古代魔法を追い求める者、古代魔法を知るヨナ
「あれ……?」
研究室の片付けを始めてから、およそ二時間。
ヨナは床に散らばった書物の中で、気になるものを見つけた。
(これ、古代文字だよね……)
それは、旅に持参した二つの宝物のうちの一つ、古代魔法の本に記されているものと同じ文字。
いわゆる世間に知られている古代文字とは少し違う特殊なものであるからこそ、ヨナは見逃さなかった。
「トンマーゾさん」
「ぬほっ!? ど、どうかしましたかな?」
研究に没頭していたトンマーゾだったが、ヨナに呼びかけられて慌て気味に振り向く。その様子から、彼はヨナのことを気にかけていたことが見て取れた。
ヨナの言ったとおり、彼は悪い男ではないのだろう。
「その……この文字って、古代文字ですよね……?」
「なんと! ヨナ君は古代文字を知っているのですかな?」
ヨナが古代文字を言い当てたことに、トンマーゾは驚きの声を上げた。
この世界において確かに古代文字の存在は認識されているものの、それを知っている者はごく僅か。それを十一歳のヨナが言い当てたのだから、トンマーゾの反応も頷ける。
「は、はい。実は僕の生まれ故郷で、同じようなものを見たことがあって……」
「なるほどなるほど! それは興味深い! 是非ともヨナ君の故郷について教えてほしいものですな!」
「あ……」
余計なことを言ってしまったことに気づき、ヨナはうつむく。
ラングハイム家を……家族を捨てたヨナに、帰る故郷はないというのに。
「そ、それより、トンマーゾさんは古代文字も研究されているんですか?」
これ以上追及されてはまずいと考えたヨナは、すぐに話を逸らした。
「ご明察ですぞ! 何せ小生が取り組んでいるのは、かつてこの世界にあったとされる古代魔法! それを解き明かすためには、古代文字の習得は必須ですからな!」
「古代魔法……」
まさかトンマーゾの口から古代魔法という言葉が出てくるとは思いもよらなかったヨナ。
『ベルヒュリヒテ・クンスト』を穴が開くほど精読したヨナは、古代魔法の理論については習得したものの、そもそも古代魔法とは何なのか、どのようにして生まれたのかなど、謎は多く残されている。
(ひょっとしたら、古代魔法についてもっと知ることができるかもしれない)
ヨナにとって古代魔法は、ヨナタン=ゲーハルト=ラングハイムを救ってくれたかけがえのないもの。より知ろうとする欲求に駆られるのは当然かもしれない。
何より――古代魔法を知ることは、ヨナの運命の旅路に必要不可欠なものなのだから。
「そういうことなら話が早い。早速小生のこれまでの研究についても、ヨナ君に話しておかねばなりませんな」
そう言うと、トンマーゾは大量の書物を抱え、ヨナの前に置いた。
「ぬほほ、今夜は大いに語り明かしますぞ!」
「お、お手柔らかに……」
丸眼鏡の奥で瞳を輝かせるトンマーゾに、ヨナは乾いた笑みを浮かべた。
◇◆◇◆◇
「それで小生は、世界中のありとあらゆる古代魔法に関する文献を集め調べているのですが……」
トンマーゾが古代魔法について語り始めてから、もうどれくらいの時間が経過しただろうか。
研究室の窓の外は既に闇に包まれ、上弦の月が煌々と輝いていた。
とはいえ、ヨナも彼の話にすっかりのめり込んでおり、気づけばいくつも質問を投げかけては熱心に議論を交わしている。
「つまり、トンマーゾさんが魔塔に入ったのは、古代魔法を研究するためなんですね」
「そのとおりですぞ。ここには小生が求めた古代魔法に関する文献が、多く所蔵されておりましたからな。何より」
トンマーゾは机の上に置いてあった石板を、ヨナに差し出した。
「この石板が、魔塔の至る所にあるのですぞ」
「これは……っ」
石板を受け取り、ヨナは目を見開く。
そこには古代文字が……いや、古代魔法の本で使用されている特殊な古代文字が記されていた。
「魔塔に入って十年。古代文字を解読できる小生でも、この文字は特殊で未だに解読できないのですぞ……」
そう言うと、トンマーゾは僅かに肩を落とす。
研究室の有り様や古代魔法にかける情熱からも分かるとおり、彼は古代文字に関して第一人者と評しても間違いではない。そんな彼が、長年研究を行っても解明できない文字。
そう……ヨナはこの文字を理解している。それも、僅か一年という期間で身に着けたのだ。
これはヨナの持って生まれた才能なのか、それとも、苦痛を伴い不自由な身体を動かすという切実な想いが、トンマーゾの情熱をも凌駕していたということなのだろうか。
「……『知れば知るほど、我は驚嘆し、歓喜に打ち震えるばかり也』」
「ヨナ君……まさか……」
石板をなぞり呟いたヨナに、トンマーゾは呆けた表情で呼びかける。
きっと彼も気づいたのだろう。ヨナが紡いだ言葉の意味を。
「この石板の内容は、日記みたいですね」
「ぬ……ぬおおおおおおッッッ! ヨナ君は、この文字が読めるのですな!」
「うわわわわわ!?」
勢いよくヨナに飛びつき興奮するトンマーゾ。いきなりのことで、ヨナは思わず驚きの声を上げた。
「でで、では、これには何と書いているのですかな?」
「ええと……『まだいけると信じ、一か月前の食材を調理し食す。やはり傷んでいたようで、下痢と嘔吐を繰り返すばかり。つらい』……この日記を書いた人は、無能な方みたいですね」
「な、なるほど……」
まさか長年研究していた石板の一つが、こんなくだらない日記だったとは思いもよらず、トンマーゾは微妙な表情を浮かべる。それは読み上げたヨナも同じだった。
「ほ、ほら、ひょっとしたら他の石板には、古代魔法について書いてあるものがあるかもしれませんから!」
「そ、そうですな! きっと、たまたまこの石板がはずれだっただけですぞ!」
気を取り直し、二人は他の石板を解読する。
だが期待は裏切られ、記されている内容はその日の食事や天気、片想いの幼馴染に振られた話など意味のないものばかり。ある意味面白いが、二人が求めるものではなかった。
「小生のこれまでの研究は一体……」
「ま、まだ分かりませんよ! 石板だって、この研究室にあるもので全てというわけではないですよね?」
肩を落とし意気消沈するトンマーゾを見ていられず、ヨナは必死に励まそうとする。
もちろんヨナ自身もこの結果にはがっかりしているものの、それは魔塔で十年の月日を費やしたトンマーゾからすれば取るに足らないものなのだから。
「……魔塔で見つかった石板は、ここにあるもので全部なのですぞ」
「な、なら、石板以外に記しているとか!」
「そういえば……魔導具の一部にも、同じ文字が記されておりましたな」
「! それです! きっと魔導具の文字を解読すれば、古代魔法の手掛かりが見つかるかもしれません!」
ヨナは芝居がかっているかと思うほど大袈裟に、トンマーゾを励ます。
とはいえ、ヨナの言葉はただの方便というわけではない。
石板はともかく、魔導具に『ベルヒュリヒテ・クンスト』と同じ文字が記されているのならば、その魔導具が古代魔法によって作動していることも充分に考えられる。
「そ、そうですな。石板に記された内容が古代魔法と関係ないからといって、魔塔が古代魔法と何らかの係わりがある可能性が失われたわけではない」
「そのとおりです!」
ヨナの励ましを受けトンマーゾは気を持ち直し、再び古代魔法解明への意欲を見せる。とりあえず一安心といったところで、ヨナも胸を撫で下ろした。
「ぬほほ。そうと決まれば、早速行きますぞ!」
「わわわ!?」
ヨナの手を取り、トンマーゾは研究室を飛び出す。
【マリオネッテ】で身体を操っているヨナにとって、このように突発的で予想外のことが起きると上手く反応できない。
なので、やはりヨナは足がもつれ、転んでしまう。
「っ!? ヨナ君、大丈夫ですかな!?」
「いてて……は、はい」
トンマーゾに悪気がないことは分かるが、それでも、余命一年もなく膨大な魔力に蝕まれ既にぼろぼろの身体のヨナ。もっと労わってほしいと思ってしまう。
「本当に申し訳ないですぞ……」
「だ、大丈夫ですから! ほら!」
申し訳なさそうに肩を落とすトンマーゾを見て、ヨナは慌てて元気いっぱいな素振りを見せた。
本当は、痛いはずなのに。本当は、苦しいはずなのに。
それでもヨナは、目の前の男に元気になってほしくて、気丈に振る舞うのだ。
「ヨナ君は、小生などより余程素晴らしい少年ですな」
「あ……えへへ……」
その優しさ、健気さに心を打たれ、トンマーゾは柔らかい表情を浮かべヨナの頭を優しく撫でる。
ヨナもまた、くすぐったさを覚えつつも、彼の手を受け入れ嬉しそうにはにかんだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
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