英雄の誕生
「さて……ヨナ、何か申し開きはあるか?」
「ありません……」
海蛇の魔獣を倒して王城に戻ってくるなり、ヨナは険しい表情で腕組みをするカルロ、頬を膨らませてあからさまに不機嫌な様子を隠さないアウロラ、プリシラに睨まれ、恐縮して小さくなっていた。
「確かにヨナがいなければあの魔獣を倒すことはできなかったし、おそらく俺達はあいつに食われちまっていただろう。だがな」
カルロは一拍置き、ヨナに鋭い視線を向けると。
「それでもお前の身体はぼろぼろで、下手をすれば逆にお前が死んでいたかもしれねえんだ。だから……命を粗末にするような真似はやめろ。お前を想って世話をしてくれる、この二人のためにもな」
「…………………………」
ヨナは何も言い返すことができず、ただうつむく。
自分のしたことはカルロを……ベネディア王国と中央海を救ったことであり、それは誰にできる芸当ではなく、称賛されてしかるべき偉業だ。
だが、それでもカルロはヨナの身体を思って心を鬼にし、あえて苦言を呈してくれたのだ。
その気持ちが分かるからこそ、ヨナはこうして素直に聞き入れている。
ただ。
「ハア……ちゃんと聞いてるのか?」
「は、はい! ……えへへ」
「全く……」
そんなカルロの優しさが嬉しくて、ヨナはどうしても口元を緩めてしまう。
とうとう伝説の一つを目撃できたことももちろんだが、それ以上にこの王太子との出逢いが、彼にとって何よりの幸福だった。
「どうやら反省が足らねえようだし……アウロラ、プリシラ、今日はヨナのこと好きにしていいぞ」
「「! 初めてカルロ殿下に感謝いたします!」」
「初めてなのかよ!?」
二人の侍女は喚くカルロを無視し、素早くヨナの両脇に立つと。
「そういうことでございますので、ヨナ様」
「今日は全てお姉様とこのプリシラが、ヨナ様のお世話をいたしますので」
「「お覚悟なさいませ」」
「あ、あはは……」
まるで餌に飢えた肉食獣のような、獰猛な笑みを浮かべるアウロラとプリシラ。
その有無を言わせない迫力と緊張感に、ヨナは引きつった笑みを見せた。
◇
「ふう……」
次の日の朝、疲れ切った様子で深く息を吐くヨナはマクシミリアーノ国王の寝室へと向かう。
昨日のアウロラとプリシラのお世話はすさまじく、それはもう胃袋を破壊する勢いでお菓子を勧めてきたり、お風呂ではあられもない姿で全身を隈なく洗われてしまったり、寝る時にはなぜか両側から添い寝をして柔らかいもので挟んできたり……。
とにかく、昨日のことを思い出してヨナは恥ずかしくなり、思わず両手で顔を覆って赤面していた。
だというのに。
「……やはりヨナ様は可愛いですね」
「はい。それはもう今すぐお持ち帰りしたいです」
「…………………………」
昨日だけでは飽き足らないのか、二人の侍女はヨナの後ろで好き放題話している。
おかげでヨナは、ますます居たたまれなくなっていた。
「ヨナ様、お待ちしておりました」
ヨナが羞恥心に耐えながらようやく国王の寝室に到着すると、扉の前で待ち構えていた侍従長のフェデリコが恭しく一礼した。
「カルロ様も既にお待ちです。どうぞ中へ」
「は、はい」
扉が開け放たれ、ヨナはアウロラとプリシラに見送られて部屋の中へと入ると。
「よう、ヨナ。昨日は楽しめたか?」
軽く右手を上げ、カルロは意味深な表情で軽口を叩く。
ヨナからすれば目の前の彼は二人の侍女から辱めを受けることになった元凶であるため、それはもう抗議の視線を送った。
「これカルロ、今日は悪魔を倒した英雄を労うためにヨナに来てもらったのだ。あまり揶揄うでない」
「へぇへぇ」
カルロはマクシミリアーノ国王の諫言をまるで意に介さず、手をひらひらとさせて返事をする。
「まったく……まあよい。ヨナよ、よくぞ中央海に平和をもたらし、我が国の仇を討ってくれた。国王として礼を言う」
「い、いえ! 僕はそんな……」
マクシミリアーノ国王がまさか頭を下げるとは思わず、ヨナは恐縮した。
「謙遜するでない。必勝の策として帝国の魔導具を用いたがものの相手にもならず、魔獣の胃袋の中に入るところであった愚息を救ってくれたのだ。王として……いや、一人の父として、感謝してもしきれん」
「親父……」
マクシミリアーノ国王がそんなふうに思ってくれていたことに、カルロは感極まり声を詰まらせた。
「今夜は魔獣討伐と英雄の誕生を記念し、王国を挙げて祝賀会を開催する。ヨナにもぜひとも出席してもらいたい」
「あ……は、はい……」
マクシミリアーノ国王の言葉に、ヨナは戸惑いながら返事をする。
そんなヨナを、カルロはどこか寂しげな表情で見つめていた。
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