『昏き迷宮の不死王』の伝説
「『昏き迷宮の不死王』の伝説、ねえ……」
「はい」
ヨナを歓迎するパーティーが宴もたけなわといったところで、ヨナの今回の旅の目的を聞いたカルロは顎に手を当て思案する。
魔導都市フィオレンツァの魔塔には、一つの伝説がある。
それこそが、『昏き迷宮の不死王』である。
曰く、魔塔から通ずる地下迷宮の奥深くに、今もなおその不死王が君臨しているらしい。
不死王はこの世界の全ての理を知っており、訪れた者にどのような質問であっても正しい答えを教えてくれる。
ただし――その者の命と引き換えに。
思わず臆してしまいそうになる伝説であるが、それでもヨナは引き下がらない。
病床で読んだ本に記された世界中の伝説を見るのだと、固く決意しているのだから。
「まあ、あの海蛇の魔獣を倒しちまったヨナなら、たとえ不死王でも目じゃねえだろうが……」
そう呟くと、カルロはじとり、とした視線をヨナに向ける。
「お前の身体、治ったわけじゃないんだろう?」
「……はい」
カルロはヨナの容体を知る、数少ない者。ヨナを弟のように可愛がっている彼からすれば、危険な旅を全力で止めたい思いが強い。
とはいえ、ヨナの気持ちを尊重してやりたくもある。
「はあ……ま、どうせ止めたところで行っちまうんだろうな」
カルロは複雑な表情を浮かべると、溜息を吐いて頭を掻いた。
結局彼も、ヨナには甘いのだ。
「あ、で、でも、身体は痛みも和らいで、前みたいに倒れたりするようなことはなくなったんです」
「本当か!?」
少し言い訳じみたヨナの言葉に、カルロは声を上げた。
医者の話では、ヨナの身体は生きているのが不思議なほどぼろぼろだったはず。
信じられないが、それでも、ヨナに嘘を吐いている様子はない。
「はい。妖精王様が『妖精の粉』をくださって、それを主治医のギュンター先生が薬にしてくれて、それで……」
「そ、そうか……」
妖精王という単語にカルロは驚くものの、ヨナならそんな伝説でしか聞いたことがない存在と知り合いだったとしても不思議に思わない。
いや、むしろヨナだからこそ、妖精王も彼の前に姿を見せてくれたのかもしれない。
なんにせよ。
「ははは! そっかそっか! そいつはよかった!」
「わわわわわ!?」
突然ヨナを持ち上げ、カルロは満面の笑みを浮かべた。
大切な弟分が快復したのだ。彼にとってこんな嬉しいことはない。
「カルロ殿下、それは少々ずるいのではないでしょうか」
「そうです。ヨナ様を独り占めしないでください」
「ちょっ!?」
まるでひったくるようにヨナを奪ったアウロラとプリシラ。
拗ねた子供のように口を尖らせる彼女達に、カルロは何とも言えない表情を浮かべた。
◇◆◇◆◇
「じゃあな、ヨナ。気をつけるんだぞ」
「わぷっ」
ベネディア王国に来てから五日後。魔導都市フィオレンツァの港で、カルロはヨナの頭を撫でる。
カルロの予言どおり中央海は荒れ、ヨナがベネディア王国を発ったのは二日前。
本当はそこで別れる予定だったが、カルロはヨナを送り届けると言い張って、彼の旗艦であるイルヴェントドーロ号でここまでやって来たのだ。
「ヨナ様、寂しゅうございます」
「またベネディアにはお越しいただけるのですよね?」
前回とは違い、今回はアウロラとプリシラも見送りに来ている。
以前ならヨナは二人に告げることなく別れを選んでいただろうが、今は違う。
マルグリットによって生まれた小さな希望を宿したヨナはもう、自分の心に蓋をして、自ら傷つくようなことはしない。
自分を蔑ろにしたら、自分を大切に想ってくれている人を傷つけてしまうのだと知ったから。
だから。
「もちろんです! そ、その、僕もアウロラさんやプリシラさんに逢いたいですから!」
「「はう!」」
向日葵のような笑みを浮かべて最も嬉しいことを言ってくれたヨナに、双子の侍女は感動のあまり変な声を漏らしてしまう。
「……やっぱりヨナは、将来女性で苦労しそうだな」
「そ、そうなのかな……」
心配と呆れ、ほんの少しの嫉妬をないまぜにした視線を送るカルロ。
ヨナはこれまで出逢った女性達……マルグリットやティタンシア、アウロラ、プリシラ、パトリシア、ランベルク公爵達を思い浮かべ、何かに気づいたかのようにはっとした表情を浮かべたかと思うと、それを打ち消すかのように勢いよくかぶりを振った。
その反応を見たカルロは、何か思い当たる節があったのだろうと、ヨナの大変な未来を想像して大きな溜息を吐いた。
だけど。
「無茶だけはするんじゃないぞ、ヨナ」
フィオレンツァの街中へと歩き出し、何度も振り返っては手を振るヨナを見つめ、カルロは弟分の無事を願い呟いた。
お読みいただき、ありがとうございました!
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本作を長く続けるためにも、どうかどうか、予約をはじめ書店様でお見かけの際は、ぜひともお手に取ってくださいませ!




