。でも、疲れで集中力が散漫になっている」
弦を引き絞り、ティタンシアは狙いを定めて矢を放った。
「っ!? ぐああああ!?」
「命中。次」
大腿に矢が突き刺さり、追っ手の一人がもんどりうって倒れる。
そちらには目もくれず、ティタンシアは木を移動して次の獲物に照準を合わせようとするが。
「……少しは頭を使ってきた」
残る追っ手の二人は散開し、木々の隙間を縫って的を絞らせない。
だが。
「残念」
「っ!? あぐ……っ」
背後に回ろうとしていた追っ手を待ち構えていたティタンシアは、真上から左肩と右足を矢で貫いた。
やはり森の中は彼女の独壇場。追っ手もよく訓練されているようだが、彼女の足元にも及ばない。
「残るは君一人。このまま戦ったところで、わたしには勝てない」
「…………………………」
残された追っ手に向けて弓を構え、弦を引き絞った。
あとは右手を離すだけで、矢は正面の追っ手を貫くことになる。
すると。
「……分かった。今回は引き下がるから、仲間達を見逃してほしい」
追っ手は覆面を取りその顔を露わにする。
それは、『木漏れ日亭』の女将だった。
「違う、それは素顔じゃない。いつまでもこんな茶番を続けるなら……」
「……そうだな、すまない」
ティタンシアに指摘され、女将の顔に靄がかかったかと思うと、褐色の肌とアメジストの瞳、長い耳のある美しい女の顔が現れた。
これこそが、追っ手の本当の素顔。
「やっぱり君だった」
「…………………………」
ティタンシアがそう告げるが、褐色の女は口を開かない。
だが、この二人に何らかの因縁があることは明らかだ。
「今回もわたしが襲撃を阻止した。もういい加減、諦めてほしい」
「悪いがそれは受け入れられない。もう、私達『スヴァルトアルヴ』は止まれないんだ。それはお前も理解しているだろう?」
「…………………………」
今度はティタンシアが口を噤む。
ただ、彼女がこの褐色の女と争いたくないのだということは、はっきりと分かった。
そうでなければティタンシアが唇を噛み、こんなにも苦しそうな表情を浮かべるはずがない。
それは、彼女の前にいる褐色の女も。
「では、この者は連れて帰らせてもらう」
「……好きにすれば」
大腿を射抜かれて倒れている覆面の者を抱え、褐色の女はその場を去ろうとして。
「……あの坊やだが、今頃『スヴァルトアルヴ』の別動隊が確保しているはずだ」
「っ!?」
褐色の女の言葉に、ティタンシアが険しい表情を見せた。
「あの場でも思ったが、やはり君は坊やにご執心なんだな。いつも我関せずを貫いている君にしては珍しい。……だが、今回はそれが仇になった」
「まさか君が……“ゼリア”が指示をしたの?」
これまでにない殺気を込めてティタンシアが弓に矢をつがえ、弦をゆっくりと引き絞る。
彼女が初めてみせた、褐色の女……ゼリアへの敵意だった。
「違う。あの場に居合わせていた、他の仲間の手によるものだ」
「……そう」
「迂闊だったな。あそこに仲間がいる可能性に気づいていないなんて、お前らしくもない。それより、早くしないと坊やがどんな目に遭わされるか分からないぞ。あの者達は、私と違って優しくはない」
「っ!? ヨナ!」
その一言で、ティタンシアは弓を背負って一目散に森の中を駆け出した。
ゼリアとその仲間など一切無視し、無防備に背中を晒して。
「…………………………いや」
隙だらけのティタンシアに右手を向けるゼリアだったが、ゆっくりと下ろし、かぶりを振った。
◇
「ヨナ……ヨナアアアアアッッッ!」
ティタンシアはヨナの名を叫び、森の中を全速力で駆け抜ける。
ミッテンベルクを発ってからちょうど一日。予定どおりであれば、馬車は途中にある中間の村で一泊するはず。
そこにヨナがいなければ、彼は連中に誘拐されてしまったということに他ならない。
「お願い……無事でいて……っ!」
祈るように呟き、駆けるティタンシア。
その時。
「え……?」
長い耳に聞こえてきた、大量の木々が倒れる音。
彼女はこの音を、知っている。
「まさか!?」
ティタンシアは木々が倒れる音が聞こえた方角へと、森の中を走る。
色々と理解が追いついていないが、こんな真似ができる者は一人しかいない。
「ハア……ハア……や、やっぱり……」
「あ……」
相変わらず魔法の威力を抑えることができずに頭を抱えるヨナを見て、ティタンシアは安堵で膝から崩れ落ちた。
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