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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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縁談と告白

 ヨナが姿を消してから、今日で二週間が経った。

 ハーゲンベルク伯爵はヨナの捜索に全力を尽くしたが、結局見つけることができていない。


 ひょっとしたら彼が言っていた親戚の家にいるのかと思い街の住民達に尋ねるが、ヨナどころかそもそも親戚の家すらも存在しないことが分かった。


「結局、あの子は誰だったのだろうか……」


 マルグリットとハーゲンベルク伯爵の前に現れ、奇跡を起こしてくれた小さな少年。

 ハーゲンベルク伯爵は、ひょっとしたらヨナは神が(つか)わした天使なのではないかと考えては、そんなことはあり得ないと思い直しかぶりを振る。


「ふう……」


 扉の前に立ち、ハーゲンベルク伯爵は思いつめた表情で深く息を吐いた。


 ――コン、コン。


「マルグリット、具合はどうだ」


 扉をノックして部屋の中に入ると、ベッドの上には膝を抱えてうつむく少女……マルグリットがいた。


「あ……お、お父様、心配いりませんわ」


 心配するハーゲンベルク伯爵に、マルグリットは寂しく微笑む。

 だが誰がどう見ても、彼女は憔悴(しょうすい)しきっているようにしか見えなかった。


 マルグリットとヨナが出逢い、一緒に過ごした期間は一週間にも満たない。

 それでも二人が心を通わせ、お互いがお互いに取って何物にも代えがたい大切な存在になるには充分だった。


「……伝令を飛ばし、領内の全てを捜索したが、やはり誰一人彼を見た者はいない」

「そう、ですか……」


 ヨナには古代魔法があり、あらゆる場所に転移できることは二人も理解している。

 おそらく、既にこの地を去ってしまっていることも。


 それでもマルグリットは、ヨナを諦めることができなかった。

 まだ十二歳の彼女は、彼以上の男の子などこの世界のどこにもいないと、信じて疑わない。


「心配するな。領内にいないのであれば、捜索の手をさらに伸ばせばいいだけだ」


 ハーゲンベルク伯爵はそんな言葉をかけるが、ならばどこまでその手を伸ばせばいいというのか。

 このまま闇雲に彼を捜しても見つからないということは、ハーゲンベルク伯爵も、マルグリットも心の中では分かっている。


 ただ、それを受け入れられないだけ。


 すると。


「旦那様、手紙が届いております」

「む……」


 部屋に入ってきたハンスが一礼し、手紙を渡す。

 飛蝗(ひこう)の大群が焼き尽くされてハーゲンベルク領が救われて以降、彼のもとには多くの手紙が届いていた。


 理由は、エストライア帝国の西側の地域において、ここだけが蝗害(こうがい)から難を逃れたから。

 そのことにより食糧難となった各地域の領主は、ハーゲンベルク伯爵に秋波を送っているのだ。


 もちろんハーゲンベルク伯爵は帝国内の各地域に対しできる限りの支援を行っており、それによって多くの民が救われている。

 帝都ではその功績を称え、昇爵するとの話も出ているらしい。


 その中でも特に伯爵の頭を悩ませているのは、マルグリットに対する縁談だ。


 西地域で唯一領地を守り抜き、侯爵になろうかというほど勢いのあるハーゲンベルク家と縁戚になりたいと考えるのは、貴族ならば当然のことかもしれない。

 それに、マルグリットは十二歳。そろそろ婚約者がいてもおかしくはない年齢である。


「……本気か?」


 手紙を見て、ハーゲンベルク伯爵が眉根を寄せる。

 差出人は、五大公爵家の一つであるラングハイム公爵。内容はつい一か月前に次期当主と披露された、次男のジークバルトとの縁談の申し込みだった。


 ラングハイム家からすれば、今は伯爵だがいずれ侯爵になるのであればハーゲンベルク家は縁談相手として家格が釣り合う。

 それに今勢いのあるハーゲンベルク家を取り込むことができれば、五大公爵家の中でも頭一つ抜きん出ることも可能。


 だが、そんなことをすれば微妙なバランスで関係を保っている他の四家との軋轢(あつれき)が生じ、帝国にとってあまりよろしくないことは明らかだ。


 そのようなことは、ラングハイム家も分かっているはずなのだが。


「お父様……」

「……いや、なんでもない」


 ヨナがいなくなり、苦しんでいる娘にこのようなものを見せたくはない。

 手紙をしまい、ハーゲンベルク伯爵はかぶりを振る……のだが。


「お気遣いいただく必要はありませんわ。そのお手紙、わたくしの縁談の申し込みですわよね……?」

「む……」


 先の蝗害(こうがい)の時に、マルグリットがとても優秀であることは伯爵も把握している。

 何より伯爵家の令嬢として、彼女も自分の置かれている立場を理解しているのだろう。


「……お父様、申し訳ございません。わたくしは、誰とも(・・・)結婚するつもりはありませんわ」


 ベッドから降り、深々とお辞儀をするマルグリット。

 その真紅の瞳は、決して譲るつもりはないと雄弁に語っていた。


「ほう……マルグリット、そんなことを言って後悔しないか?」

「ええ、もちろんですわ」


 どこか揶揄(からか)うように尋ねるハーゲンベルク伯爵に、マルグリットはきっぱりと答えた。

 ただ、自分の想いを理解しているはずなのにそのようなことを言う伯爵に、彼女は少しむっとする。


 もちろん、そのような態度はおくびにも出さないが。


「そうかそうか。まさかマルグリットが、ヨナとの結婚すらも諦めていたとは……」

「ふああああ!? なな、何をおっしゃいますの!?」


 まさかそんなことを言われるとは思わなかったマルグリットは顔を真っ赤にし、肩を(すく)めるハーゲンベルク伯爵に思わず詰め寄った。


「確かにヨナは平民かもしれんが、身分の差など傍系(ぼうけい)の家の養子にするなど、やりようはいくらでもある。私としては、ヨナ以上にお前に相応しい男はいないと思っていたのだが……いや、残念……」

「ま、待ってくださいまし!」

「ん? どうした?」


 慌てて言葉を(さえぎ)るマルグリットの顔を(のぞ)き込む、ハーゲンベルク伯爵。

 普段は厳格な彼が見せる意外な一面に戸惑いつつ、彼女は意を決して顔を上げると。


「わ、わたくし……ヨナと結婚……したい、です……」


 精一杯の勇気を振り絞り、マルグリットは伯爵に告げた。


「ふむ、そうか。ならこの手紙はもはや不要だな」


 ハーゲンベルク伯爵はニコリ、と微笑み、ラングハイム公爵からの手紙を破り捨てる。


「そ、その、わたくしがこんなことを言うのもなんですけど、よろしいのでしょうか……」

「構わん。そもそも貴族同士の駆け引きも付き合いも、私は好きではないからな」


 ラングハイム公爵の縁談の申し込みを無碍(むげ)に断るということは、今後目をつけられ、帝国内で立場が悪くなることもあり得る、

 それでもハーゲンベルク伯爵は、娘の幸せを選んだ。ただ、それだけのこと。


「そういうことだから、いつかヨナがここに帰ってきた時のために、マルグリットも頑張らねばな。()は逃さないように」

「当然ですわ! 絶対に『わたくしの(そば)から離れたくない』と、言わしめて差し上げましてよ!」


 ヨナが去ってから初めて見せる、マルグリットの生き生きとした表情。

 立ち直った娘の姿を見て、ハーゲンベルク伯爵は頬を緩めた。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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