次なる旅へ
「ありがとうございます。本当に助かりました」
ハーゲンベルク領、さらにはエストライア帝国を出てから三週間。
ヨナは今、オーブエルン公国の下にある小国、“ベネディア王国”へと繋がる森の街道を走る馬車の御者席で揺られていた。
古代魔法によって世界中どこへでも転移ができるヨナだが、自分の足や馬車で移動したいという妙なこだわりがある。
もちろん本来の目的は、本に記されている数々の伝説の地を巡ることなのだが、残り一年足らずで全て訪れることは不可能だということも分かっており、それなら旅そのものを楽しもうとヨナは考えたのだ。
そのおかげでヨナは、マルグリットやハーゲンベルク伯爵達と出逢うことができたのだから。
「いやあ、俺が通りかかってよかったぜ。あのままだったらお前、森の魔物に襲われて死んでいたぞ」
「あ、あはは……」
隣で馬車の手綱を握る、小麦色に焼けた肌の青年が笑いながらそんなことを言うと、ヨナは頭を掻いて苦笑した。
オーブエルン公国とベネディア王国の国境を大きな森が隔てており、そこには多くの魔獣が生息している。
一応、交通のための街道は整備されているものの、森を抜けるには徒歩で三日はかかる上、さすがに一人での通行は余程の実力者でもない限り危険がつきまとう。
森を抜けようと足を踏み入れたヨナだったが、そこへ馬車が通りかかり、こうして拾ってもらったのだ。
「まあ、この馬車には魔獣除けもあるし、今夜と明日の夜の野宿も問題ない。明後日にはベネディアに着くぜ」
「はい!」
ヨナがベネディア王国を目指すのには、理由があった。
それは、ヨナの革の鞄に入っている本に記されている、『中央海の守り神』の伝説。
太古の昔より、中央海には人々に恵みと繁栄をもたらす守り神がいるという。
それは山のように大きな巨大な魚で、これまでも津波や嵐など、多くの災害から人々を守ってきたらしい。
「そういえば、この馬車には何を積んでいるんですか?」
「あああれか? 色々だよ、色々」
青年は薄く笑うばかりで、どうやら答えてくれるつもりはないらしい。
まあ、ヨナも馬車に乗せてもらっている身のため、これ以上は何も聞かないことにした。
「ところで、お前の名前は何て言うんだ?」
「僕はヨナです!」
尋ねる青年に、ヨナは元気よく答えた。
「そうか。俺は“カルロ”って言うんだ。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
青年……カルロが差し出した右手を取り、ヨナは握手を交わす。
その手は意外にも大きく、ごつごつとしていた。
「それにしても、ヨナは見たところまだ子供みたいだが、わざわざ一人で森を突っ切ろうとすることといい、ベネディアに何しに行くんだ?」
「え、ええとー……」
カルロの問いかけに、ヨナは口ごもる。
オットマーやマルグリットの時には『親戚の家を訪ねた』と言ってごまかしたが、さすがにベネディア王国は他国。同じ手は使えない。
「……ま、何か訳ありみたいだし、答えたくないことの一つや二つはあるよな。俺もお前の質問に答えなかったんだから、おあいこってとこか」
「わっ!?」
カルロは相好を崩し、ヨナの頭を乱暴に撫でた。
追及されないのはありがたいが、ベネディア王国を訪れる理由が『中央海の守り神』の伝説を確かめるためなのでそんなに深い理由もなく、ヨナは何とも言えない気分になる。
「んー、ここでいいか」
森の街道の奥深くへ進むと少し開けたところが現れ、カルロが馬車を停める。
どうやらここを、今日の野営地に決めたようだ。
「よしヨナ、お前はその辺で落ちている枝をできる限り多く拾ってくれ」
「はい!」
カルロの指示に従い、ヨナは木の枝を拾う。
古代魔法により自分の身体を操作しているヨナは器用なことができないが、枝を拾うくらいなら彼でも手伝える。
こんな自分でも普通の人のように役に立てることが、ヨナは嬉しかった。
「カルロさん、集めました!」
「おう。ええと……これと、これと……」
ヨナが集めた木の枝を、カルロは次々と仕分けする。
「その……どうして枝を分けているんですか?」
「ああ。焚火に使うやつは、乾いていないと上手く燃えないんだ」
「へえー」
カルロは地面の上を払ってから少し太めの枝を縦に二本並べ、その上に落ち葉、さらにその上に火口となる消し炭を置いた。
火打石を手にし、かち、かち、と火口の上で擦るようにと叩くと。
「わっ!」
「上手くついてくれたな」
火花によって火口に小さな火が灯り、カルロはその上に細い枝をくみ上げていく。
しばらくすると、火は大きくなって焚火となった。
「どうだ、上手いもんだろ」
干し肉を枝で綺麗に縫いつけ、カルロはヨナに見せる。
「お前もやってみるか?」
「はい! ……あれ、上手くいかないや……」
「はは。ここを、こうしてだな……」
干し肉に枝を突き刺そうとするも上手にできないヨナに、カルロが手取り足取り教えた。
「わああああ……! できた! できました!」
「おう。上手いもんだ」
干し肉を縫いつけた枝を掲げ、ヨナは嬉しそうにはしゃぐ。
カルロはヨナの頭を撫でるとその枝を受け取り、焚火の傍の地面に刺した。
「ほら、もういいだろう」
「いただきます!」
焼けて香ばしい香りのする干し肉に、ヨナは勢いよくかぶりつく。
「美味いか?」
「はい! とっても!」
初めての経験で、楽しくて仕方がないヨナ。
そんな彼を見つめ、カルロは頬を緩める。
その時。
「……ヨナ、じっとしてろ」
傍に置いてあった剣に手をかけ、カルロが険しい表情を見せた。
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