ノルニルの宝玉
書籍第1巻は、本日発売です!
「フェリペ、話があるのですぞ!」
魔法使いの女を押し退けて研究室内に入ったトンマーゾは、大きな声で告げた。
すると。
「……騒がしいと思ったら、貴様か」
魔法使いの男を従え、研究室の奥から現れたフェリペ。一瞬だけトンマーゾを睨んだかと思うと、すぐに小馬鹿にしたような態度を見せる。
「何の用だ。古代魔法に現を抜かしているお前と違い、私は忙しいんだがな……っ!?」
吐き捨てるように告げたフェリペの前で、突然トンマーゾが平伏した。
「どうか小生に、『ノルニルの宝玉』を貸してほしいのですぞ!」
「なっ!?」
トンマーゾの言葉に、フェリペは驚愕し思わず仰け反る。
「馬鹿を申せ! 『ノルニルの宝玉』はこの魔塔を維持するために、なくてはならない秘宝! それを貴様は……!」
「そんなことは承知の上ですぞ! それでも……それでも……っ!」
ものすごい剣幕で怒鳴るフェリペに怯むことなく、トンマーゾは懇願した。
きっと『ノルニルの宝玉』と呼ばれる代物こそが『三つの魂』なのだと、トンマーゾはそう考えたのだろう。
古代魔法に人生の全てを捧げてきたトンマーゾだからこそ、ここで引き下がれないのだと容易に想像できる。
「ふざけるな! この役立たずの分際で……っ!?」
フェリペの後ろに控えていた魔法使いの男がトンマーゾにつかみかかろうとしたが、その身体が急に思うように動かなくなる。
「ど、どういうことだ!? どうして俺の身体が……っ!?」
困惑する魔法使いの男。それを静かに見つめる、まるで操り糸が切れたかのように床にへたり込むヨナがいた。
そう……ヨナは自身の身体を操っていた【マリオネッテ】を解除し、魔法使いの男を逆に操ったのだ。
本来【マリオネッテ】は物体を操る魔法であるため、操ることのできる数は術者の魔力量と実力による。
自分の身体すらも蝕むほど膨大な魔力を持つヨナであれば、いくつもの物体を操ることが可能だが、人間を操るとなると話は別。
何せ人間の動きは複雑であり、手足だけでなく指の一本一本に至るまで精緻に動かすとなると相当な技術と集中力が必要となる。
つまり、ヨナが【マリオネッテ】で人間を操ることができるのは、自分自身を含め一人が限界なのだ。
「……なるほど。その少年の仕業か」
魔法使いの男の様子を注意深く観察した後、フェリペは視線をヨナへと向ける。
今のヨナは魔法使いの男を【マリオネッテ】によって拘束しているため、無防備な状態。ここで手を出されてしまったら、何一つ抵抗することができない。
そのような危険に身を晒すことなど、本来であれば愚の骨頂。それはヨナ自身も充分理解している。
でも……それでも、ヨナはこうせずにはいられなかった。
心優しき魔法使いの願いと決意を、誰にも邪魔させないために。
「ふう……それでトンマーゾよ。この少年にここまでさせてまで、『ノルニルの宝玉』を差し出せと頼む理由はなんだ」
「っ!? フェリペ様!?」
「いけませんフェリペ様! この男の言葉に耳を貸す必要はありません!」
深く息を吐き、厳しい口調でフェリペは尋ねる。
それを見て声を上げたのは、二人の魔法使い。特に魔法使いの男は、【マリオネッテ】によって動くことができない身体を無理に動かそうとして、全身を真っ赤にして血管が浮き出るほどだった。
「ヨナ君のおかげで、小生はとうとう見つけたのですぞ。古代魔法に至ることができるかもしれない、初めての手掛かりを」
「…………………………」
二人の魔法使いの言葉を無視し、フェリペはただ険しい表情でトンマーゾを見下ろす。
これまでのやり取りを見ても、彼がトンマーゾのことをよく思っていないことは明らか。おそらく、『ノルニルの宝玉』を貸し与えるようなことはしないだろう。
「ト、トンマーゾさんのおっしゃっていることは本当です! 僕も一緒にこの目でみたんです!」
身動き一つできない身体で、ヨナはありったけの声を振り絞って訴える。
フェリペにトンマーゾの想いが届くようにと、精一杯の祈りを込めて。
「部外者は黙ってなさい! 『ノルニルの宝玉』が、魔塔にとってどれほど重要なものであるかも分からないくせに!」
魔法使いの女はヨナへと詰め寄る。誰かが止めなければ、ヨナを傷つけてしまうのではないかと思うほどの剣幕で。
そして魔法使いの女が、ヨナの胸倉へと手を伸ばそうとした、その時。
「……まずはその手掛かりとやらを、この私に見せろ。話はそれからだ」
「っ!?」
「「フェリペ様!?」」
静かに告げたフェリペの言葉にトンマーゾは勢いよく顔を上げ、二人の魔法使いは驚愕の表情を浮かべた。
「フェ……フェリペ、様……何をお考えなのですか……?」
「この男の言うとおり、本当に手掛かりが見つかったのであれば、それはそれで魔塔の発展に繋がる。仮にそうでなかったとしても、その時はトンマーゾが責任を取ればよい」
「し、しかし……」
納得も理解もできない魔法使いの二人は、顔を歪める。だがフェリペの決定には逆らえないのか、それ以上強く訴えることはしなかった。
(ええと……つまり、トンマーゾさんのお願いを聞いてくれたってことでいいんだよね……?)
二人のこれまでのやり取りを見てきたヨナとしては信じられない思いだが、どんな思惑があるにせよ、これで先に進めることは間違いない。
トンマーゾが求める古代魔法へ。何より、ヨナが求める『昏き地下迷宮の不死王』の伝説へ。
「何をしている。早く『ノルニルの宝玉』を取りに行くぞ」
「ぬ、ぬほほ、そうですな」
フェリペが面倒くさそうに手を引くと、トンマーゾは苦笑しながら立ち上がる。
それに合わせて。
「っ!? う、動ける……?」
【マリオネッテ】の拘束が解かれ動けるようになった魔法使いの男が、自分の両手をまじまじと見つめ、確認するように身体を思い思いに動かす。
「えへへ……トンマーゾさん、よかったですね」
「そうですな……」
魔法使いの男を解放したことで自らを操り、ヨナはトンマーゾの隣に来てはにかむ。
トンマーゾもまた微笑みを返し、ヨナの髪を優しく撫でた。
お読みいただき、ありがとうございます!
お知らせです!
『余命一年の公爵子息は、旅をしたい』がHJノベルス様より書籍第1巻が本日発売!
おかげさまで大好評となっております!
挿絵を担当されるのはシソ様! 可愛らしいヨナとカルロ、それにアウロラ・プリシラの双子姉妹が目印です!
まだお買い上げでない方は、どうかどうかお手に取ってくださいませ!
書店様にない場合は、是非ともお取り寄せを!
どうかどうか、よろしくお願いします!




