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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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切り捨てた運命、堕ちてゆく未来

「むう……こちらの縁談を断ってくるとは……っ」


 ハーゲンベルク伯爵からの素っ気ない返事が記された手紙を、険しい表情のラングハイム公爵が握り潰す。

 いくらハーゲンベルク家が先の功績などにより勢いがあるとはいえ、こちらは帝国の五大公爵家。本来であればこちらからの縁談の申し出は、向こうにとって願ってもない提案であるはす。


 だというのに断るとは、どういう了見か。

 ラングハイム公爵は(いきどお)りを見せる。


「……まあいい。ひょっとしたら格の違いから、ハーゲンベルク卿が臆したのかもしれん。来週行われる皇宮での“レオナルド”皇太子の誕生パーティーの場で問い(ただ)すとしよう」


 先の蝗害(こうがい)もあり、皇室は当初皇太子の誕生パーティーの中止も視野に入れていたが、このような時だからこそ一致団結して困難を乗り越えるという意味合いから、開催に踏み切ることとなった。

 当然ながらパーティーには飛蝗(ひこう)によって被害を受けた地域を除き、帝国内のほぼ全ての貴族が参加する。


 そのためにラングハイム公爵は、三日前からヘルタやジークを連れて帝都のタウンハウスに来ているのだから。


「それにしても、ヨナタンの奴はどこへ行ったというのだ……」


 ヨナがいなくなってから、既に一か月が経っている。

 今もなお捜索を続けているが、その足取りすらつかむことができない。


「所詮は十一歳の子供だから遠くへは行けまいと、(たか)(くく)っていたのが失敗だったか」


 ラングハイム公爵はそう呟くも、だとしても子供に徒歩で遠くまで行くことなど不可能。

 考えられるのは乗合馬車などの利用だが、目撃情報すらないのだから正直お手上げの状態だった。


 最近では、ヘルタも『ヨナタンが出て行ってしまったのは自分のせい』だと思い悩むようになり、ジークも少なからず負い目を感じている様子。

 頭痛の種は増えるばかりで、ラングハイム公爵は頭を抱える。


「……まあいい。元々ヨナは、いずれ男爵位を与えて辺境の村にでも追いやるつもりをしていたのだ。いなくなる時期が、予定より早くなっただけのこと」


 小さな田舎町の領主程度であれば出来損ない(・・・・・)のヨナでも務まると考え、ラングハイム公爵は以前からそのための段取りを進めていた。

 そうすることで、今は亡き最愛の妻のマルテとの約束を果たせるものと、思い違い(・・・・)をして(・・・)


 何より、マルテの命を奪ったヨナを、自分の視界に入れずに済むのだから。


 ラングハイム公爵は机に立てかけてあるマルテの小さな肖像画を見つめ、深く息を吐いた。


 ◇


「ハーゲンベルク卿、よろしいかな」


 皇太子“レオナルド=ローデリヒ=フォン=エストライア”の誕生パーティーの会場で、ラングハイム公爵が声をかける。

 ハーゲンベルク伯爵は、その目的を理解しているため僅かに眉根を寄せた。


「これはラングハイム閣下、私に何か用ですかな?」

「いや、先日卿に持ちかけた縁談の件だ。一人娘であるマルグリット嬢が可愛いのは分かるが、そろそろ相手を用意してあげるのも、父親としての役目ではないかと思ってな」

「…………………………」

「その点うちのジークは才能もあり、剣術の腕前も大人顔負けだ。マルグリット嬢の相手に相応しいと思うが」


 ラングハイム公爵が、これでもかと跡取り息子を持ち上げる。

 だが、いくら売り込まれたところでただ一人を除いて誰とも婚約させるつもりはないのだから、ハーゲンベルク伯爵からすれば話を聞くのも(わずら)わしい。


 すると。


「お初にお目にかかります、ハーゲンベルク卿。ラングハイム家次男、ジークバルトと申します」


 胸に手を当て、お辞儀をするジーク。

 その表情は自信に満ち(あふ)れ堂々としているが、ハーゲンベルク伯爵は彼を一目見て、自尊心が高く少々傲慢(ごうまん)であると評した。


「ギルベルト=ハーゲンベルクだ、よろしく」

「はい」


 ジークは差し出されたハーゲンベルク伯爵の手を取り、笑顔で握手を交わす。

 一方で、伯爵に過ぎない彼のラングハイム家の次期当主である自分への態度に、ジークは含むところがあった。


「お父様! あちらに……あ、し、失礼いたしました」


 駆け寄ってきた赤と黒のドレス姿の一人の少女……マルグリットは、ハーゲンベルク伯爵がラングハイム公爵、ジークと応対していることに気づき、慌ててカーテシーをする。


「ほう……可愛らしいご令嬢ではないかね」

「…………………………っ」


 愛くるしいマルグリットを見て興味深そうに頷くラングハイム公爵と、顔を真っ赤にして硬直するジーク。

 どうやらジークは、マルグリットを見初めてしまったようだ。


「どうかねハーゲンベルク卿。ここは子供同士にして、お互いを知れば将来上手くいくと……」

「申し訳ありませんが、先日お送りした手紙のとおり、そのお話はお受けできません」

「……なぜかね」


 ラングハイム公爵が、ハーゲンベルク伯爵を睨みつける。

 さすがは五大公爵家でありその威圧感はすごいが、ハーゲンベルク伯爵も一廉(ひとかど)の人物。(ひる)む様子は一切ない。


「我が娘には、既に先約(・・)がおりますので」


 ハーゲンベルク伯爵がそう告げると、マルグリットが頬を染めて口元を緩ませた。

 今はどこか遠くにいるであろう、ヨナを想って。


「では、失礼します」

「失礼いたします」


 二人は(うやうや)しく一礼すると、その場から離れていった。


「……先約だと? 見え透いたことを」


 縁談の申し込みに当たり、他のどの貴族とも婚約を結んでいないことは調査をして分かっている。

 要は、ラングハイム家はハーゲンベルク伯爵に袖にされたということだ。


 これは五大公爵家であるラングハイム公爵にとって侮辱でしかない。


「ち、父上、その……」

「案ずるな。いずれマルグリット嬢は、お前のもの(・・)となる」


 不安そうに見つめるジークに、ラングハイム公爵が答える。

 こうなれば、ハーゲンベルク伯爵に恥辱を味わわせねば気が済まない。


「覚えているがいい」


 ラングハイム公爵は人混みに紛れるハーゲンベルク伯爵の背中を見つめ、そう呟いた。


 だが、ラングハイム公爵は知らない。

 ジークがマルグリットと結ばれる運命(・・)は、既に絶たれていることを。


 本来の運命(・・・・・)では、蝗害(こうがい)によってハーゲンベルク家は没落し、マルグリットは実家を救うために十八歳の時に身売りをする。


 買い手は、ラングハイム家。

 マルグリットはその時(・・・)もジークに見初められるが、それは(めかけ)として。


 そう……本来のマルグリットの運命は、不幸でしかなかった。

 だが、彼女はヨナを受け入れ、傷ついた彼の心を包みこんだことで、その運命を変えたのだ。


 これから先のマルグリットには、これ以上にない幸せな未来が約束されている。


 ――運命(・・)を切り捨て、ただ()ちる未来しか残されていないラングハイム家とは違って。

お読みいただき、ありがとうございました!


これにて第一章は閉幕し、次はいよいよ第二章です!

ヨナは今度は誰と出逢い、どんな絆を結ぶのでしょうか!

どうぞお楽しみに!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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