行く手を阻む壁
「暗くてかなわん。【ライト】」
階段をほんの少し降りたところで、フェリペが右の手のひらをかざすと、そこから拳大の光の球体が放たれた。
球体は三人の頭上を浮遊し、地下へと通じる階段を明るく照らす。
すると。
「うわあああ……!」
現れたのは、魔塔と同じ直径はあろうかというどこまでも深い穴と、外壁に沿って下へと通じる長く果てしない螺旋の階段。
それを見たヨナは、思わず感嘆の声を漏らした。
「……まさか魔塔の下に、これほどのものがあったとはな」
「確かに驚きですぞ。ですが、これでますます古代魔法への期待が高まりますな」
眉根を寄せるフェリペとは対照的に、トンマーゾは期待に胸を膨らませ瞳を輝かせる。
ただ、この下に何かあるということだけは、二人の……いや、ヨナを含めた三人の共通認識だった。
「これ、どこまで続いているのかな……」
地下階段を降り始めてから既に一時間以上が経過し、ヨナが呟く。
ヨナの額には珠のような汗が浮かんでおり、明らかに疲労しているように見受けられた。
無理もない。本来の彼はまともに動くことができないほど身体が壊れており、今はただ【マリオネッテ】で操っているだけ。
その魔法も常時発動し続けなければならず、しかも精密な操作を求められるのだ。普通の者なら大したことはないのかもしれないが、この程度でもヨナへの負担は大きい。
肉体にも、精神にも。
すると。
「わわっ!?」
「さあ、行きますぞ」
ヨナの様子に気づいたのだろう。トンマーゾは半ば強引に彼を背負った。
「だ、大丈夫です! 僕はまだ……」
「黙って背負われていろ」
足手まといになりたくないヨナが降りようとするが、それをフェリペがぶっきらぼうな言葉で制止する。
ただ、その言葉には有無を言わせない圧のようなものがあった。
「……ごめんなさい」
「何を謝ることがある。このほうが時間も短縮できてちょうどいい」
うつむき謝罪するヨナに、フェリペが告げる。
「ぬほほ、相変わらず言い訳が下手ですな」
「ふん、うるさい」
トンマーゾに揶揄われ、フェリペが鼻を鳴らして顔を背けた。
どうやらこれは彼なりのヨナへの気遣いだったようて、そう考えるとこの男も存外悪い男ではないのかもしれない。
そうして、さらに進むこと二時間。
「これは……」
まるで三人の行く手を塞ぐかのように、階段に巨大な石の壁が出現した。
壁の端には、古代文字が刻まれている。
「ヨナ君、ここには何と?」
「はい。ええと……『汝に三つの試練を与えん。全てを乗り越えた時、答えが授けられる』とのことです」
「むう、『三つの試練』か……」
フェリペが口元を押さえ、僅かに唸る。
もちろん彼もそう易々と進めるとは考えていないが、古代文字が示す『三つの試練』というものが、危険を伴うものであると見て間違いない。
何より、ヨナやトンマーゾとは違い、フェリペにはこれより先に進む目的はない。魔塔の責任者という立場を考えれば、ここで引き返すというのも一つの手である。
だが。
「当然、行くのだろう?」
「はい!」
「ぬほほ、聞くまでもありませんな」
問いかけるフェリペに、ヨナとトンマーゾは強く頷く。
目的のある二人はともかく、フェリペは本当にそれでよいのだろうか。それとも、彼は彼なりに『三つの試練』を受けるだけの目的があるのだろうか。
いずれにせよ。
「この壁に刻まれている魔法陣に、手を添えるみたいです」
「そうか」
ヨナの言葉を受け、躊躇なく魔法陣に触れるフェリペ。ヨナとトンマーゾもそれに続いた。
その時。
「っ!?」
ヨナの視界を、これまでの十一年という短い人生が走馬灯のように……だが、なぜか逆行するように過ぎて行った。
そして。
(ここは……ひょっとして、ラングハイム家……?)
現れたのは、別れを告げたはずの実家の庭園。
物心ついた頃から、部屋のベッドの傍の窓から眺めていた景色が、目の前にあった。
「奥様、あまり無理はなさいませんように……」
「うふふ、今日はすごく体調がいいの。それにほら、この子も喜んでいるわ」
心配する侍女をよそに、黒髪の美しい女性は優しい笑みを浮かべ、大きくなった自分のお腹を慈しむように撫でる。
彼女こそ、ラングハイム家で拠り所にしていた女性。
――ヨナの母、マルテ=コルネリア=ラングハイムだった。
(母上……!)
ヨナは声にならない声を絞り出し、一歩、また一歩とマルテへ近づこうと歩み寄る。
(母上! 母上ええええええええッッッ!)
オニキスの瞳に涙を浮かべ、これまでの想いを声に乗せてヨナは叫ぶ。
ここにいるよと、気づいてほしくて。
ずっと頑張ってきたんだよと、褒めてほしくて。
だが。
「マルテ、これ以上は君の身体に障る。屋敷の中に入りなさい」
「あなた……はい」
現れたラングハイム公爵がマルテの肩を抱き寄せ、二人並んで仲睦まじく屋敷へと入って行った。
今もなお大粒の涙を零して母を呼ぶ、ヨナを一人残して。
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