『背教』のタローマティ
とても大切なお願いがあります!
どうか、あとがきまでご覧くださいませ!
「このあたりのはずなんだけど……」
執事長に扮した魔族の男を闇に葬り、転移してやって来たのはグラッツから北におよそ二キロ進んだ地点。
魔族の男は、この周辺の地下洞窟に『背教』のタローマティがいると言っていた。
ヨナは周囲を見渡すものの、小高い丘と草原のみ。地下洞窟があるようには見えない。
「ひょっとしたら、見つからないように洞窟の入り口を隠しているのかな」
人間を操り、大切な人を狙って奪うという卑劣な真似をするような姑息な者が、素直に入り口を晒すはずもない。
そう考えたヨナは、ふう、と息を吐くと。
「別にいいけど。最初から洞窟の中に入るつもりはなかったし」
古代魔法で身体を操っているヨナが仮に洞窟内に入った場合、対処することは難しい。
誰よりもそのことを理解しているヨナが、タローマティを倒す……いや、あぶり出すために考えたのは。
「暗雲に眠りし雷の根源よ。我の前に顕現し、怒れる光となりて地に隠れし愚かな魔の下僕に裁きの鉄槌を下せ」
ヨナは左手の人差し指を夜空へと向け、目にも留まらぬ速さで魔法陣を描く。
「【ミョルニル】」
上空に光の魔法陣が浮かび上がると、現れたのは稲妻を帯びた巨大な鉄塊。
そう……ヨナは最初から、『背教』のタローマティが潜んでいるであろう地下洞窟もろとも破壊するつもりだったのだ。
ゆっくりと迫る巨大な鉄塊は少し時間をかけてようやく地面に触れると、稲妻を帯びたままめり込んでいく。
その威力でヨナの立っている場所も激しく揺れ、地鳴りがすごい。グラッツの住民も、この音と揺れで驚いていることだろう。
「残念、ここじゃなかったみたい」
出来上がった巨大な穴を覗き込み、ヨナは呟く。
【ミョルニル】は海蛇の魔獣をなす術もなく海の底へと葬るほど凄まじい威力を誇る古代魔法ではあるが、攻撃範囲の面積は精々半径百メートルほど。【グラヴィタツィオン】のようにグラッツ全体を覆うほどではない。
もし地下洞窟の入り口が見つかっていれば、火属性の【フランメ】と風属性の【ティフォニア】の組み合わせによって洞窟内を隅まで焼き尽くすつもりだったが、それが分からない以上こうやって叩き潰していくのが最も効率的だった。
だが。
「あ……ああ、あなた、一体何者なの……っ!?」
現れたのは、黒の外套を身に纏った、一人の妖艶な褐色の女。
彼女から漂う威圧感から魔王軍幹部である『背教』のタローマティと思われるが、顔は酷く青ざめており、よく見ると紫色の唇が震えている。
「部下に命じて僕を攫おうとしておいて、よくそんなことが言えるね」
「っ!? じゃ、じゃあ貴様は……っ!?」
ようやく目の前の少年が標的であることに気づき、タローマティはますます困惑した。
どこからどう見ても小さな少年に過ぎない彼が、あれほどの……下手をすればかつての魔王すらも凌駕する魔法を使えるはずがない。
だが、どれだけ周囲を見回してもここにはヨナしかおらず、先程の魔法が彼の仕業なのだと、受け入れるほかなかった。
「オマエはグラッツの領主であるランベルク閣下が、弟のダニエル様をすごく大切にしていることを知った上で、最も苦しめるやり方を選択した。そして、今回も」
「っ!?」
タローマティに向けられる、漆黒の瞳。
それは闇と戯れ、魔に生きる自分よりも暗く、深い。
かつて勇者によって倒された魔王に仕え、その後他の魔族達をまとめ上げ、五百年にわたり人間と戦い抜いてきたタローマティ。
その実力も、魔王に捧げる想いも、魔王軍幹部の誰にも負けないと自負している。
それが目の前の小さな少年によって、全て壊されてしまった。
実力は足元に及ばず、魔王への想いや矜持も、黒い瞳に睨まれただけで全て霧散し、できることはただ震えるのみ。
命乞い? そんな機会は既に失われている。
『背教』のタローマティに許されているのは、ヨナによる断罪のみ。
「あははっ」
両手をタローマティに向けてかざし、ヨナが嗤う。
『渇望』のザリチュやあの執事長を闇に葬った、あの時と同じように。
――誰かを苦しめることで愉悦に浸る理不尽に、それ以上の理不尽で苦しめてやるために。
「肺腑で嫉みし邪の根源よ。我の前に顕現し、向後の芽を摘む忌地となりて、心を弄ぶ罪深き魔の下僕を土へと還せ」
ヨナが右手の人差し指を地面に向け、高速で描いて詠唱すると、タローマティ……いや、この一帯を覆い尽くす深紫の禍々しい魔法陣が浮かび上がった。
「【フェアデルベン】」
魔法陣から現れたのは、腐臭を放つ泥の海。
タローマティはそのまま泥の中へと落ち、浮かび上がろうと必死にもがく。
「ま、待って! 待ってちょうだい! 私のしたことが気に入らないのなら謝る! 謝るわ! もう二度とこんなことはしないし、絶対に人間の前に姿を現さない! だから……って、ひっ!?」
冷たく見下ろすヨナに必死に訴えるタローマティは、すぐに異変に気づく。
自分の腕が、足が、身体が……あの美しい顔が、溶け始めていることに。
「い、いや……いやいやいやいや!? 私の顔……私の顔がああああああ……っ!」
零れ落ちてしまわないようにとタローマティは必死に顔を押さえるが、空しくも皮膚が、肉が、目が、鼻が、唇が、全てがぼとり、ぼとり、と落ちていく。
まるで、腐った果実が木から地面に落ちるかのように。
「やだあああああ……やだあああああああああ……っ」
タローマティは嗚咽を漏らし助けを乞う。
だが。
――魂を持たない腐食の泥はタローマティを呑み込み、何も残すことはなかった。
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