もう、家族と名は捨てたから
「そ、それで……その貴族の名前は……?」
「ああ、ラングハイム公爵だ」
「な……っ!?」
カルロの口から飛び出した、ラングハイム公爵の名。
あまりの衝撃に、ヨナは思わず絶句する。
まさか元実家がそのような真似をしでかしているとは、ヨナも予想外だった。
「さあ、俺は全部話したぞ」
狼狽えているヨナを見つめ、カルロが告げる。
ヨナに正体を明かせと言わんばかりに。
だが、確かにカルロの言うとおりだ。
ここまで話をさせておいて、自分だけ何も明かさないのは公平じゃない。
ヨナは意を決し、顔を上げる。
「……僕の以前の名前はヨナタン=ゲーアハルト=ラングハイム。ラングハイム家の長男でした」
「…………………………」
驚いた様子もなく、カルロは無言でヨナを見つめた。
嬉しそうにはしゃぐところは年相応だが、その礼儀作法や狼の魔獣を目の前にしての冷静さや度胸、大人顔負けの……いや、大人以上の明晰な頭脳を見たカルロからすれば、むしろ納得のいく答えだ。
ただ。
「お前のその言いぶりだと、ラングハイム公爵とは無関係だと言わんばかりだな」
「そのとおりです。僕はもう、ラングハイム家も、『ラングハイム』という名前も捨てたんです」
そう言うと、ヨナはそっと目を伏せる。
余命宣告を受けるまで、何一ついい思い出のなかったラングハイム家での十一年間。
マルグリットやハーゲンベルク伯爵達との出逢いと思い出を綴ったこの一か月半は、その暗黒の十一年よりも遥かに輝いていて、今もヨナを幸せで満たしてくれている。
だから。
「僕の名前はヨナ。もう、ラングハイムの人間なんかじゃない」
顔を上げ、カルロを見据えてはっきりと告げた。
オニキスの瞳には、迷いや戸惑い、悲しみ、怒りなどといった負の感情は一切ない。
あるのは、決意と想いだけ。
「……そうか。いや、疑って悪かった。俺はてっきり帝国の回し者かと思っちまった」
「で、殿下。この子供の言葉を、本気で信じるのですか? ……って!?」
「「取り消してください。この御方の名前はヨナ。子供などではありません」」
今まで無言で佇んでいた双子の侍女が、技術者の男に向けて殺気を放つ。
そんな彼女達を見て、カルロは苦笑した。
「いやあ、ヨナは将来女の子にモテそうだなあ」
「ななななな!?」
突然のカルロの言葉に、ヨナは顔を真っ赤にしてしまう。
だが、ついさっきまでの緊迫した空気が、一気に霧散した。もちろん、アウロラとプリシラの殺気も一緒に。
「お言葉ですがカルロ殿下、ヨナ様は将来おモテになるわけではありません」
「そうです、ヨナ様は既にモテモテでございます」
ずい、と一歩前に出て力説するアウロラとプリシラ。
そんな二人を見つめ、カルロは何ともいえない表情を浮かべた。
だが事実を知ってしまった以上、ヨナも無関係でいるわけにはいかない。
もちろん彼の中でラングハイム家とは縁を切っているが、それでも、一か月半前までラングハイムを名乗っていた帝国人なのだから。
それに、ヨナの旅の目的は世界中の伝説をこの目で確かめること。
『中央海の守り神』の伝説を前にして、引き下がるわけにはいかない。
なら。
「カルロさん、僕にも『中央海の守り神』の討伐に参加させてください」
「はあ!? お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
ヨナの申し出に、カルロは声を荒げた。
「いいか! あの化け物は、王国の海軍が束になってもまるで歯が立たなかったんだ! お前みたいな子供じゃ、それこそ自殺行為だ!」
カルロは先の戦いを受け、守り神の強さと恐怖を嫌というほど知っている。
だからこそヨナのような子供を、そんな危険な場所に連れて行くつもりはない。
「お願いします! 僕にできることなら何だってしますから!」
ヨナは深々と頭を下げて必死に訴えた。
おそらく、守り神に対抗できるのは自分しかいないと考えて。
帝国の魔導具がどれほど優れているのかは知らないが、それでも守り神に対抗できるような代物ではないだろう。
そんなもので挑めば、それこそ自殺行為だ。
カルロは国境の森で拾ってから、ヨナを気遣いつつも色々と教えてくれ、できる仕事を任せてくれた。
今もこうして、ヨナの素性を知っても変わらず接してくれる。
ヨナは、カルロを死なせたくなかった。
だが。
「駄目だ。……とにかく、ヨナもここまでの旅で疲れているだろう。今夜はゆっくり寝ろ」
「……ヨナ様、まいりましょう」
「…………………………」
カルロに明確に断られてしまい、ヨナはアウロラ達に連れられて部屋へと戻った。
とはいえ。
(……カルロさんなら、絶対に許可してくれないことは分かっていた)
このような答えが返ってくることは、最初から想定済み。
いずれにせよ守り神との戦いに挑む時さえ把握しておけば、いざとなればカルロの乗る船に転移してしまえばいい。
だから。
「僕がきっと、助けてみせる」
ヨナは拳を握りしめ、アウロラとプリシラに聞こえないほど小さな声で呟いた。
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