目指すは『アルヴ』の里
「……ひょっとしたら『アルヴ』の長なら、『妖精の森』のことを知っているかもしれない」
「! 本当ですか!」
「わ……」
軽い調子で告げたティタンシアに、ヨナは勢いよく顔を上げて詰め寄る。
表情こそあまり変化はないものの、仰け反って僅かに声を漏らしたことから、驚かせてしまったようだ。
「ヨナ、落ち着いて。あくまでもその可能性があるってだけの話」
「あ……す、すみません」
ティタンシアにたしなめられて興奮していたヨナは落ち着きを取り戻し、少し気恥ずかしくなって頭を掻いて謝罪する。
「そ、それで、『アルヴ』の長にはどこに行けば会えますか?」
「だから落ち着いて。長のいる『アルヴ』の里はここからかなり離れた場所の森の奥深くだから、すぐに行けるようなところじゃない。それに、ヨナは野宿できるだけの装備もない」
「あ……」
ヨナは古代魔法で身体を操っていることもあり、あまり多くの荷物を持つことができない。
それに、基本的に移動は乗合馬車などを利用している上に、いざとなれば転移できるので、そもそも野宿をする必要がなかったというのが理由だが。
「そういうことだから、行こう」
「え? 行くって……」
「ん、もちろんミッテンベルクに帰る」
ということで、ヨナはティタンシアと一緒にミッテンベルクの街へやって来た。
街に到着した頃には陽も落ちており、もう少し遅れていればそれこそ野宿確定だったのは間違いない。
ただし、ヨナが転移を使わなければの話であるが。
「……いくらヨナがすごい魔法使いでも、野宿の用意もしていない上に夜の森は危ない。わたしが通りかからなかったら、君はきっと魔獣に襲われていた。夜の彼等は狡猾だから」
「あ、あはは……」
ティタンシアに冷ややかな視線を向けられ、ヨナは苦笑いを浮かべるしかない。
だが、あまり声に抑揚がなく表情の変化にも乏しいが、彼女がとても面倒見がよく、優しい人だということは街へと戻ってくる間にヨナも理解していた。
ティタンシアもそうだが、マルグリットやカルロといい、ヨナはそういった者達との縁に恵まれている。
……いや、彼女との出逢いもまた、彼が一歩踏み出したことで生まれた運命の一つなのだが。
「わたしは組合に仕事達成の報告をしてくるから、君はあの店で先に食べていて」
そう言うと、ティタンシアは大通りにある小さな食堂を指差した。
吊り下げた看板には、『木漏れ日亭』と書かれている。
なお、ヨナはここに来る途中で教えてもらったのだが、彼女は『運び屋』を生業にしているとのこと。
この『運び屋』というのは、依頼主が指定する相手に品物を届けるというもの。
扱う品物も家族や恋人に宛てた手紙といったものから、貴重な美術品や宝石、さらには武器や食糧といったものまで多岐にわたるそうだ。
「ええとー……」
「? どうしたの?」
「い、いえ。その……僕はいいんですけど、街に着いたらここでお別れだと思っていたので……」
不思議そうに尋ねるティタンシアに、ヨナは顔色を窺いながらおずおずと告げると。
「駄目。ヨナはわたしがいないと『アルヴ』の里に行けない」
「そ、そうですよね」
つん、と額を指で押され、ヨナははにかむ。
正直に言えば、『アルヴ』の里の場所さえ教えてもらえれば、あとは転移すればいいだけ。
だが、何もお願いしていなくても、こうやってヨナのためにお節介を焼こうとしてくれている彼女の優しさが嬉しくて、彼はそれを遠慮なく受け入れることにした。
「それじゃ、また後で」
「はい!」
組合へと向かうティタンシアを、ヨナは笑顔で手を振って見送った。
◇
「さあ、腹いっぱい食べるんだよ!」
少し恰幅の良い女将が、カウンターに座るヨナの目の前に威勢よく料理を置いた。
ここは労働者向けの食堂のようで、小さなヨナには絶対に食べきれないほどの料理が皿に盛られている。
「うわあああ……! 美味しそう!」
料理から漂う美味しそうな匂いと豪快な盛り付けに、ヨナは目を輝かせた。
とはいえ、ヨナの小さな身体でとても食べきれるような量ではないが。
「いただきます!」
ヨナはフォークを手に取り、夢中で食べる。
料理の内容は、こんがりと焼かれた大量の肉料理に根菜のスープ、それに黒パンだ。
ラングハイム家にいた時はパンといえば白パンだったため、こんなにも硬いパンを食べたことがないヨナは最初苦労したが、今ではスープに浸して食べる黒パンをすっかり気に入っている。
「おばさん、すごく美味しいです!」
「そうかい。それは嬉しいねえ」
ヨナの食べっぷりに顔を綻ばせる女将。
気づけば、食堂にいる他の客達もヨナを微笑ましく見つめていた。
すると。
「ハア……ヨナ、お待たせ」
溜息を吐いて店に入ってきたのは、ティタンシアだった。
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