迷惑じゃない。出来損ないなんかじゃない
「ん……んう……っ」
寝返りを打った拍子に、ヨナはゆっくりと目を覚ます。
既に意識を失ってから半日が経過しており、暗い部屋の中に蠟燭の炎が灯っていた。
すると。
「お、ようやく起きたか」
「わわっ!?」
突然目の前に現れた、カルロの顔。
ヨナは思わず驚きの声を上げた。
「ど、どうして……」
「覚えてないのか? 親父との謁見を終えて部屋に戻るなり、ヨナは倒れたんだよ」
「あ……」
カルロの言葉でヨナはようやく状況を把握し、頭を抱える。
ヨナは自分の身体のことを、カルロ達に知られたくなかった。
もし知られてしまったら、ラングハイム家の時と同じように出来損ないと邪険にされてしまうと思っていたから。
たとえカルロが、ラングハイム公爵とは違うと分かっていても。
だが、ヨナは怖いのだ。
余命一年だと知り、こうして死ぬその時まで精一杯生きようと決めたのに、またあのつらい思いをしてしまったら、きっとヨナは耐えられない。
だから。
「そ、その……僕、もう行きますね」
うつむきながらそう言うと、ヨナはいそいそとベッドから降りようとする。
カルロに見限られる前に出て行けば、聞きたくない言葉を聞かずに済むから。
だが。
「っ!?」
「駄目だ。アウロラ、プリシラ」
「「はい」」
カルロはヨナの肩をつかんで制止し、二人の侍女が素早くヨナを再びベッドに寝かせる。
特にアウロラとプリシラは、彼をどこへも行かせないとばかりに。
「いいかヨナ。お前の身体はいつ死んでもおかしくないほどぼろぼろなんだ。完全に治るまで、ここでちゃんと治療を受けろ」
「殿下のおっしゃるとおりです。ヨナ様のお世話は、このアウロラと」
「プリシラが誠心誠意お務めさせていただきます」
三人の言葉には、絶対に譲らないという意志が込められていた。
ヨナは色々な感情が混ざり合い、シーツを頭から被ると。
「そ、その……病気の僕は、役立たずの出来損ないなんです。だから、迷惑をかける前にここから出させてください」
震える声で、ヨナは告げる。
そう言われてしまう前に、自分から口にすることで自分自身の心を守るために。
でも、ヨナの心の奥底では、本当は自分のことを『役立たずでも出来損ないでもない』と言ってほしくて。
自分のような子供でも、『ここにいていいよ』って言ってほしくて。
すると。
「何言ってやがる。どうしてヨナが迷惑をかけるんだよ」
「そのとおりです。ヨナ様が迷惑であるはずがありません」
「何より『役立たずの出来損ない』などという言葉……たとえヨナ様でも、許せません」
「あ……」
ヨナが言ってほしかった言葉を、カルロが、アウロラが、プリシラが優しくささやく。
ここにいていいのだと……『役立たずの出来損ない』ではないのだと。
「え、えへへ……そっか……」
「そうだぞ。だからお前は、自分の身体を治すことだけを考えろ。景気づけに、俺が守り神をぶっ倒してやるからな」
「わっ!?」
シーツの隙間から僅かに見えるヨナの頭を乱暴に撫でるカルロ。
それを見たアウロラとプリシラも、ここぞとばかりにヨナの頭を撫でた。
「もう……」
シーツの中で、ヨナは口を尖らせる。
だがそのオニキスの瞳からは、喜びの涙がとめどなく溢れていた。
◇
「ヨナ様、こちらの苺のケーキなどいかがでしょうか。きっとお口に合うと思います」
「いいえヨナ様。私のプリンこそが、ヨナ様を満足させられると自負しております」
「え、えーと……」
ヨナが倒れた次の日の朝。
まだベッドに入ったままのヨナを両側から囲み、アウロラとプリシラが自分のデザートこそが至高であるとしきりに勧めていた。
昨日のこともあり、早速二人は甲斐甲斐しくヨナの世話をしようとしているようだ。
ただし、自分の趣味嗜好も多分に含まれているが。
「……お姉様、フェデリコ様がお呼びだったのでは?」
「それでしたらもう用件は終わりました。それよりプリシラ、今日の掃除がまだですよ?」
ヨナを挟み、二人が無表情で視線を交わす。
だがヨナには、その視線がぶつかる先で火花を散らせているように見えた。
すると。
「よう、ヨナ! 身体の調子はどうだ?」
勢いよく扉を開け、カルロが入ってきた。
「「カルロ殿下。ヨナ様がお休みなのですから、もう少し静かにお願いします」」
「ええー……俺、一応王太子なんだけど」
つい今しがたまで一触即発だったのに、見事に息を合わせてカルロを叱責する二人。
さすがのカルロも、情けない声を出した。
「お、おはようございます、カルロさん」
ヨナは少し照れくさそうに、ぺこり、とお辞儀をする。
二人の侍女の時は彼女達が遠慮なくぐいぐい来るので、照れる隙もなかったが。
「おう、おはよう」
「それで、どうされたんですか?」
「なんだよ。ヨナが少しはましになったか、見に来たら悪いのかよ」
「そそ、そういうわけじゃないです!」
眉根を寄せて不機嫌さを隠さないカルロに、ヨナは慌てて弁明しようとするが。
「ぷ……ははははは! 冗談だ……って、そう睨むなよ!?」
ちょっと揶揄っただけなのにアウロラとプリシラに殺気を向けられ、大笑いしていたカルロは血相を変えて抗議した。
「ハア……まあいい。それよりヨナ」
「? はい……」
溜息を吐いたかと思うと真剣な表情で見つめてくるカルロに、ヨナは不思議そうに返事をする。
「『中央海の守り神』の討伐に向かう日が、三日後に決まった」
そう告げると、カルロは不敵な笑みを見せた。
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