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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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心遣いの意味

「もう落ち着きまして……?」


 マルグリットが心配そうな表情でヨナの顔を(のぞ)き込む。

 彼が泣き止むまで、マルグリットはずっと背中をさすってくれていた。


 彼女が優しい心根を持っていることは間違いないが、これはどちらかというとベソをかいている弟をあやす姉に近いような気がする。

 そういえばマルグリットは、出逢った時からヨナのことを子供扱いしていたので、その延長なのかもしれない。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 ただ、それは彼も理解しているようで、気恥ずかしさと納得できない思いに、ヨナは顔を逸らしつつお辞儀をした。


「いいんですのよ。こうやって小さな子供を慰めてあげるのも、立派な淑女の務めですもの」

「……ちょっと待ってください」


 手を当てて小さな胸を張るマルグリットに、ヨナはじと、とした視線を送ると。


「ぼ、僕は『小さな子供』なんかではありません! それに、この前十一歳になったばかりです!」

「あらあら、背伸びしたくなる気持ちは分かりますけど、そういうところが『小さな子供』なのですわよ。それに」


 マルグリットがヨナを見据え、さらに胸を張ると。


「フフ……わたくし、ついこの間十二歳になりましたの」

「っ!?」


 それはもう、これでもかというほどのマルグリットの勝ち誇った顔。

 ヨナは悔しさのあまり、思わず歯ぎしりする。


 これまでの境遇もあり、ヨナはどこか達観していて大人びているところがあったが、このようなことで怒ってしまう彼も年頃の男の子なのだと思うと微笑ましい。


「で、でも! 背は僕のほうが高いはずです!」

「そうかしら? きっと身長だって、わたくしのほうが高いはずですわ。ハンス」

「はい、お嬢様」


 なおも食い下がるヨナに、マルグリットは背中を合わせて立つ。


「……ほんの少しですが、身長はお嬢様のほうが高いですね」

「フフ! ほらごらんなさい!」

「むうううう……っ」


 完全敗北を受け、ヨナは思いきり頬を膨らませた。

 一方のマルグリットはというと、とどめとばかりにヨナの頭を撫でる。


 そんな二人がじゃれ合う様子を見つめ、ハンスは頬を緩めた。


 ◇


「さあ、たくさん食べるんですのよ!」

「わああああ……!」


 テーブルの上に所狭しと並べられている料理の数々に、ヨナは瞳をきらきらと輝かせる。

 ラングハイム家にいた時は、基本的に家族とは別々に食事をしていたこともあり、これだけのご馳走を目の前にしたことのないヨナにとって、まるで夢のような食事だった。


 何より……こうして誰かと楽しく会話をしながらの食事など、初めてのことなのだから。


 でも。


「そ、その……マルグリット様は、どうして見ず知らずの僕に、こんなに優しくしてくださるのですか……?」


 ヨナは、マルグリットと出逢ってからこれまで感じていた疑問を投げかける。

 普通であれば、貴族令嬢が平民をこのようにもてなすことなど考えられない。


 もちろん、ただの興味本位や子供の気まぐれということもあるが。


「あら。誰かに優しくするのに、理由なんて必要かしら?」

「そ、そういうわけではありませんが、それでもこのようなことは、普通あり得ません」

「ふうん……そうねえ……」


 納得できない様子のヨナを見て、マルグリットは腕組みをして考え込む仕草を見せた。


 そして。


「……私が貴族(・・)だから、かしら」

「貴族だから……?」


 マルグリットの言葉が理解できず、ヨナは聞き返す。


「ええ。貴族というのは、下々の者に対して施しをするものよ。それに、貴族というのは下々の者がいて初めて成り立つの。その代わり、貴族は下々の者を守り、与えなければいけない。ええと……位高ければ……何だったかしら?」

「『位高ければ徳高きを要す』です、お嬢様」

「そう、それですわ!」


 ハンスの補足に、マルグリットはパッと笑顔になって手を叩いた。

 貴族が持つべき心構えである『位高ければ徳高きを要す』については、公爵子息だったヨナも理解している。


 だけど、いくらヨナがみすぼらしい格好をしていたからといって、ここまでするものだろうか。

 やはり納得ができないヨナは、首を傾げてしまった。


「フフ、平民のヨナには分からないと思いますわ。それにこれは、貴族であるわたくしが理解していればいいだけですもの」

「は、はあ……」


 ヨナは気の抜けた返事をし、ナイフとフォークを手に取って食事を始める……のだが。


「あ……っ」


 上手く扱うことができず、料理をテーブルに落としてしまい、居たたまれなくなってうつむく。


 ラングハイム家で家族との食事をヨナが避けていた理由の一つとして、ナイフとフォークを上手く操れないというものがあった。

 無理もない。彼は身体を古代魔法で操っており、繊細な動きが求められる食事は苦手なのだ。


 これまでもそういった礼儀作法の悪さに、無関心のラングハイム公爵はともかく、ヘルタから叱責されジークには白い目で見られており、一緒に食事をしたくなくなるのは自然な流れ……なのだが。


「そ、その、ごめ……」

「あら……わたくしとしたことが、料理を落としてしまいましたわ」


 ヨナが謝罪しようとする前に、マルグリットも同じようにテーブルに料理を落とした。


「ですけどわたくしは淑女ですので、この程度のことでいちいち謝ったりはしませんわ。ヨナもそう思うでしょう?」

「あ……」


 そう……マルグリットは、わざと粗相(そそう)をしたのだ。

 客人であるヨナが萎縮してしまわないように。気持ちよく食事を楽しめるように。


 礼儀作法と呼ばれるものが相手を気遣うためのものであるならば、彼女の振る舞いこそ最大限ヨナを気遣ったものだと言える。

 ヨナはそんな彼女の優しさと心遣いに、胸が熱くなった。


「フフ……それともヨナは、年上のお姉様に食べさせてもらうことをご所望かしら?」

「ななななな!?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるマルグリットに揶揄(からか)われ、ヨナは顔を真っ赤にして声を上げる。


 その時。


「ふむ……マルグリットの客人か」


 髭を生やした厳格そうな男が、食堂を訪れた。

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