終末の鐘
「くそっ! どうしてこうなった!」
皇宮に忍ばせていた間者から送られてきた報告書を破り捨て、ラングハイム公爵は机の上のものを腕で薙ぎ払う。
報告内容は、『魔導具の密造疑惑』と『謀反の可能性がある』として、皇宮がラングハイム領の査察を予定しているというものだった。
それも、三日後に。
「たったこれだけの残り日数では、工房も製造した魔導具を隠すこともできん! 最悪全て処分するしか……っ」
魔導具製造のために、ラングハイム公爵は巨額の投資をしている。
大量生産を可能にするための工房、魔導具の試作品の数々。これらは決してただではないのだ。
だが、万が一魔導具の密造を皇帝に知られてしまったら、間違いなくラングハイム家は潰えてしまう。
元々ラングハイム公爵には、帝国を簒奪しようなどという考えはなかった。
帝国が使用する魔導具よりも優れたものを製作し、他国に売りつけることで莫大な収入を得、五大公爵家筆頭の地位を手に入れようと画策したもの。
「ええい! それもこれも、あのベネディアの小倅のせいだ!」
ラングハイム公爵が魔導具を売った先は、まだベネディア王国のみ。
今回の密造のことを漏らしたのはベネディアだと決めつけるのは当然のことだった。
「……仕方ない」
意を決し、ラングハイム公爵は呼び鈴を鳴らす。
「お館様、お呼びでしょうか」
「パウル……工房に連絡し、製作中の魔導具を今すぐ廃棄するように伝えろ。ああそれと、倉庫にある魔導具も同様にな。いずれも、明後日までに終わらせるんだ」
「っ!? そ、その、よろしいのですか……?」
「仕方あるまい……っ」
窓の外を眺め、ラングハイム公爵は悔しそうに歯噛みする。
ここまで投じた資金が全て無駄になり、しかもラングハイム家存亡の危機なのだ。
つい二か月前にはジークの次期公爵の披露も済ませ、ラングハイム家の将来は安泰のはずだったのに。
「……そういえば、あの日からか」
ハーゲンベルク伯爵令嬢マルグリットとの縁談をにべもなく断られ、今度は独自に開発した魔導具の製造が頓挫した。
それもこれも、ジークの誕生日であるあの日にヨナが失踪してから。
「まさかな……ヨナごときが、元凶であるはずがない」
四年前まで寝たきりで、ようやく動けるようになったかと思えば何一つ当たり前のことができない出来損ない。
そんなヨナに、エストライア帝国建国時から続くラングハイム家をどうにかできるはずがない。
仮にヨナがいなくなったことで神の加護を失ったなどとほざく者がいれば、それこそ目は節穴というもの。
むしろヨナという存在こそが、最愛の妻であるマルテの命を奪った疫病神なのだから。
とはいえ。
「あれから二か月以上経つが、まだ見つからんか……」
ヨナ捜索の手は、もはや帝国全土に及んでいる。
にもかかわらず、ヨナの目撃情報すらない。
こうなると考えられるのは、既に帝国を出てしまったか、あるいは最悪の事態が起きたか。
「とにかく、何としてでも見つけねば」
彼の存在がはっきりとしない以上、死んでいたにしても公表することもできない。
かといって馬鹿正直に失踪したことを公にしてしまったら、それこそ良からぬ噂を立てられるばかりか、五大公爵家の他の四家に寝首をかかれることになる。
特に、“ランベルク”公爵家には絶対に知られてはならない。
それに亡きマルテから、遺言としてヨナのことを頼まれている。たとえ勝手に家を飛び出したヨナの自業自得とはいえ、亡くなった妻への罪悪感が少しはあった。
「……どうせくたばるなら、この家でひっそりと死ねばよいものを……って、私は何を言っているのだ」
いくらヨナに憎しみを覚えているとはいえ、彼もまた自分の息子。
にもかかわらずそのような言葉を吐いてしまったことに、ラングハイム公爵は自己嫌悪した。
◇
「ふむ……確かにラングハイム卿のおっしゃるように、魔導具らしきものは見当たりませんね」
ラングハイム家の屋敷及びラングハイム領の中心街である“ザントブルク”全域の調査を終え、今回の査察官を務めるエストライア帝国第一皇女、“パトリシア=ハイルヴィヒ=フォン=エストライア”が口元を押さえる。
彼女はそう告げているものの、皇族特有の琥珀色の瞳は、ラングハイム公爵への疑念を隠そうとしない。
「全てパトリシア殿下にご確認いただいたとおり、我がラングハイム家が帝国の顔に泥を塗るような不届きな真似をするはずがありません」
「そうですか……なら、どうして今回のような告発があったのでしょうか。それも、帝国製とは異なる魔導具まで提供して」
「……さあ、私には分かりかねますな」
鋭い視線を向けるパトリシアに対し、ラングハイム公爵はしらを切る。
老獪なラングハイム公爵が弱冠十八歳のパトリシアをあしらっているかのような会話と態度だが、内心で彼は薄氷を踏むような気分だった。
何せパトリシアはその圧倒的な剣の強さと美貌、母親である皇妃譲りの髪から『白銀の剣姫』と呼ばれ、帝国内外から畏怖と憧れを一身に受ける存在。
しかもこの若さで、帝国軍の将軍職を務めるほどの才能の持ち主でもある。たとえラングハイム公爵といえども、少しでも対応を間違えればどうなるか分かったものではない。
「まあいいでしょう。しばらくはこのザントブルクに私の部下を置いていきます」
「…………………………」
ラングハイム公爵は思わず舌打ちをしたくなるが、ぐっと堪える。
だが、これでパトリシアの部下がこの街からいなくならない限り、魔導具製造を再開することもできない。
「では、ゆめゆめ間違いを起こしませぬよう」
ラングハイム公爵にそう告げると、パトリシアは愛馬に跨り、白銀の髪をなびかせて帝都への帰路についた。
「……ふん。パトリシア殿下の部下がいなくなってからでも遅くはない。魔導具を大量生産し、他国に売り払えば充分取り戻せる」
遠ざかるパトリシアの背中を忌々しげに見つめ、ラングハイム公爵は鼻を鳴らす。
その運命は、既にその手から零れ落ちてしまっていることにも気づかないで。
本来の運命では、海蛇の魔獣を仕留めることができなかったベネディア王国は、大量の魔導具をラングハイム公爵から買い付ける。
その結果、海蛇の魔獣の討伐に成功するものの王太子のカルロは右腕と左足を失い、魔導具購入によるラングハイム公爵への多額の借金が残った。
返済する当てのないベネディア王国は、やむなくラングハイム公爵の言いなりとなり、国を挙げて魔導具の大量生産を行うことになる。
その結果、ラングハイム公爵は『死の商人』としての地位を確立し、帝国のみならず西方諸国に多大な影響を及ぼす存在へとなっていく……はずだったのだ。
だが、その運命はヨナとカルロの出逢いによって変わった。
無事に海蛇の討伐を果たし、カルロも健在。これからベネディア王国は、若き王の誕生によって中央海を制する海洋国家として発展を遂げる……そんな運命が約束されているのだ。
そしてパトリシアは、ラングハイム公爵に『終末の鐘』を鳴らす者。
『白銀の剣姫』が鐘の音を鳴らし終える、その時。
――彼は、破滅と絶望を知る。
お読みいただき、ありがとうございました!
これにて第二章は閉幕し、次はいよいよ第三章です!
ヨナは今度は誰と出逢い、どんな絆を結ぶのでしょうか!
どうぞお楽しみに!
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