魔導都市フィオレンツァ
「わああああ……!」
カルロ達と別れ、大通りに立ち並ぶ露店に目移りしながら、感嘆の声を漏らすヨナ。
ここフィオレンツァは、西方諸国でも屈指の魔導都市。古今東西のあらゆる魔法について学ぶのであれば、この地をおいて他にはない。
なので、この大通りの露店をはじめ多くの店では、魔法関連の品々が並んでいる。
魔導書、魔導具、魔法の媒介となる素材などなど。
古代魔法の使い手であるヨナがそれらに興味津々になるのは当然であるが、それ以上に彼をときめかせてやまないもの。
それは。
「すごいや……!」
街の中央にそびえ立つ、巨大な塔。
フィオレンツァの象徴であり、ここが魔導都市と呼ばれる所以。
――『魔塔』。
いつからこの地に建築されたのか、一体誰が建てたのか、今なお明らかになっていないが、あの塔の中には魔法研究に必要な資料や設備、材料などが全て揃っており、世界各国の魔法使いが志を胸に魔塔の門を叩いている。
何より。
(あの塔のどこかに、僕の求める伝説がある)
ヨナがフィオレンツァを訪れたのは、世界中の伝説が収録された本に記されている、『昏い地下迷宮の不死王』の伝説を見るため。
伝説ではフィオレンツァにそびえ立つ魔塔から通ずる地下迷宮の奥深くに、今もなおその不死王が君臨しているらしい。
不死王はこの世界の全ての理を知っており、訪れた者にどのような質問であっても正しい答えを教えてくれる。
ただし――その者の命と引き換えに。
思わず臆してしまいそうな伝説ではあるが、ヨナは怖れない。
もちろん一年に満たない残された命を軽んじているわけではない。……いや、むしろ誰よりも、命の尊さを知っている。
それでもヨナは、宝物に記された伝説を追い求めるのだと、旅立つ時に決意したのだ。
なら、ここで怯むわけにはいかない。
「あのー、すみません」
ヨナは一軒の露店に入り、声をかける。
「おや、いらっしゃい」
「その……あの塔の中に入りたいんですけど、それにはどうすればいいんですか?」
「ん? ひょっとして坊やは、魔法使いなのかい?」
品物の整理をしていた恰幅の良い女店主が振り返り、ヨナの質問に聞き返した。
「実はそうなんです。それで、あの塔にどうしても入りたくて……」
「おやまあ、それはすごいじゃないか! 魔法使いになれるのは、ほんの一握りしかいないってのに」
「え、えへへ……」
女店主に褒められ、照れつつも嬉しそうにはにかむヨナ。
とはいえ、女店主がこれほど驚いたということは、それだけヨナのような小さな少年が魔塔を目指すということは珍しいのだろう。
「だけどねえ……」
「何かあるんですか?」
「あの塔に入るためには試験を受ける必要があってね。それに合格しないと、魔塔へ入る許可が得られないのさ」
女主人が言うには、世界中の魔法使いが年中ひっきりなしに魔塔へ訪れては、試験に落ちてを繰り返しているらしい。
そんな魔法使い達は次の試験に合格するためにこの街に居座り、気づけば街は魔塔を目指す魔法使い達で溢れかえっているのだとか。
「よっぽど難しいみたいだし、いくら坊やに才能があっても厳しいんじゃないかねえ」
「そ、そうですか……」
女店主の話を聞き終え、逆にヨナはますます魔塔に興味が湧いた。
とはいえ、おいそれと古代魔法を見せるわけにはいかない。
この世界では、古代魔法がかつて存在したことは認識していても、それを使う者の存在は認められていないのだ。
何より。
(カルロさんからも、むやみに使うなって言われているもんね)
ベネディア王国で絆を結んだ、兄のような男との約束があるのだから。
「まあ、試験自体は毎月行われているから、一度や二度落ちたって、諦めなければそのうち受かるよ」
「あ、あはは……」
気遣ってくれたのか、女主人は微笑みを浮かべてヨナの背中を叩く。
あいにくヨナに残された時間もあまりないため、ただ苦笑するしかない。
すると。
「ぬほほ、頼んでいた品は届いておりますかな?」
一人の中年男性が店に入って来るなり、女店主に尋ねる。
その男はシルクハットを被り、丸眼鏡と特徴的なカイゼル髭、背は高く痩せた身体に黒の燕尾服を身に纏い、マントを羽織っていた。
「おや〝トンマーゾ〟先生。残念ながらまだ入荷してないよ。ていうか、昨日も訪ねてきたばっかりじゃないのさ」
「いやはや、どうにも待ち遠しくてつい」
女店主が呆れた声で答えると、男……トンマーゾは苦笑して頭を掻いた。
愛嬌があってどこか憎めないこの男を、ヨナがしげしげと見つめていると。
「おや? 君はこの店のお客さんですかな?」
「あ……その、僕はヨナって言います」
不思議そうに尋ねるトンマーゾに、ヨナはぺこり、とお辞儀をして名を告げると。
「これはご丁寧に。小生の名は〝トンマーゾ=ロッシ〟と申しますぞ」
トンマーゾはシルクハットを胸に当て、優雅にお辞儀をして返した。
「ああ、そうそう。トンマーゾ先生はこう見えて魔法使いで、しかもあの魔塔の研究者なんだよ。ちょっと変わり者だけどね」
「むむ、最後は一言余計ですぞ」
揶揄うように補足説明をした女主人に、トンマーゾは物言いたげな視線を送る。
だが、ヨナはそれ以上に。
「あ、あの! あなたは魔塔の関係者なんですか?」
「ぬほほ、そうなのですぞ。……といっても、しがない研究者に過ぎませんが」
「わああああ……!」
どこか照れくさそうにカイゼル髭を撫でるトンマーゾを、ヨナは羨望の眼差しで見つめる。
先程女主人から、いかに魔塔に入ることが狭き門であるかを教えてもらったところ。その当人を目の当たりにし、ヨナは興奮を隠せない。
「実はこの坊やも魔法使いで、魔塔に入りたいらしくってね。さっきまで色々と話をしてあげていたところさ」
「ほほう! このような少年の身で魔法使いとは、ヨナ君は将来有望ですな!」
「あ……えへへ……」
にゅっと顔を近づけ、興味深そうにヨナの顔を見つめるトンマーゾ。ヨナは思わず照れてしまう。
「そういうことであれば、ヨナ君。魔塔がどんなところか、一緒に来ますかな?」
「え……?」
トンマーゾからの願ってもない提案に、ヨナは目を輝かせる。
「そ、その、いいんですか?」
「もちろんですぞ。ヨナ君は魔法使いということですし、小生の助手として魔塔に入ればよいのです。その上で、試験に挑めばよいのです」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げて感謝の言葉を告げるヨナ。
まさかこんなにも早く魔塔に入る手段を得ることができるとは思わなかったため、嬉しくて仕方ない。
「ではでは、まいりましょうぞ」
「はい!」
そうしてヨナは、トンマーゾと一緒に店を出ると。
『ふうん……この男、本当に大丈夫なのかね。ちょっと変わり者っぽいけど』
「……でも、悪い人じゃないよ。きっと」
聞こえてきたのは、あの女の訝しげな声。
色々と言いたい放題な女だが、ヨナだけにしか聞こえないのは幸いだろう。
「? どうかしましたかな?」
「い、いえ! なんでもありません!」
振り返り不思議そうに尋ねるトンマーゾに、ヨナは慌ててかぶりを振った。
お読みいただき、ありがとうございました!
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