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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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悪女の微笑み

「へえ。ハーゲンベルク閣下は、私に小麦や穀物を売ってほしいとおっしゃったんですよ」

「小麦!? 穀物!?」


 オットマーの意外な言葉に、マルグリットが驚きの声を上げた。

 隣で聞いていたヨナも、思わず口元を押さえる。


 帝都からここに到着するまでの間に、他ならぬオットマーからツヴェルクが穀倉地帯であることを聞いており、実際にどこまでも続く青い実を着けた穂をその目で見た。

 だからこそ、どうして充分にあるはずの小麦や穀物を買い付けようとしているのか、皆目見当がつかない。


「そ、その……ツヴェルクでは今、食糧難に陥っているのですか?」

「っ! そんなはずがありませんわ! 毎年豊作が続いておりますし、今年も例年どおりの収穫が見込めると、ハンスも言っておりましたもの!」


 彼女の部屋で見つけた本からも、マルグリットは領地経営を勉強する中でツヴェルクの実情を常に把握しているのだろう。

 ヨナの問いかけを、マルグリットは即座に否定する。


「そうなんです。私もそれが不思議でハーゲンベルク閣下に尋ねたんですが、薄く笑うばかりで教えてくれませんでした。ひょっとしたら相場が上がった時にでも高値で売りつけるのかとも思ったものの、今は相場も落ち着いていますし、これから先も値崩れが起きるとも考えられないんですよ……」


 オットマーの言葉に、ヨナもマルグリットもますます首を傾げるばかりだ。

 ハーゲンベルク伯爵が小麦や穀物を買い付ける理由として、三人が口にしているように食糧難に陥っているか、今後の相場の上昇を見越して備蓄しようとしているか、その二つしか考えられない。


 でも、今のツヴェルクや相場の状況を考えても、わざわざハーゲンベルク伯爵が住民の税を上げてまでそのようなことをしている理由が分からない。


「……マルグリット様。いずれにしましても、もっと調べる必要がありますね」

「ええ……」

「私のほうでも、商会を通じて調べてみましょう。坊主も何か分かったら教えてくれ。さすがに今回の取引、どうも臭う(・・)からな」

「分かりました」


 ヨナは頷くと、オットマーに別れを告げてマルグリットと共に宿屋を出た。


「ヨ、ヨナ、次はどうしますの……?」


 マルグリットが、ヨナにおずおずと尋ねる。

 その表情を、不安で曇らせて。


「伯爵様がどのように考えておられるのかは、今の情報だけでは分かりかねます。とりあえず、当初の予定どおり街の住民に聞き込みをしてみましょう。何か分かるかもしれませんし、少なくとも領民達がどれくらい不満を募らせているか知っておく必要がありますので」

「そ、そうね……」


 ヨナは努めて明るく答えたからか、それとも次の方針を示したことで気が紛れたのか、マルグリットは少し元気を取り戻したようだ。


 彼女は今、不安で一杯なのだろう。

 たとえハーゲンベルク伯爵を信じていても、このような不可解な事実を突きつけられては、どうすればいいのか分からなくなってしまう。


 苦しむマルグリットを助けたい。

 ヨナはその思いを胸に、繋ぐ彼女の手を強く握った。


 ◇


「あの、どうか話を……」

「…………………………」


 ツヴェルクの街の通りで二人は声をかけるが、通行人は目も合わせようとせず、迷惑そうに足早に立ち去ってしまう。

 既に声をかけた者は十人を超えるが、誰一人として相手にしてくれない。


 領主の娘であるマルグリットが一緒なので住民達が敬遠しているのかと思い、彼女には隠れてもらってヨナ一人で声をかけたりしてみたものの、結果は同じだった。

 昨日の一件で、ヨナの面も割れてしまっているようだ。


「ヨナ、どうしましょう……」

「もちろん、懲りずに声をかけ続けます。ひょっとしたら、一人くらいは話を聞いてくれるかもしれませんから……って」


 その時、一人の小さな少年がヨナの視界に入る。

 マルグリットに向かって石を投げた、あの男の子だ。


「ねえ、君」

「っ!?」


 ヨナに声をかけられ、男の子は身体を硬直させた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「あ……そ、その……あう……っ」


 男の子は顔を真っ青にして後ずさりし、身体を震わせる。

 あのようなことをした男の子が、今さらどうしてこんなに怯えているのか分からず、ヨナとマルグリットは顔を見合わせ、首を傾げた。


「っ!? も、申し訳ありません! 弟は何も知らないんです! どうかお許しください!」

「え、ええー……」


 昨日と同じように男の子の姉である少女が現れ、二人の前で平伏する。

 さすがのヨナも、呆けた声を漏らしてしまった。


 だが。


「フフ……そう。わたくしに許してほしいんですのね」


 そう言うと、マルグリットは口の端を吊り上げる。

 これまでヨナが見てきた彼女の表情とは正反対で、まるで物語に登場する悪女のようだった。


 本当のマルグリットを知っているヨナは『上手な演技だな』と思う一方、優しい本当の彼女との違いが可笑しくなってつい笑いそうになってしまう。


「……なんですの?」

「っ!? い、いいえ、何にも!」


 じろり、と睨まれてしまい、ヨナは慌てて口を塞ぐ。


「ハア……まあいいですわ。許してほしいのであれば、わたくしの知りたいこと、聞きたいこと、全て答えてくれるかしら?」

「っ!? そ、その、お答えすれば弟は……クルトは許してもらえるのでしょうか……?」

「それはあなた達次第ではなくて?」


 マルグリットがくすり、と(わら)った瞬間、少女は顔を引きつらせると。


「何でもお聞きくださいませ! この私が……“リタ”が、全てお答えします!」

お読みいただき、ありがとうございました!


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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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