本物と偽物
「これ、が……」
――『中央海の守り神』が、口を開けて構えていた。
「だ、だけど、守り神がここに現れるなんておかしいじゃないか!」
遠くの小さな島を見て、ヨナが叫ぶ。
あの島は、先日魔導具の試験をした海域で見たものと同じ。ならここは、これまで守り神が出没する海域ではない。
「みんな踏ん張れ! あの野郎のどてっ腹にこいつをぶち込めば、俺達の勝ちなんだ!」
甲板の先で、よく通る声で叫ぶ青年。
間違いない。あれはカルロだ。
「カルロさああああああああああん!」
「っ!? ヨ、ヨナ!?」
揺れる船の上を走るヨナを見て、カルロが目を見開く。
ヨナのことはアウロラとプリシラに託し、決してあの部屋から出さないようにしておいた。
出航前にも念のためにと、積み荷を含めてヨナの姿はなかったことを確認している。
それでも確かに、ヨナが目の前にいた。
どう考えてもあり得ないが、これは事実だ。
「馬鹿野郎! なんでお前がここにいやがる! ガキの遊び場じゃねえんだぞ!」
「決まっています! 『中央海の守り神』をこの目で見るため。そして……あの魔獣を、倒すためです!」
「お前の出る幕じゃねえ! 船の中に引っ込んでろ!」
守り神と対峙する最中で余裕のないカルロは、怒りに任せてヨナを怒鳴り散らす。
そもそもただの子供……いや、いつ死んでもおかしくない壊れてしまっているヨナに、あの巨大な魔獣をどうにかできるはずもない。
「おい! こいつを今すぐこの場から……っ!?」
カルロが海兵を捕まえて指示を出そうとした、その時。
「は、はは……ついてやがる……っ」
守り神は、イルヴェントドーロ号の正面……魔導具『審判の火』の前へとやって来た。
その巨大な口で、全てを食らい尽くすために。
「ガリレオ! 今だ……今しかねえッッッ!」
「もちろんでさあ!」
ガリレオが他の海兵とともに、『審判の火』の照準を合わせる。
狙うは、守り神の胴体。
「放てええええええええええええええええええええッッッ!」
――ドオンッッッ!
右腕を振り上げたカルロが守り神を指差すと同時に、轟音とともに砲口から飛び出した魔法の火球が、守り神の胴体に着弾した。
「どうだ! 見やがれ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおッッッ!」」」」」
大きな水しぶきが上がり、カルロ達の歓声が上がる。
だが。
「ば……馬鹿、な……っ」
直撃したにもかかわらず、守り神の胴体には傷一つついていなかった。
これにはカルロやガリレオ、海兵達も絶句する。
「っ! 一発で駄目ならもう一発だ!」
「は、はい!」
我に返り、弾を再装填して発射準備を整えると。
「放てええええええええええええええええええええッッッ!」
――ドオンッッッ!
先程と同様、魔法の火球が放たれて守り神に当たった。
「あ……あああ……っ」
やはり『審判の火』の攻撃では、守り神に歯が立たない。
ヨナの、予想どおり。
「ヒ……ヒイイイイ!? もう無理だあああああ!」
「逃げろ! 逃げるんだ!」
守り神を倒す唯一の武器であった『審判の火』が通用しないことが分かった今、待っているのは『中央海の守り神』による一方的な捕食と蹂躙のみ。
だが、それでも。
「へ……っ! もう……俺には逃げるなんて選択肢はねえんだよ……!」
剣を抜き、切っ先を守り神へと向けて見据えるカルロ。
甲板の上で踏ん張ることができないほど、両足を震わせて。
「……俺があいつを食い止める。その間にヨナ、お前は今すぐ逃げろ」
「っ!? カルロさん!?」
たった一本の剣で、どうやってあの守り神に立ち向かうというのか。
生を諦めてしまった男の精一杯の強がりを受け、ヨナはカルロのもとへと駆け寄ろうとした。
その時。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
「「「「「っ!?」」」」」
耳をつんざく凄まじい鳴き声と共に海面から現れた超巨大ななにかが、体当たりで守り神を弾き飛ばす。
山のように大きく、白い魚のような魔獣が。
「この魔獣は……」
イルヴェントドーロ号と後退した守り神との間に割って入り、巨大な白い魚の魔獣が対峙する。
まるで、イルヴェントドーロ号を守るように。
「ひょっとしてあなたが、『中央海の守り神』、なのですか……?」
白い魚の魔獣の背中を見つめ、ヨナがぽつり、と呟いた。
あの海蛇の魔獣が伝説のように大きかったから勘違いしていたが、ヨナの持つ世界各地の伝説をまとめた本では、『中央海の守り神』は山のように大きな巨人と記されている。
つまり、必ずしも海蛇の魔獣とは限らない。
「そうか……そうだよね……! あなたこそが、本物の『中央海の守り神』なんだ!」
ヨナはこのような状況であるにもかかわらず、オニキスの瞳を輝かせた。
あの憧れた伝説の一つを、目の当たりにして。
「……っ!? ヨ、ヨナ!?」
二体の魔獣を茫然と見つめるカルロの横を通り過ぎ、ヨナは船首の上に立つと。
「なら、遠慮はいらないね」
そう言って、にこり、と微笑んだ。
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