領地の実情
「何でもお聞きくださいませ! この私が……“リタ”が、全てお答えします!」
「そう、殊勝な心掛けですわね。でも、こんなに人が多い所ではゆっくりお話しができませんわ。場所を移動しましょう。ヨナ、行きますわよ」
「は、はい」
「「……………………………」」
マルグリットがそう告げてヨナの手を取り移動すると、姉弟はますます顔を真っ青にしてその後について来た。
ここで逃げてしまうということもできるはずだが、姉弟の二人にそんなことをする度胸も、考える余裕もないようだ。
「さあ、ここなら誰にも邪魔をされずに済みますわ」
やって来たのは、ヨナとマルグリットが乗ってきた馬車の中。
確かにここであれば、誰からも邪魔されずに済む。
ただし、馬車の周囲を心配そうな表情で見つめている街の住民達に囲まれているが。
万が一の時にいつでもマルグリットを守れるよう、ヨナは最大限警戒した。
「まず、そうね……昨日このわたくしに向かって石を投げたその子が、どうして今はそんなに怯えているのかしら?」
「「…………………………」」
マルグリットは問いかけるが、姉弟は口を噤んでうつむいたままだ。
「そう。私の質問に答える気はないようですわね。だったら……」
「っ!? お、お待ちください! お答えします!」
これで終わりだと言わんばかりにマルグリットが話を切り上げる素振りをみせると、少女……リタは慌てて顔を上げた。
「そ、その、マルグリット様達が立ち去られた後、『兵士達が石を投げた犯人や野次を飛ばした者達を血眼になって捜している』って噂がすぐに街中に広まって、それで……」
「そうなんですの!?」
昨日の件については、マルグリットが何も言わずに立ち去った……つまり不問にしたということであり、その時点で終わった話だ。
先程は話を聞き出すためにわざと演技をしたが、それにしてもまさかそんな噂が立っているなんて、マルグリットは思いもよらなかった。
一方でヨナは、その噂を流した張本人について思い至る。
おそらく、ハンスの仕業だろう、と。
屋敷に戻った後、彼は『別の用務がある』と言ってすぐにどこかへ行ってしまった。
つまり、そういうことだ。
ただ、ハンスがそのようにしたのも当然だとヨナは考える。
ここツヴェルクの領主はハーゲンベルク伯爵であり、その令嬢のマルグリットがそのような無礼な目に遭わされて不問にするなど、捨ておくわけにはいかない。
とはいえ、マルグリットの意向もある。
それらを踏まえた折衷案として、そのような噂を流したのだろう。
結果、噂は効果を発揮して今に至るというわけだ。
「ハア……色々と言いたいことはありますけど……」
マルグリットはこめかみを押さえ、かぶりを振る。
まあ、本人にはそんな気がないので頭が痛いところだろう。
「じゃあ、次は僕から質問していいかな」
ずい、と身を乗り出し、ヨナはマルグリットに代わって二人に声をかけた。
「この街の領主であるハーゲンベルク伯爵様が税を引き上げて、住民のみんなの暮らしはどれくらい厳しくなったのかな? 生活もできないくらい?」
「そ、それは……」
ヨナの質問に、二人は顔を見合わせて言葉を濁す。
「ああ、ここでどんなことを言っても、二人が罪に問われたりすることはないよ。そうですよね、マルグリット様」
「え? え、ええ、そのとおりですわよ」
いきなり話を振られ、マルグリットは戸惑いながら首肯した。
こういうことは当事者本人が許可してみせないと信用してもらえないので、ヨナはあえて彼女に尋ねたのだ。
「ほ、本当に……よろしいんですか?」
「もちろん」
おずおずと尋ねるリタに、ヨナは改めて頷く。
すると。
「正直、生活はすごく厳しいです! さすがに飢え死にするというほどではないけど、それでも、毎日の生活を切り詰めないといけないし……っ」
「そ、そうだよ! 領主様がこんなことをしなかったら、お父さんもお母さんもあんな顔をしなくてすむんだ!」
二人はまくしたてるように、話し始めた。
「あんな顔って、どんな顔かな?」
「お父さんとお母さん、いつも泣きそうな顔でおいらに謝るんだ。『お腹いっぱい食べさせられなくて、ごめんね』って……」
そう言うと、クルトは顔をくしゃくしゃにする。
どうやらハーゲンベルク伯爵は、これ以上取り立てたら生活が成り立たなくなる、そのぎりぎりのところまで税を課しているようだ。
「今まではお父さんもお母さんも、『立派な領主様のもとで暮らせて幸せだ』って言ってました! でも……こんなの酷いです……っ」
「…………………………」
リタの搾り出すような声に、マルグリットは唇を噛んでうつむいた。
「……二人とも、話してくれてありがとう。すごくよく分かったよ。昨日のことも含めて、マルグリット様は君達に酷いことをしないって約束するから、安心してね」
「は、はい……」
「うん……」
姉弟を降ろし、僕とマルグリットを乗せた馬車は屋敷へと戻る。
その途中で。
「ヨナ……ッ」
今にも泣き出しそうな表情でヨナを見つめるマルグリット。
尊敬する父を信じたい思いと、実情を涙ながらに訴える姉弟の言葉の板挟みになり、どうしていいのか分からないのだろう。
「大丈夫……大丈夫ですよ……」
「ぐす……う、うん……うん……っ」
マルグリットの手を優しく握り微笑むヨナに、彼女は鼻をすすり頷く。
そんな彼女の心をきっと救ってみせると、ヨナは強く決意した。
だからこそ。
「む……」
「ハーゲンベルク伯爵様、お話があります」
その日の夜、ヨナは一人伯爵の執務室を訪れた。
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