フェリペの思惑
「ここは……」
「魔塔の中層階に設置された、動力室ですぞ」
ごうん、ごうん、と重く不気味な音が鳴り響き、歯車などが休みなく動き続けている。
所々には古代文字が刻まれており、その内容はそれぞれの装置の操作方法や注意事項などだった。
ひょっとしたらこの部屋自体が、魔導具なのかもしれない。何故かヨナはそう感じた。
「これこそが、魔塔の動力源であり至宝……『ノルニルの宝玉』だ」
動力室の中央で浮遊する赤、緑、青の珠が、円の軌道を描きながら追いかけっこでもしているかのようにくるくると回っていた。
「トンマーゾさん、これって……」
「小生……いや、この魔塔にいる魔法使い全員、『ノルニルの宝玉』を理解している者はいないのですぞ。ただ」
「ただ?」
「この三つの珠が円を描くことで魔力が供給され、これにより魔塔にある全ての魔導具が稼働しておりますぞ」
つまり『ノルニルの宝玉』こそが、魔塔を魔塔たらしめていると言っても過言ではないということ。いわば魔塔の心臓と呼ぶべきものだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ『ノルニルの宝玉』を取ってしまったら……」
「無論、魔塔はその活動の全てを停止する」
相変わらず険しい表情で、さも当然とばかりに告げるフェリペ。
今ならヨナも、どうして二人の魔法使いが止めようとしたのか理解できた。
だが。
「その……あなたはどうして、トンマーゾさんの願いを聞き入れたのですか……?」
ヨナにはそれがどうしても分からなかった。
フェリペの言葉では、地下倉庫で見つかった手掛かりが真実であるならば、魔塔の発展に繋がるからとのことだが、そのためには魔塔への魔力の供給を止めなければならない。
そうなれば、仮に僅かな時間だったとしても魔塔はその機能を失い、相当な影響を及ぼすことになる。
それでもなお、フェリペはこうすることを選択した。……いや、そうするだけの価値を、これまで蔑んできたはずのトンマーゾの願いから見出したのだ。
だからこそ、ヨナはその理由が知りたい。
「ふん。さっきも言ったとおり、その古代魔法の手掛かりというのが本当で、魔導の深淵を覗くことができるのであれば重畳。全ては魔塔のためだ」
鼻を鳴らし、トンマーゾはぶっきらぼうに答える。
魔塔の責任者らしく尊大で傲慢に振る舞った彼の姿が、ヨナには何故か照れ隠しのように見えた。
そしてフェリペは、無造作に右手を伸ばし、旋回する珠を一つずつ取り出す。
すると。
「音が、止まった……」
それまで規則的に動き続けていた歯車たちが全て停止し、部屋の中が静寂に包まれる。
遥か昔より存在していた魔塔。過去に何度同じようにその動きを止めたことがあったかは分からない。だが今、魔塔に久方ぶりの休息が訪れた。
「フェリペ……」
「何を呆けた顔をしている。早くこの私を、その手掛かりとやらがある場所へ案内したまえ」
複雑な表情で見つめるトンマーゾに、フェリペは変わらぬ態度で告げた。
きっと二人は、十年前にこの魔塔で出逢った時からこのような関係だったのだろう。
その証拠に。
「ぬほほ。相変わらずせっかちで困りますぞ」
「うるさい。私の貴重な時間を、一秒たりとも無駄にできんのだ」
軽口を叩くトンマーゾと、ふてぶてしく言い放つフェリペ。そんな二人の間には、どこか気安い空気が流れていた。
◇◆◇◆◇
「埃が舞って酷いところだな。こんなところに、本当にその手掛かりとやらはあるのかね」
「ぬほほ……」
地下倉庫へとやって来るなり布で口元を押さえ皮肉を告げるフェリペ。トンマーゾは思わず苦笑する。
そんな二人の……いや、フェリペを、ヨナは不思議そうに見つめていた。
(本当にこの人は、古代魔法に興味があるのかな……)
魔導の発展のためと称して『ノルニルの宝玉』を手にここへとやって来たのだから、少しは興味を示してもよさそうなもの。
だというのにフェリペからは、そのような態度が少しも見受けられない。
「フェリペ、これを見るのですぞ」
「ほう……つまりここに、『ノルニルの宝玉』を入れればよいのだな」
「そうですぞ……って!?」
トンマーゾが頷くよりも先に、フェリペは床の窪みに『ノルニルの宝玉』を嵌め込んでしまった。
すると。
「む!」
「おお!」
『ノルニルの宝玉』が穴の中に沈み、それに合わせて隣の床が地響きを上げてゆっくりと動き出した。
それから数十秒。動きを止めた床から、下へと続く石の階段が現れた。
「この下に、古代魔法の手掛かりが……!」
暗闇の中にどこまでも続く階段の先を見つめ、トンマーゾが瞳を輝かせる。
その隣で。
「…………………………ちっ」
フェリペがつまらなそうに舌打ちをしたのを、傍に控えていたヨナは見逃さなかった。
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