優しい二人
「ぬほほ、これは魔塔の各階層へ移動するための魔導具でして、これがあれば、塔の頂上まであっという間に到着しますぞ」
トンマーゾと一緒に魔塔に設置されている小さな部屋に入ったヨナは、今、身体がふわり、浮かび上がるような、そんな不思議な感覚を味わっていた。
部屋の扉の傍にはレバーがあり、さらにその横には古代文字で数を表す文字が記されている。
「この数字にレバーの位置を合わせて動かすと、目的の階に止まる仕組みですな」
「そうなんですね……!」
丁寧に、そして嬉しそうに説明するトンマーゾの言葉に、ヨナもまた目を輝かせた。
彼の説明によれば、この魔導具も魔塔に最初からあったもので、多くの魔法使いが研究しているが、今もその原理は解明されていない。
「それでヨナ君。ここには何と……」
「はい。ええと……簡単な操作方法が記されているだけですね」
「そうですか……」
期待に胸を膨らませ尋ねるトンマーゾだったが、残念ながら期待したものではなかった。
とはいえ。
「ぬほほ。魔導具であるならば、使われていないものや使い方が分からないものまで、たくさんありますからな。この程度で落ち込んではいられませんぞ」
「はい!」
ヨナの前で大人の自分が恥ずかしい真似はできないと、そう考えたのだろうか。先程とは打って変わり、トンマーゾは楽観的な態度を見せ、ヨナも嬉しそうに頷く。
「ではでは、次の魔導具へと向かいましょうぞ!」
トンマーゾは次から次へと魔導具のある場所へヨナを案内しては、古代文字の解読を進める。
いずれも求める結果ではなかったものの、それでも、これまで半分……いや、三分の一も理解していなかった魔導具の詳細について把握することができたのだ。それだけで魔塔の研究は十年以上も先に進んだと言っても過言ではない。
魔導具に刻まれている古代文字をヨナが解読し、トンマーゾはそれらを全て羊皮紙に書き留める。
すると。
「石板の次は魔導具の研究に宗旨替えか? トンマーゾ」
後ろから小馬鹿にするような声が聞こえ、ヨナとトンマーゾは振り返る。
いたのは、黒のロープに身を包んだ男女三人の魔法使いだった。
「でも、そのほうがいいですわね。あるかどうかも分からない眉唾物の古代魔法なんかより、今の魔法や魔導具の研究をしたほうが、世界にとって意味がありますもの」
「そうだな……我々は誇り高き魔塔の住人。無駄な時間を費やす暇はないのだから」
「…………………………」
三人の魔法使いの言葉に、トンマーゾはうつむき押し黙る。
ヨナの瞳に映る姿は、ヨナが見てきたこれまでの彼とは別人のようだった。
「ま、ようやく目が覚めたみたいで何よりだ。……ところで、その子供は誰だ?」
トンマーゾの肩をぽん、と叩き、男の魔法使いがヨナに訝しげな視線を向け尋ねる。
「……小生の優秀な助手ですぞ」
「ふん、そうか。誰も相手にされなくなって、とうとう子供に頼るほど落ちぶれたのだな」
興味を失くしたのか、魔法使いの男はそう言うと他の二人の魔法使いを連れ、この場を離れていった。
「ぬ、ぬほほ、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたな」
振り返ったトンマーゾが、取り繕うように笑う。
それは、心配そうな表情をして見つめるヨナを安心させようという、彼の優しさであることは明らかだった。
「その……あの人達は……?」
「……小生と同じ時期に魔塔に入った、いわば同僚というやつなのですぞ。といっても、うだつの上がらない研究者の一人に過ぎない小生とは違い、彼はこの魔塔の責任者にまで登りつめましたがな」
少しうつむきながら、トンマーゾが訥々と語り始める。
古代魔法に憧れ、魔塔の門を叩いた十年前。トンマーゾは一人の男と出逢った。
彼の名は〝フェリペ=ホーエンハイム〟。誰よりも魔導具に精通し、誰よりも魔導具を愛する錬金術師。
古代魔法と錬金術。全く違う分野の魔法使い同士であるが、何故か二人は馬が合った。
人の目を盗んでは魔塔において禁止されている酒を飲み、互いに夢を語り合う。
そう……彼等は間違いなく、共に同じ理想を胸に掲げる友だった。
「それが、どうして……?」
「……全ては小生が不甲斐ないからですぞ。十年間、石板こそが古代魔法への手掛かりと信じ、研究に没頭するも何一つ成果を生み出していない小生を、フェリペは見限ったのでしょう」
そう呟くと、トンマーゾは自虐的な笑みを浮かべてうつむく。
確かに彼はヨナが解読するまで、あの石板こそが古代魔法に繋がるものだと信じて疑わず、その解読に十年の時を費やしてきた。
だが、遥か昔に魔塔が生まれ、その主を失った後の世界の住人は、この建物の謎を解明できた者は一人もいないことも事実。
もちろん、石板に刻まれた古代文字を解読できた者も。
とはいえ、トンマーゾは魔塔の謎を解明することを期待され、入門を許されたのだ。ならば、それなりの成果を求められることもまた当然といえる。
それでも……ヨナにはそれを受け入れることができなかった。
何故なら、ヨナもまたラングハイム家において公爵子息としての役割を果たすことができず、見限られ、今こうして異国の地にいる……つまり、彼と同じなのだから。
「恥ずかしく、ないですよ……」
「ヨナ君?」
「トンマーゾさんは恥ずかしくなんてないです。古代魔法は、この世界に間違いなく存在しますから」
オニキスのような黒い瞳で見つめ、ヨナははっきりと告げる。
ヨナがトンマーゾと過ごした時は、ほんの僅か。それでも彼は、残り一年に満たない限られた時間の中で出逢った、少し変わり者で、誰よりも古代魔法に憧れて、そそっかしくて、でも、知らないとはいえ出来損ないと呼ばれ続けてきた自分の存在を認めてくれた、優しい人。
だからこそ。
「僕の名前はヨナ。魔法使い……いいえ、古代魔法の使い手、ヨナです」
ヨナは、あえて自らが古代魔法の使い手であることを宣言した。
同じく心を通わせ『絆のカケラ』を遺した、カルロとの約束を破ってまで。
「……それは、本当なのですか?」
おそるおそる尋ねるトンマーゾに、ヨナはゆっくりと、だけど力強く頷く。
するとトンマーゾはその瞳を輝かせたかと思うと、すぐに寂しそうに微笑んだ。
「あ、あの……」
「本当に、ヨナ君は優しい男の子ですな。小生のことを気遣って、そのような嘘を……」
残念ながら彼は、ヨナが自分への気遣いとして嘘を言ったのだと受け取ったようだ。
無理もない。目の前にいるヨナは、まだ十一歳になったばかりの小さな少年に過ぎないのだから。
「嘘じゃないです! その、今ここで古代魔法を使うことはできないですけど、誰もいなくて広い場所であれば……!」
「ぬほほ、もし仮にヨナ君が本当に古代魔法の使い手なのだとしても、それでも、嘘であるほうが望ましいですからな」
「あ……」
ヨナの頭を撫で、トンマーゾは柔らかい笑みを浮かべ告げる。
どうやら彼は、古代魔法を使えるということがどういった意味を持つのか、それを理解した上でヨナに諭しているのだろう。
ただし、カルロはヨナが兵器あるいは脅威とみなされることを危惧したのに対し、トンマーゾは彼が実験台として扱われることを恐れているのだが。
そう……ここは、世界における魔導の象徴である魔塔。古代魔法の使い手が存在することが分かれば、ヨナは研究対象としてその人生の全てを奪われかねない。
だからこそトンマーゾは、あえてヨナの言葉の真偽を問うことなく、ただ嘘であると断じたのだ。
「……やっぱりトンマーゾさんは優しいですね」
「そんなことはないですぞ。小生もまた、魔塔の者。それが嘘だと知りながら、古代魔法の誘惑に負けていつヨナ君に牙を剥くか、分かりませんからな」
「あははっ!」
そう言って大きく口を開け、まるでおとぎ話に登場する狼のような仕草をしておどけるトンマーゾ。
そんな彼の姿を見て、ヨナは楽しそうに笑った。
お読みいただき、ありがとうございました!
皆様にお知らせです!
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本作を長く続けるためにも、どうかどうか、予約をはじめ書店様でお見かけの際は、ぜひともお手に取ってくださいませ!




