海洋王国の王太子
「……ヨナ、じっとしてろ」
傍に置いてあった剣に手をかけ、カルロが険しい表情を見せた。
ヨナもそれに気づいており、緊張した面持ちで静かに頷く。
「シッ!」
「っ!?」
目にも留まらぬ速さでカルロが踏み込んで剣を抜くと、その切っ先がヨナのこめかみの横を通過する。
「ギャウッ!?」
ヨナの後ろから聞こえた、魔獣の悲鳴。
カルロは地面を蹴り、焚火とヨナを飛び越えて剣を構えた。
「……今始末した奴を除いて、全部で三匹か」
暗闇の中に輝く、二つの双眸。
地面には、カルロによって口の中を貫かれた狼の魔獣が転がっている。
「いいかヨナ。絶対に焚火を背にして、傍から離れるんじゃねえぞ」
「は、はい」
ヨナには古代魔法があるが、必ずしも使い勝手がよいものではない。
ハーゲンベルク領で飛蝗を全て巻き込み焼き尽くした魔法……【ティフォニア】と【フランメ】は、この狼の魔獣を仕留めるにはあまりにも威力が大きすぎた。もし使用したら、きっとこの森は炎に包まれ、全て更地と化してしまうだろう。
(もっと規模が小さくて、単純な魔法を考えよう)
彼の才能は、その膨大な魔力や古代魔法が使えることだけではなく、その全てを理解し自由な発想で活用できる優れた頭脳に他ならない。
身体を操作している魔法も、元は『物体を操る魔法』。人体を動かすためには、高度な演算処理と繊細で精緻な魔力操作が必要となる。
それらの処理は本来なら魔法使いが複数人いても不可能だが、彼はたった一人でそれを可能にしていた。
そんなヨナにとって、古代魔法の法則を応用して出力の調整に留まらず新たな古代魔法を生み出すことは、それなりに手間はかかるが不可能ではない。
それよりも。
「ハア……こいつ等、腹の足しにならんから好きじゃないんだよなあ……」
残る二匹の狼の魔獣を瞬く間に倒したカルロが、死骸を見て溜息を吐いた。
馬車に大量の荷物と積んでいることといい、ヨナは彼のことを行商人か何かだと思っていたのだが、それにしては強すぎる。
それに、カルロの持つあの剣。
良し悪しは分からないが、皮でできた質素な鞘と比べれば不釣り合いの、凝った意匠が施された柄からも、かなりの価値がありそうだということが見て取れた。
(カルロさんって、何者なんだろう……)
そんなことを考え、ヨナは彼を見つめていると。
「お、なんだ。魔獣を見て腰でも抜かしたか? それとも、俺の強さに見惚れちまったか」
「わわっ!?」
剣を鞘に納め、満面の笑みを浮かべたカルロが傍に寄ってきてヨナの頭を乱暴に撫でる。
ちょっと冗談めかした口調などからは、ヨナが怖がっていないかなど、気遣いが感じられた。
(……別に誰だっていいか)
そんなカルロの優しさを受け、ヨナは彼について深く考えるのをやめた。
「さあ、メシを再開しようぜ。腹が減ったままじゃ、満足に寝ることもできねえからな」
「あはは!」
二人は焚火を囲み、食事を楽しむ。
その日の夜は、それ以上魔獣が現れることはなかった。
◇
「ヨナ、もうすぐ森を抜けるぞ」
「んう……」
カルロと出逢ってから二日後の昼、御者席で微睡んでいたヨナは目をこすり、ゆっくりと目を開ける。
すると。
「うわあああ……!」
オニキスの瞳に飛び込んできたのは、爽やかな日差しと広がる青い海。
海岸には石や煉瓦でできた家が建ち並んでいた。
さらには、海岸から少し離れた海上に白く綺麗な城がそびえる島があり、それをいくつかの島が取り囲むように点在している。
「そうだ。あれこそが中央海の玄関口、ベネディア王国だ」
海を指差し、カルロが口の端を持ち上げた。
「カルロさん! 僕、海を見るのは初めてです!」
「はは、そうか。ベネディアは気候もよくて過ごしやすいが、何といっても魚が美味い。きっとヨナも気に入ると思うぜ」
「えへへ、楽しみ!」
エストライア帝国でも魚を食べるが、基本的に川魚であり、海の魚を食べることはない。
ヨナは中央海がもたらす恵みに思いを馳せ、顔を綻ばせた。
馬車は街道を駆け抜け、夕方にはヨナ達もベネディア王国の首都“ベネタ”に到着した……のだが。
「あ! 殿下、お帰りなさい!」
「やあ殿下! 今回の商談は上手くいきましたかい?」
「やっぱりカルロ殿下は素敵ね……」
馬車を操るカルロを見て、街の住民達が笑顔で歓迎する。
だが、『殿下』というのは一体……。
「あ、あの……」
「ようこそベネディア王国へ。ベネディア王国王太子、“カルロ=レガリタ=ベネディア”はお前を歓迎する」
「えええええ!?」
驚くヨナを見て、カルロはしてやったりとばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
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