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『誰よりも信頼する方』の想い人

「ああもう、いい加減二人とも機嫌直せよ」

「「…………………………」」


 エストライア帝国の西にある小さな街ツヴェルクの通りを馬車で走る中、カルロは今も根に持っているアウロラとプリシラに頭を抱える。

 原因はもちろん、ヨナを引き留めることなく旅へと行かせたためだ。


 それも、最後に二人に会わせることなく。


 だが、もしヨナと会っていたら、きっと二人は彼を全力で引き留めただろう。

 ベネディア王国で誰よりもヨナの身を案じていたのは、カルロを除けば間違いなくこの二人なのだから。


「おっと、ここか」


 ツヴェルクの街で一番大きな建物の前で停車し、カルロは入り口に立つ兵士に声をかける。

 すると兵士は建物の中に入っていったかと思うと。


「どうぞお入りください」


 すぐに戻ってきて、馬車を玄関へと誘導した。


「さて……ヨナがあれだけ信頼しているハーゲンベルク伯爵とその令嬢は、どんな人物かな」

「「そのお話を詳しく」」


 馬車を下りて応接室に通されるなりそんなことを呟くと、今までずっと無視していたくせに急に食いつくアウロラとプリシラ。

 ヨナのこととのなると、とにかく暴走してしまうのが玉に(きず)だ。


「ヨナが去り際に言ったんだよ。『僕が誰よりも信頼する方』だってな」

「……お姉様、これは嫉妬してしまいますね」

「ええ。ヨナ様の一番は、この私だというのに」

「おかしなことをおっしゃいますね。ヨナ様の一番は、このプリシラですが」

「ああもう! 人ん()で喧嘩すんなよ!」


 余計なことを口走ってしまった自分も悪いと思いつつ、とにかく言い争いを始める二人をなだめる。


 その時。


「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」


 この屋敷の侍従が応接室を訪れ、カルロ達を主であるハーゲンベルク伯爵の待つ部屋へと案内した。


「旦那様、『カルロ商会』の皆様をお連れしました」

「うむ」


 さすがにベネディア王国の王太子が帝国を訪れていることを知られるわけにはいかないので、カルロ達は商人と偽ってここに来ている。

 だというのに、アウロラとプリシラはお構いなしに侍女服を着ているが。


「よく来てくれた。領主のハーゲンベルクだ」

「カルロと申します。ハーゲンベルク閣下とお会いでき、恐縮です」


 ハーゲンベルク伯爵から差し出された右手を取り、カルロは握手を交わす。

 だが、その視線の先は伯爵ではなく、その後ろに控えていた小さな少女に向けられていた。


「はじめましてカルロ様。ハーゲンベルク家長女、マルグリットと申します」


 つい、とスカートの裾を持ち上げ、マルグリットは優雅にカーテシーをした。


「こちらこそはじめまして。カルロです……って!?」

「アウロラです」

「プリシラです」


 なぜかカルロを押し退け、二人の侍女が負けじとお辞儀をする。

 どうやら二人は、マルグリットこそヨナが『誰よりも信頼する方』だと踏んだようだ。


「それで……本日の商談ですが、マルグリット様もご同席なさるということでしょうか?」

「うむ。娘には私の跡を継いでもらうため、領主の仕事の手伝いをしてもらっている」

「へえー、それはそれは」


 平静を装っているが、見たところヨナと年齢はそう変わらなそうな彼女がもう領地経営を学んでいることに、カルロは内心驚いていた。


「それで、私にどうしても売りたいものがあるとのことだが……」

「はい。ぜひともご覧いただけますでしょうか。ただ、かなり大きなものですので、お手数ですが私どもの馬車までご足労いただけると助かります」

「うむ」


 ということで、カルロはハーゲンベルク伯爵とマルグリットを連れ、馬車へと向かう。


「どうぞこちらです」

「っ!? これは……っ」


 荷台に積まれているもの……『審判の火』をはじめとした魔導具を見て、ハーゲンベルク伯爵は思わず(うな)った。


「……カルロよ。どうしてこれを私に売ろうと考えた」

「はい。実はハーゲンベルク閣下を紹介してくれた者がおりましてね。『僕が誰よりも信頼する方』だと」

「「っ!?」」


 その言葉だけで、伯爵とマルグリットは紹介した人物が誰なのか思い至る。

 一か月と少し前、ハーゲンベルク領を飛蝗(ひこう)の大群から救ってくれた、あのヨナであることに。


「改めて自己紹介を。私……いや、俺はベネディア王国王太子、カルロ=レガリタ=ベネディアと申します」

「なんと……!」


 カルロはベネディア王国の紋章の意匠が施された剣の柄を見せ、驚く二人に頷いた。

 その後先程の部屋に戻り、カルロがここへとやって来た経緯(いきさつ)と目的について説明する。


「……ラングハイム家が、そのようなことを……っ!」


 ハーゲンベルク伯爵は、怒りの形相を見せて歯噛みした。

 ラングハイム家のしたことは間違いなく帝国に対する叛逆(はんぎゃく)。到底許せるものではない。


「閣下が考えておられることと同じように、ヨナも魔導具を証拠として帝国に訴えるべきと言っていました」

「ふう……一体ヨナは何者なのだ。あの古代魔法もさることながら、やはり只者ではない」


 深く息を吐きかぶりを振るハーゲンベルク伯爵を見て、彼がヨナの素性を知らないことに気づいたが、カルロはあえてそのことについて言及しないことにした

 ヨナが『誰よりも信頼する方』であるにもかかわらず、正体を明かしていないのだから。


「それで閣下、帝国へは……」

「もちろん、すぐにでも報告するつもりです」


 ハーゲンベルク伯爵が力強く頷く。


 とりあえずこれで、ヨナから頼まれたことは片づいた。

 用事もなくなったので、カルロは席を立とうとして。


「あ、あの! ヨナは……ヨナは元気にしておりましたでしょうか……っ」


 今まで重要な話だからと口を(つぐ)んでいたマルグリットが、今にも泣き出しそうな表情でカルロに尋ねる。

 それだけ彼女はヨナのことが心配で、何よりも大切なのだろう。マルグリットの様子から、それを理解するには充分だった。


「……ああ。もう次の場所へ行っちまったが、元気だったよ」


 きっとヨナは、彼女に自分の身体のことを教えてはいないのだろう。

 カルロはマルグリットに、半分だけ(・・・・)嘘を吐く。


「そうですか……」


 マルグリットは胸を撫で下ろすも、その表情はとても寂しげだ。


(なるほど……ここはこの俺が、一肌脱いでやるか。あいつもこの女の子のこと、かなり気にかけていたしな)


 そんなことを考え、カルロは口の端を持ち上げると。


「魔導具をこちらに届ける際、ヨナの奴はやたらとマルグリット嬢のことを気にしていたよ。ちょっと揶揄(からか)うとすぐ真っ赤にしてな」


 これも半分嘘……いや、ほぼ嘘ではない。

 実際にマルグリットのことを気にしていた上に、カルロに揶揄(からか)われて怒っていたのは事実だ。


 すると。


「そうですか……ヨナが……」


 マルグリットは拝むように合わせた両手を口元に当てると、頬を染めて(とろ)けるような微笑みを浮かべた。


「尊い……」

「尊い……」


 これまでずっと無言を貫いていたアウロラとプリシラが、そんなことを呟く。

 どうやら二人も、マルグリットのことを気に入ったようだ。


(ハア……ヨナは大人になったら、女に苦労しそうだなあ。ま、今もしてるけど)


 そんなことを考え、カルロは苦笑した。

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