選ばれなかった僕
「うわあああ……!」
ジークの誕生パーティーが二週間後となり、ヨナはその日の衣装をしつらえるために街の仕立屋を訪れた。
店内にはたくさんの服があり、ヨナは思わず目を奪われ感嘆の声を漏らす。
彼にとって仕立屋へ来ることも、パーティーのためにと自分の服をしつらえることも初めての経験だった。
それだけラングハイム公爵にとって、今度のジークの誕生パーティーが重要な場なのだろう。
普段から彼は、そういったパーティーの場を取引等に利用していたから。
「ヨナタン様、ようこそお越しくださいました」
「きょ、今日はどうぞよろしくお願いします!」
恭しくお辞儀をして出迎えてくれたのは、仕立屋の主人である“カタリナ=エッフェンベルク”夫人。
彼女はラングハイム家御用達のデザイナーであり、その功績から先代公爵より男爵の地位を賜っている。
「それでは採寸いたしますので、どうぞこちらへ」
店の奥へと案内され、従業員達がヨナの身体のサイズを測る。
これまでのヨナの服は、身長に合わせた既製品を適当に買い付け、屋敷の使用人が手直しをしたものだった。
今回はエッフェンベルク夫人自らが採寸し、彼のための一着を仕立ててくれるのだ。
その事実に、ヨナは少なからず感動と興奮を覚える。
「お召し物の色は、ラングハイム閣下からのご要望により、こちらとなります」
「は、はい!」
エッフェンベルク夫人が見せてくれたものは、どこまでも深い黒の生地だった。
(ひょっとして、僕の髪や瞳の色に合わせてくれたのかな)
そう思い至ったヨナは、胸が熱くなる。
自分のことに興味を持っていないと思っていた父親が、こうして気遣ってくれたのだという事実に。
「では、次にデザインについてですが……」
エッフェンベルク夫人はカタログを見せながら丁寧に説明し、ヨナは嬉しそうに頷く。
気づけば、昼過ぎに来たはずなのに窓には夕日が差し込んでいた。
「一週間ほどで仕上がりますので、改めてお屋敷にお持ちいたします」
「はい! よろしくお願いします!」
ヨナは満面の笑みでお辞儀をすると馬車に乗り込み、エッフェンベルク夫人に見送られて屋敷へと戻った。
「あ、あの! 父上は執務室ですか?」
帰って早々、ヨナは執事のパウルに尋ねる。
初めて服を仕立てたことの喜びと、自分のことを気遣ってくれた感謝の言葉を、ラングハイム公爵に伝えたくて。
「はい。ですが今は仕事中ですので、ご用件があるのでしたら夕食の時に……」
「すぐに終わりますから!」
「あ、ヨ、ヨナタン様!?」
ヨナは駆け出し、執務室へと向かう。
パウルが呼び止めようとするが、お構いなしに。
「えへへ!」
嬉しくて、嬉しくて、ヨナは顔を綻ばせる。
その姿はぎこちなく全然速くはないけど、それでもヨナは自分の精一杯の操作で走った。
「父上! 失れ……」
ノックしようとしたその時、扉の向こうから声が聞こえてヨナは手を引っ込める。
どうやら、ラングハイム公爵とヘルタが話をしているようだ。
「あなた……いよいよ二週間後ですわね……」
「うむ。今度の誕生パーティーには、王族も参加する。正式に披露するには、もってこいの場だ」
「まあ!」
嬉しそうな声を上げるヘルタ。
ラングハイム公爵の声も、どこか楽しげだ。
だが、次の瞬間。
「ラングハイム家の次期当主として、ジークを正式に任命する」
ヨナを絶望へと突き落とす、ラングハイム公爵の言葉。
……違う。本当はヨナも、こうなることは心のどこかで理解していた。
ただ、それを知るのが今日だっただけ。
そしてヨナの服が、黒色と指定されていた理由も理解する。
要は、主役のジークの陰に隠れるために、目立たない色を指定されたのだということ。決して父の気遣いなどではなかった。
「これからは今まで以上に勉学に励んでもらわねばな。あいつは剣術や乗馬にかまけ、座学を疎かにするところがある」
「きっとジークも、次期当主となればますます励みますわ! 私も全面的に支援いたしますもの!」
「ああ、頼んだぞ」
ジークの将来に思いを馳せ、二人は語り合う。
ただし……その会話の中に、ヨナはいなかった。
「っ!」
ヨナは執務室の前から、逃げるように走り出す。
ただ闇雲に、ただ暴れ出しそうな心のままに。
たどり着いた先は、亡き母の絵があるあの部屋だった。
「母上……母上え……っ」
膝から崩れ落ちたヨナが、床に突っ伏して嗚咽を漏らす。
こんな時、母のマルテがいれば慰めてくれるのだろうか。それとも、ラングハイム公爵やヘルタのように、次期当主の誕生をヨナ抜きで祝っているのだろうか。
いずれにせよ、ヨナがそれを知ることはない。
◇
どれくらい時間が経っただろうか。
母の絵が飾られている部屋の窓から、月の光が差し込んでいた。
「……今日は、診察の日だったよね」
そう呟くと、ヨナはゆっくりと起き上がる。
おぼつかない足取りで部屋を出て自室に戻ったヨナは、ギュンターに支払う診察代と薬代の入った袋を手に、帝都へと転移した。
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