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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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初めて僕を、見てくれた人

「あなた、どこから来ましたの?」


 腕組みをした一人の女の子が、ヨナに尋ねた。

 だが今のヨナは問いかけに答えるどころではなく、女の子に釘付けになる。


 少し吊り目がちのぱっちりとした目に輝く、ルビーのような真紅の瞳。

 整った鼻筋に、桜色の小さな唇。


 背格好からするとヨナと同い年のようにも見受けられるが、その端正で愛くるしい顔以上にヨナが目を奪われていたのは、その髪型……艶やかな黄金の髪を縦ロールにしたツインテールだった。


 当然ながらこのような髪型を生まれて一度も見たことがないヨナは、それはもう興味津々である。


「聞いていますの? このわたくしが、あなたに尋ねているんですのよ?」

「え!? ……あ、ご、ごめんなさい。僕は帝都から今日この街に来ました」


 少し不機嫌そうな表情を見せる女の子に、ヨナは慌てて敬語で謝罪する。

 その身なりや(そば)に従者を従えていることからも、かなり高い身分のようだ。


「あら、そうなんですのね。わざわざ帝都からこんな遠くまで、何をしに?」

「えーと、親戚の家を訪ねてきたんですけど……」


 ヨナは(あらかじ)め用意していた設定(・・)を女の子に告げた。

 その際も、視線はずっと縦ロールへと向けられていたが。


「……まさかとは思いますが、ここまで一人で?」

「? そうですが……」

「まあ! 聞きまして、“ハンス”! 帝都からこんな小さな子供が、一人で来たらしいですわよ!」

「聞いております、お嬢様」


 (そば)に控えていた初老の従者……ハンスが、驚きの声を上げる女の子の言葉に相槌を打った。

 それよりも、自分と身長も年齢も変わらない女の子に『小さな子供』と言われてしまい、ちょっと気に入らないヨナは僅かに口を尖らせる。


「だったらあなたもお困りでしょう? このわたくしが直々に、その親戚の家まで付き添って差し上げますわ!」

「ええ!?」


 女の子の突然の申し出は、ヨナからすればありがた迷惑な話だった。

 何せ親戚の家なんてこの街には存在しないのだから。


「さあ! 行きますわよ!」

「ちょ!?」


 手を取った女の子に強引に引っ張られ、ヨナは戸惑う。


(これ、理由をつけて早々に離れないと)


 ヨナは意を決し、ぐいぐいと前を向いて進む女の子に声をかけようとして。


「そういえば、あなたの名前は何て言うの?」

「え、ぼ、僕ですか? その……ヨナって言います」


 いきなり振り返った女の子に不意に名前を尋ねられ、断るタイミングを逸してしまったヨナは条件反射的に名乗った。


「そう。私はマルグリット、 “マルグリット=ハーゲンベルク”よ」


 お返しとばかりにそう名乗った女の子……マルグリットは、にこり、と微笑んだ。


 ◇


「えーと……」

「? 早くいらっしゃい」


 結局、ヨナは親戚の家の場所がよく分からない(てい)で誤魔化して難を切り抜けたもの、その結果、なぜかマルグリットの屋敷へと連れてこられてしまった。


「で、ですが、よろしいのでしょうか……」

「もちろんでございます。お嬢様もあのようにおっしゃっておりますので、ヨナ様もどうぞご実家のつもりでおくつろぎください」

「あ、あはは……」


 ハンスの言葉に、ヨナは乾いた笑みを浮かべる。

 このような歓待を受けることも驚きだが、そもそも実家では一切くつろぐことができなかったので、ヨナはどうしたものかと戸惑ってしまった。


「そ、それより、マルグリット様が領主様のご令嬢だったなんて驚きました……」

「あらそうですの? ですけど、この街でわたくし以上の淑女はおりませんわよ。まだこの街に着いたばかりで、しかも子供のヨナには分からなかったでしょうけど」


 気をよくしたのかマルグリットは嬉しそうに微笑むが、やはり子供扱いされたヨナは僅かに口を尖らせる。

 というより出逢ってから終始その調子なので、どこかで抗議しようと身構えているのだが、それ以上にとにかく強引なマルグリットに振り回され、全然その機会が訪れずヨナは悶々としていた。


 ちなみに、つい十日前まで公爵子息だったこともあり、帝国内の貴族家の名前はヨナも把握している。

 なのでハーゲンベルクの名を聞いた瞬間、マルグリットの素性はヨナもすぐに分かった。


「さあ、あなたはまずお風呂に入ってらっしゃい。自分では気づいていないと思うけど、長旅のせいでかなり汚れていますわよ」

「あ……」


 マルグリットに指摘されてヨナは自分の姿を見ると、確かに出発した時よりも衣服が汚れている。


「ヨナ様、どうぞこちらへ」

「ヨナ、またあとでね」


 ヨナはハンスに連れられ、使用人達が見守る中お風呂に入った。


 だが。


「さ、さすがにお花を浮かべるのはやり過ぎじゃないかなあ……」


 実家であるラングハイム家でも、花びらを浮かべたお風呂に入ったことはない。

 何とも居たたまれない気分になりながらも、ヨナは長旅による汚れを洗い流した。


「ヨナ様、お召し物はこちらをご利用ください」

「え、ええー……」


 用意された服を見て、ヨナはまたもや困惑の声を漏らす。

 記憶が確かならば、ハーゲンベルク家に子息はいない。ならこの男の子用の服は、どうやって用意したというのだろうか。


 しかも着てみると、まるでヨナのために(あつら)えたかのように、サイズがぴったりではないか。


 まあ、ヨナが屋敷を訪れたその裏でハンスや使用人達による努力があったのだが、それをおくびにも出さないところが、ここの使用人達がとても優秀な者達であるということだ、


(ハンスさんは『実家のように』って言ってくれたけど、むしろ実家より好待遇なんですけど)


 ラングハイム家とのあまりの待遇の違いに、ヨナは服を着替えながらただただ戸惑った。というか、ハーゲンベルク家に来てからというもの困惑しきりである。


「フフ、やっと綺麗になりましたわね」


 腕組みをしてヨナを待ち構えていたマルグリットが、ずい、と顔を寄せる。

 お互いの鼻先が触れそうになるほどの距離であることと、整った顔立ちの可愛らしいマルグリットに見つめられ、ヨナはお風呂上がりであることを抜きにして顔が火照ってしまった。


「あら……ヨナの瞳、とても綺麗ですわね」

「え……?」

「フフ、まるで漆黒の夜空のよう」


 微笑むマルグリットの言葉に、ヨナは嬉しさのあまり胸の奥からたくさんの感情が込み上げ、苦しくなって胸襟(むなえり)を握りしめる。


 この十一年間、ヨナはずっと独りぼっちだった。

 普通の人と同じことができずに出来損ない(・・・・・)と陰で(さげす)まれ、家族を含め誰からも何一つ見てもらえなかった彼が、今日初めて出逢った女の子に真っ直ぐに見てもらえたのだ。


 マルグリットにとっては、何気ない一言だったのだろう。

 だが彼にとっては物心ついてから初めて経験する、これ以上なく甘美で至上のささやきだった。


 ヨナの心が幸福で満たされ、歓喜に震える。


「え……えへへ……嬉しい、なあ……っ」

「っ!? ヨ、ヨナ!?」


 彼女が褒めてくれたオニキスの瞳から、ヨナは大粒の涙がぽろぽろと(こぼ)した。

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