神を騙る愚か者に、裁きの鉄槌を
「なら、遠慮はいらないね」
そう言って、にこり、と微笑んだ。
ただでさえ脅威である海蛇の魔獣のみならず、巨大な白い魚の魔獣さえも前にして、どうしてヨナはこんなにも落ち着いていられるのか、カルロには理解できない。
だからカルロは、ヨナの姿をただ眺めることしかできなかった。
「守り神様。あの魔獣を、この船からもっと遠ざけることはできますか?」
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
海蛇の魔獣と対峙するそびえ立つ大きな背中に向けてヨナが尋ねると、白い魚の魔獣はそれに応えるように頭から潮を吹いて吠える。
「ッ!?」
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
雄叫びとともに突撃する、白い魚の魔獣。
海蛇の魔獣も対抗し巨体にのこぎりのような牙を突き立てるが、そんなものはお構いなしに白い魚の魔獣が押し込んだ。
「ありがとうございます。これだけ離れていれば大丈夫ですので、守り神様もその魔獣から離れてください」
やはり白い魚の魔獣は、ヨナの言葉を理解している。
噛みつく海蛇の魔獣の牙を振り払うと、白い魚の魔獣がすぐさま先程と同じようにイルヴェントドーロ号のすぐ前に位置した。
「あははっ」
両手を前にかざし、ヨナが笑う。
ハーゲンベルク領で飛蝗の大群を燃やし尽くした、あの時と同じように。
――自分こそが絶対の存在であると勘違いした理不尽に、それ以上の理不尽で思い知らせてやるために。
「海の底に沈みし水の根源よ。我の前に顕現し、空を穿つ波濤となりて神を騙りし愚かな大蛇を幽閉せよ」
ヨナが右手の人差し指を海に向け、高速で描いて詠唱すると、海面に海蛇の魔獣を取り囲むように六つの光の魔法陣が浮かび上がった。
「【ヴァッサゾイレ】」
「ッ!?」
六つの光の魔法陣が回転し、巨大な海蛇の魔獣すらも超える水の渦の柱が取り囲む。
海蛇の魔獣は抜け出そうと柱の隙間に頭を突っ込むが、渦に弾かれ、『審判の火』を受けても無傷だった青の鱗が剝がされて柔らかい淡い桃色の肌が露わになった。
「な……なんだよこれ……」
目の前のあり得ない光景に、カルロは呆けた声で呟く。
多くの仲間を屠り、食らった宿敵が、今はなす術もなく封じられている。
気づけばガリレオも、海兵達も、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「暗雲に眠りし雷の根源よ。我の前に顕現し、怒れる光となりて神を騙りし愚かな大蛇に裁きの鉄槌を下せ」
今度は左手の人差し指を水の渦の柱に囚われた海蛇の魔獣へと向け、先程と同じように目にも留まらぬ速さで魔法陣を描く。
「【ミョルニル】」
六つの水の渦の柱の中央、海蛇の魔獣の頭上に光の魔法陣が浮かび上がると、現れたのは稲妻を帯びた巨大な鉄塊。
中央海に誘われるように、それはゆっくりと、少しずつ神を騙る愚か者へと迫る。
「~~~~~~~~~~ッッッ!?」
触れた瞬間、海蛇の魔獣は悲鳴を上げることすら許されず、稲妻を受けて全身を小刻みに震わせるが、鉄塊はなおも海の中を目指した。
海蛇の魔獣にできることは、雷神の怒りをその身で受け止めることだけ。
「さあ……海の底で、自らの過ちを悔い改めなよ」
そのままゆっくりと海蛇の魔獣を沈め、そして。
――鉄塊は、海の中に消えた。
「ふう……」
空を見上げ、ヨナは大きく息を吐く。
古代魔法の行使には膨大な魔力が失われるが、あいにくヨナの魔力を枯渇させることはない。
小さな身体を壊し続けるそれは、なおも彼を蝕んでいる。
だが、本当の伝説――『中央海の守り神』との出逢いを果たし、海蛇の魔獣を倒した今のヨナには、それすらも心地よい。
「ヨナ……お前……」
震える指でヨナを指すカルロ。
ヨナは振り返り、カルロを見つめると。
「カルロさん、終わりました」
「ヨナアアアアアアアアッッッ!」
駆け寄ったカルロが、ヨナの小さな身体を両腕で高く持ち上げて空にかざした。
「すげえ! すげえよお前! あの守り神……いや、海蛇の化け物をぶちのめしやがった!
「えへへ……って!? うわわわわ!?」
最高の笑顔で讃えるカルロに照れ笑いを浮かべるヨナだったが、そこへガリレオや海兵達も集まってきて、一気にもみくちゃにされてしまった。
「すごいぞヨナ様!」
「とんでもない魔法使いがいたもんだ!」
「ありがとう! お前は俺達の恩人だ!」
みんなの鍛えられた太い腕が、ヨナを持ち上げると。
「さあみんな! この小さな英雄を胴上げだ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
「うわわわわ!? あ……あははははははは!」
高々と宙を舞い、戸惑っていたヨナも楽しそうに大声で笑う。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
――中央海に響き渡る、本物の守り神の祝福の雄叫びに包まれて。
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