決戦まで、あと三日
「『中央海の守り神』の討伐に向かう日が、三日後に決まった」
そう告げると、カルロは不敵な笑みを見せた。
「三日後、ですか……」
「ああ。だから遅くとも五日後にはヨナに守り神の亡骸を拝ませてやるから、楽しみにしてな」
「わっ!?」
カルロに頭を強引に撫でられ、ヨナは思わず目を瞑る。
もちろん嬉しくないはずがない。
とはいえ。
(三日後……)
ヨナは心の中で反芻し、来るべき戦いに向けて決意を固めた。
ただでさえ子供だからと、同行を許してはくれなかったカルロだ。身体のことも知られてしまった以上、どれだけ懇願しても彼は絶対にヨナを置いていくに決まっている。
やはり当初の予定どおり、古代魔法でカルロの軍船イルヴェントドーロ号に転移するしかない。
「それじゃ、俺はもう行くから。アウロラ、プリシラ、頼んだぞ」
「「かしこまりました」」
二人の侍女に見送られ、カルロは手をひらひらとさせて部屋から出て行った。
「……ヨナ様、絶対になりませんので」
「そのとおりです。当日はお姉様とこのプリシラが、ずっとヨナ様のお傍におります」
「あ、あはは……」
どうやらヨナの考えなどお見通しだったようで、アウロラとプリシラが眉根を寄せてそう告げる。
ヨナは苦笑しつつ、予想外の監視がついてしまうことに、頭の中でどうしたものかと考えを巡らせていると。
「ヨナ様。お医者様がお見えになられました」
部屋を訪れたのは、侍従長のフェデリコと一人の男性。
昨夜ヨナを診察した、ベネディア王国お抱えの医師だった。
「お身体の具合はどうですか?」
「あ……お、おかげさまで、もう大丈夫です」
ヨナは笑顔で答えるが、ギュンターが処方した薬を飲んでいても絶えず苦痛を伴っている。
ただ、その痛みに慣れているだけ。
「では、診察といくつかの検査をさせてください」
医師の指示を受け、アウロラとプリシラが瞬く間に恥ずかしがるヨナを裸にしてしまった。
その最中、二人がどこか興奮していたように感じたのは気のせいだろうか。
それから医師は持参した鞄の中から器具などを取り出し、ヨナの検査を行う。
ヨナはそれらに見覚えがあり、やはり医師は同じようなことをするのだと、妙に感心していた。
そして。
「……この身体で、よく耐えてこられましたね」
「…………………………」
医師は複雑な表情を浮かべ、ヨナに告げた。
昨日とは違い、今日は器具を使った検査と入念な診察による結果から出た言葉だ。
「先生、それで……」
「ヨナ様の病はどのような……」
傍に控えていたアウロラとプリシラが、不安そうな表情で医師に尋ねる。
「まずは今日の検査結果を持ち帰り、より詳しく調べてからでないとお答えできません。それと……ヨナさんには、お願いがあるのですが」
「お願い、ですか……?」
「服用されている薬を分析するため、私に提供してほしいのです」
帝都を発ってから、一か月半を過ぎており、手持ちの薬はもう残り少ない。
とはいえ、ギュンターのところに行く日を一日早めればよいだけなので、ヨナは革の鞄から二種類の薬を取り出し、医師に渡した。
「ありがとうございます。それと……この薬は誰が処方したのですか?」
「…………………………」
医師のこの問いに対し、ヨナは口を噤む。
ギュンターの名前を出してしまえば、ひょっとしたらこの医師に自分の素性についてばれてしまうことを恐れて。
ただでさえラングハイム公爵はカルロの取引相手であり、素性を知っている人間はカルロと二人の侍女、それに技術屋のガリレオだけに留めておきたい。
「……まあいいでしょう。薬の成分を見れば、少なくとも病の症状や対処法なども分かるでしょうから」
何も言わないヨナを見て医師は溜息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「「先生、ありがとうございました」」
「いえ……」
アウロラとプリシラに見送られ、医師が退室するが。
「あり得ない……」
その間際、医師はそう呟く。
今日の検査をした結果、ヨナがあのように穏やかな表情を浮かべて身体を動かすことなど絶対に不可能。
だがヨナは、診察の間ずっと『何でもない』と言わんばかりに振る舞っていた。
考えられるのは、薬により症状あるいは苦痛を和らげているということなのだが……。
「……彼の病を治し、苦しみを抑えられるようなものは、今の医療技術にはない」
悲しいが、これが現実。
彼自身もヨナを治してやりたいと思うが、そんな手立てはない。
……いや、医師はそれを可能にできるかもしれない人物を一人だけ知っている。
エストライア帝国最高と呼ばれた医師を師と仰いで医術を学び、その師すらも超えた天才医師。
「そういえば彼は今、帝国の都で診療所を構えているんだったか……」
医師は足早に王城を後にし、自分の家へと向かう。
かつて同じ師から共に医術を学んだ医師……ギュンター=シュルツへの手紙をしたためるために。
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