トンマーゾとフェリペの過去
「どうやらヨナ君が一番乗りみたいですな」
「トンマーゾさん!」
ヨナが『三つの試練』を終えてから一時間後。壁に描かれた魔法陣が輝くと、カイゼル髭をつまむトンマーゾが現れた。
彼も無事に、『三つの試練』を突破したようだ。
「それにしても、なかなかいやらしい試練を与えてくれたものですぞ。ですが……ぬほほ。この小生、こう見えてそう簡単に騙され、心が折れたりはしませんからな」
「あはは……」
どこか得意げに語るトンマーゾだが、見ず知らずの子供である自分にお節介を焼くほどお人好し。むしろ簡単に騙されてしまうのではと思っていたので、ヨナはつい苦笑した。
「ふむ……やはりフェリペはまだのようですな」
まるでこうなることが分かっているかのような、トンマーゾの口振り。ヨナはそのことに違和感を覚える。
「あの、どうしてフェリペさんが最後だって分かるんですか?」
「……まあ、ヨナ君に説明したとおり、彼とも長い付き合いですからな。ある程度のことは予想がつくというものですぞ」
「そうですか……」
今でこそこじれた関係となっている二人だが、かつては共に夢を語り合った仲であると、トンマーゾは語った。ならば、そういうことなのだろう。
「ところで、ヨナ君の『三つの試練』はいかがでしたかな? 何分いやらしい夢を見せてくるので、君を傷つけるようなものでなければよいのですが……」
「えへへ、僕は大丈夫でしたよ」
僅かに視線を逸らし、ヨナははにかみながら取り繕うように答えた。
「それは何よりですぞ。……では少しだけ、小生の話を聞いてはもらえませんかな?」
「え、ええ……」
詮索されずに済んで安堵したヨナだったが、どこか愁いを帯びた表情のトンマーゾの願いに、ヨナは少し戸惑いながらも頷いた。
「何度も言ったとおり、小生は古代魔法に憧れ、ずっと追いかけ続けておったのですが、それでも、少なからず諦めそうになったことがありましてな……」
トンマーゾは手を組み、ゆっくりと語り出す。
古代魔法を追い求めてきた日々の中にあった、たった一つの後悔を。
◇◆◇◆◇
魔塔の門を叩いてから、ちょうど五年を過ぎた頃ですかな。
暑くてとても眠れない日々が続いておりまして、この時ばかりは、古代魔法よりも涼しくなる魔導具が欲しいと心から思いましたぞ。
なのでフェリペの研究室を訪れて、そういった魔導具はないのか、作れないのかとねだっては、呆れた表情で追い返されたことを今でも覚えております。
あの頃が最も、小生とフェリペが楽しかった時でした故。
ですが、そんな日々も終わりを迎えたのです。
その日も小生はなんとか解読しようと、古代文字が刻まれた石板と、同じく古代文字に関する文献を交互に見比べておったのですが。
「おや? こんな遅い時間にどうしたのですかな?」
「…………………………」
研究室を訪れてきたのはフェリペ。いつもは汚いからと滅多に部屋に顔を出すことはなく、わざわざ使いを寄越して小生を呼び出すのが常であったのに珍しいものだと、首を傾げたものです。
それにフェリペはどこか思いつめた様子で、顔も土気色をしておりまして、なおさら気になった小生は用件を尋ねたのですぞ。
すると。
「……魔塔主様が、引退なさるそうだ」
「っ!?」
魔塔主の引退。
当時、魔塔主の年齢は既に七十を超えており、いつかこのような時が来るのではと、魔塔にいる魔法使い達も薄々感じておりました。
「そ、それで、魔塔主様はこれからどうなさるので? 後任は一体誰に……」
などと尋ねたもの、小生の中では次の魔塔主になるに相応しい者は一人だけでした。
……そう、フェリペ以外にはおりませんぞ。
彼は他の魔法使い達からの人望も厚く、錬金術師としての腕も確か。十人に聞けば、十人がフェリペを推すことでしょう。
だというのに。
「……魔塔主様は、お前に……トンマーゾに託すそうだ」
「は……?」
苦しそうな表情で告げるフェリペの言葉に耳を疑い、思わず呆けた声が漏れてしまいましたぞ。
古代魔法を夢見て、魔塔の門を叩いて五年。お世辞にも魔法使いとしての功績を何一つ残しておらず、魔塔に寄与したものはない。
だというのに、魔塔主様は何を考えて小生を選んだのか。
「納得いきませんぞ! 次の魔塔主は小生などではなく、フェリペこそが相応しいですぞ!」
「あ……お、おい!?」
小生は部屋を飛び出し、魔塔主様の部屋へと向かいました。
幸いなことに部屋には魔塔主様しかおらず、小生はこれでもかというほどフェリペの功績と人柄を訴え続け、彼こそが次の魔塔主に相応しいと進言したのです。
それでも魔塔主様は、次の魔塔主となるようおっしゃられましたが、それで引き下がる小生ではありませぬぞ。
何度も何度も訴え続けた結果、ついに魔塔主様は折れてくださり、フェリペを次の魔塔主であると認めてくださったのです。
ですが小生の取ったこの行動が、後に過ちであると気づいたのですぞ。
「どうして……どうしてそんな勝手なことをした! 誰が魔塔主の座を譲られて喜ぶと思った!」
「い、いや、それは……」
「何故私は、お情けで魔塔主にならねばならんのだッッッ!」
そう……小生のしたことは、ただフェリペを傷つけただけだったのです。
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