領民の敵意
「ふむ……マルグリットの客人か」
髭を生やした厳格そうな男が、食堂を訪れた。
「お、お父様! お仕事はよろしいのですか?」
マルグリットがパアア、と咲き誇るような笑顔を見せ、声を弾ませる。
言葉の内容から察するに、この男性こそマルグリットの父親であり領主のハーゲンベルク伯爵で間違いないようだ。
「さすがに腹が減ってはな。ところで、そちらの小さな客人は……」
「あ……! ぼ、僕はヨナといいます!」
ヨナは勢いよく立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「そうか。ハーゲンベルク家へようこそ、ヨナ」
「は、はい」
表情は崩さず厳格なままであるものの、その声や眼差しは温かさを感じさせる。
マルグリットの優しさは父親譲りなのだと、ヨナは思った。
「で、ですが、お父様が食堂にいらっしゃるなんて久しぶりで……」
「そうだったかね。……まあ、ここのところ仕事が立て込んでいたからな」
そう言うと、ハーゲンベルク伯爵は肩を揉んで首を鳴らす。
確かに伯爵は、どこか疲れているように見えた。
「それで、ヨナはマルグリットの友人ということでいいのかな?」
「は、はい……」
ヨナは、事の経緯について説明する。
親戚の家を訪ねて帝都からツヴェルクへ一人でやって来たこと。
この街に到着して親戚の家を探そうとしたところで、マルグリットに出逢ったこと。
一緒に探してもらったけど家が見つからず、彼女の厚意で一晩お世話になることになったこと。
「子供一人でこんな遠くまで……ご両親はどうしたのだ?」
「ぼ、僕に両親はおりません」
「む……では、帝都ではどのように暮らしていた」
「え、ええと……」
ハーゲンベルク伯爵に追及され、ヨナはしどろもどろになる。
そもそも両親がいないのは嘘であるし、帝都で暮らしたこともないので答えようがない。
「……まあいい。答えにくいこともあるだろうしな」
そう言うと、ハーゲンベルク伯爵はそれ以上尋ねなかった。
どうやら彼は、ヨナに両親がいないと聞いて気遣ってくれたようだ。
「お父様! 明日は朝からヨナの親戚のお家を一緒に探そうと思いますの! そ、その……」
「ああ、彼を手伝ってあげなさい」
「! は、はい!」
ハーゲンベルクの許可が下りたことで、マルグリットは顔を綻ばせる。
存在しない親戚の家なんてどれだけ探しても見つかるはずがないので、ヨナは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その後、ハーゲンベルク伯爵は食事もそこそこに、『仕事があるから』と途中で退席する。
ただ……伯爵がいなくなった後の席を見つめ、時折寂しそうな表情を見せるマルグリットが気になった。
「あ、あの、マルグリット様……」
「? どうしたのかしら?」
「あ……い、いえ……なんでもありません……」
「フフ、変なヨナ」
それからヨナは気を取り直し、マルグリットとの夕食を楽しむことにした。
少しでも彼女が、寂しそうな表情を浮かべなくて済むように。
◇
「ハア……ヨナのご両親も、もう少し分かりやすく伝えておけばいいですのに……」
「あ、あはは……」
次の日の朝、ヨナはマルグリット、ハンスとともにツヴェルクの街で親戚の家を探しに来たわけだが、当然見つかるはずはない。
ヨナは不機嫌な表情を浮かべる彼女を見て苦笑する。
ただ。
「「「…………………………」」」
家探しを始めてからずっと感じている住民の視線に、ヨナは警戒を強めた。
小さな街や村では余所者を嫌う風習があったりするのでその類かとも思ったが、どうやらそう単純なものでもないらしい。
なぜなら……敵意の視線はヨナというより、領主の娘であるマルグリットに向けられていたから。
すると。
「っ!?」
突然、ヨナ達に向かって石が投げ込まれた。
見ると、ヨナよりもさらに小さな男の子がこちらを睨んでいる。
「ク、クルト! 何をしているの!?」
一人の少女が男の子に慌てて駆け寄ってきて、庇うように抱きしめた。
おそらく彼女は、男の子の姉なのだろう。
「も、申し訳ありません! どうかお許しください!」
「…………………………」
平伏する少女に、マルグリットは冷たい視線を向ける。
領主の娘にこんな真似をしたのだから、たとえ小さな子供であってもただでは済まない。
……いや、領主の娘だからこそ、ただで済ませてはいけないのだ。
領民に舐められてしまっては、今後の領地経営が立ち行かなくなってしまうこともあり得るのだから。
だが。
「……帰れ」
「え……?」
「帰れ帰れ! 領主のせいで、どれだけ俺達が苦しんでいると思ってるんだ!」
「そうよ! 貧しい私達から搾り取るだけ搾り取って、このままじゃ生活できないのよ!」
一人の声を皮切りに、住民達が一斉に怒声を浴びせる。
その瞳に、憎しみを宿して。
「……マルグリット様、すぐに兵をお呼びします」
「いいわ。……ヨナ、ごめんなさい。今日のところは帰りましょう」
「あ……は、はい……」
踵を返し、マルグリットはさっさと歩いて行ってしまう。
ヨナとハンスは彼女を追いかけ、この場を後にするが……。
(マルグリット様……)
ついさっきまでの伯爵令嬢としての自信に満ち溢れた姿とは打って変わり、小さく感じる彼女の背中を、ヨナは心配そうに見つめていた。
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