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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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理不尽を焼き尽くす

「こ、これは……」

「どこですの……?」


 突然広がった目の前の光景に、ハーゲンベルク伯爵とマルグリットが目を丸くする。


「ハーゲンベルク領の南西の端、で間違いないはずです」


 困惑する二人に、ヨナは告げた。

 古代魔法の一つである転移……【テディト】は、現在地から転移先までの座標を指定する、もしくは転移先にあらかじめ目印を用意しておくことにより、どこへでも一瞬にして移動することが可能。


 ヨナは昨夜のうちにハーゲンベルク領の地図を確認しており、自身の頭の中に刷り込んである地図と照らし合わせて正確な座標を把握すれば、あとは指定をするだけで目的地に行くことができる。


「その……ヨ、ヨナは魔法使いなの?」

「待て。馬車で四日もかかるような遠方へ転移する魔法など、存在しない。それこそ伝説にある古代の魔法……っ!?」


 ハーゲンベルク伯爵がハッとした表情でヨナを見ると、彼は柔らかい笑みを浮かべ静かに頷いた。

 にわかに信じがたい伯爵だが、ヨナが古代魔法の使い手であると、認めざるを得ない。


 その奇跡(・・)を、彼は自ら体験したのだから。


「ふう……本当に、僕達は幸運(・・)でした。おかげで、こうして無事に間に合ったのですから」

「な……っ!?」

「そん、な……」


 息を吐いたヨナが指差した先を見てハーゲンベルク伯爵が愕然とし、マルグリットは絶望で膝から崩れ落ちる。

 早朝であるにもかかわらず南西の空の端が全て黒に染まり、それが雨雲のようにこちらへゆっくりと迫っていた。


 言うまでもない。

 あれこそが飛蝗(ひこう)の群れ。


 地上にある草木の全てを食らい尽くす、小さな悪魔(・・・・・)


「あんなの……無理よ……」


 飛蝗(ひこう)と呼ばれていても、所詮はイナゴ。ただの虫に過ぎない。

 マルグリットは、ひょっとしたら何とかできるのではないかと思っていた。


 だが目の前の光景は、自分がどれだけ考えが浅かったのか、どれだけ無力なのかを思い知らせるには充分だ。


 それなのに。


「あははっ」


 オニキスの瞳で黒い空を見つめ、ヨナは確かに笑った。

 飛蝗(ひこう)の大群を前にして、なんでもないとばかりに。


(大丈夫。僕の古代魔法なら、きっと)


 その表情や態度とは裏腹に、ヨナは心の中で必死に自分に言い聞かせていた。


 彼はあの古代魔法の本を読破し、全ての魔法を理解している。

 だがヨナは、自身の身体の操作と転移以外、まだ実際に使用したことがないのだ。


 でも……それでも、彼はその小さな身体に勇気を(とも)して飛蝗(ひこう)に立ち向かう。

 初めて出逢った大切な人達を、守り抜くために。


 ――必死に生きる大切な人達を嘲笑(あざわら)理不尽(・・・)に、それ以上の理不尽(・・・)で思い知らせてやるために。


「空の果てに漂う風の根源よ。我の前に顕現(けんげん)し、吹き荒れし螺旋(らせん)の渦となりて小さき悪魔を全て巻き込め」


 ヨナが右手の人差し指を空に向け、目にも留まらぬ速さで何かを描いて唱えると、空に大きな光の魔法陣が浮かび上がった。


「【ティフォニア】」


 魔法陣を中心として巨大な風の渦が形成され、轟音を奏でて遥か上空で吹き荒れる。

 それはまるで、全てを破壊し尽くす嵐のように。


 巨大な渦はさらに広がり、遂には黒い空の端に触れた。


 その瞬間。


飛蝗(ひこう)の群れが、渦に吸い込まれていく……」


 茫然と眺めるハーゲンベルク伯爵が、ぽつり、と呟く。

 全てを覆い尽くす黒が一切抵抗することもできずに無残に巻き込まれ、渦を黒く染めていった。


 黒い空の反対側では、まるで逃れるかのように東へと伸びていこうと抵抗を試みるが(あらが)うことができず、なす(すべ)もなく渦に引き寄せられていく。


「深き闇に潜む火の根源よ。我の前に顕現(けんげん)し、汝の輝きを解き放ちて小さき悪魔を全て焼き尽くし舞い踊れ」


 今度は左手の人差し指を巨大な渦へと向け、先程と同じように高速で魔法陣を描いた。


「【フランメ】」


 現れたのは、小さな小さな炎。

 巨大な渦に触れると、それは大きな炎へと膨れ上がって飛蝗(ひこう)に燃え移り、端から焼き尽くしていく。


 小さな悪魔(・・・・・)にとって灼熱の炎は、死へと(いざな)う地獄の業火。

 だが、脅威に(さら)されていたハーゲンベルクの民には、笑顔と平和をもたらす祝福の光。


「綺麗……」


 ハーゲンベルク領の黒の空を全て赤に染めていく炎の渦に、マルグリットは目を奪われる。

 ……いや、マルグリットの真紅の瞳に映るのは、黒でも、赤でもない。彼女の笑顔のために小さな身体で古代魔法を行使し続ける、たった一人の男の子の姿だけ。


 彼女には、そんな彼の姿が何よりも尊く、何よりも(はかな)く見えた。


 今もなお黒の空は途切れることなく、次々と押し寄せては炎の渦に焼かれてゆく。

 だが……それもいよいよ、終わりを迎える。


「む……!」

「青い空が見えましたわ!」


 黒い空が途切れ、南西の空の彼方から青空を(のぞ)かせた。


 そして。


「ハア……ハア……や、ったあ……っ」


 最後の飛蝗(ひこう)が焼き尽くされたのを見届け、ヨナは珠のような汗を流し草むらに大の字になって倒れる。


 満面の笑顔の彼のオニキスの瞳の前には、どこまでも透き通った青空が広がっていた。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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