第二皇子の嫉妬
「我が娘、『白銀の剣姫』のパトリシアが、此度のカレリア王国への遠征において伝説の白い竜の討伐を果たした。もはや『人魔対戦』の英雄と肩を並べたと言っても過言ではないこの偉業を、皆で讃えようではないか!」
ようやくバルコニーに姿を見せたカール皇帝の挨拶を聞き、その隣に立つパトリシアは憮然とした表情を浮かべる。
無理もない。リンドヴルムを倒したのは黒竜ファーヴニルであり、彼女はあの場でただ傍観することしかできなかった。
仮に竜を屠ることができるとすれば、古代魔法によって圧倒的な実力を示した、ホールでマルグリットやティタンシア達と一緒に楽しそうに果実水を飲むヨナだけ。
「今日は英雄クィリンドラ殿にもお越しいただいている。今日という日を心ゆくまで楽しむがよい」
そう結ぶと、カール皇帝は侍従達を連れて用意された玉座に腰かける。
これをもって祝賀会が正式に開催され、有力貴族や大臣達はこぞってカール皇帝のもとへ足を運んだ。
「ん、これは美味しいからヨナも食べる」
「あら、こちらのほうが美味しくってよ?」
「あ、あははー……」
フォークに刺した一口大の料理を、ずい、とヨナの口元へ突きつけるティタンシアとマルグリット。
どちらを選んでも絶対にろくなことにはならないことを悟ったヨナは、渇いた笑みを浮かべた。
一方で。
「うふふ、ヨナ君は両手に花ね。この際だから二人とももらっちゃえばいいと思うの。ただし、正妻は一番年上のシアになると思うけど」
「クィリンドラ様、勝手なことを申されては困りますな。ヨナには我がハーゲンベルク領を、マルグリットと一緒に盛り立ててもらわねばなりませんので」
「あら……独占するつもりですか?」
「そちらこそ」
二人の大人は、少し離れた場所から三人を見つめ勝手なことを言っている。
自分の娘をヨナにくっつけようと、攻防を繰り広げていた。
そんなみんなの様子を大勢の貴族達の質問攻めに遭いながら眺めているパトリシアだが、とにかく他の者達が鬱陶しくて仕方がない。
もちろん、今日は自分のために催された祝賀会。主賓である自分がこの場を離れるわけにはいかないことは理解しているが、それでも、できればヨナ達と一緒に楽しみたいのも事実。
せめてヨナ達が自分のところまで来てほしいとパトリシアは念を送るが、その効果は微塵もないようだ。
すると。
「パトリシアよ、見事だ」
「ヴォルフ兄上……」
視線を遮るようにパトリシアの前に現れたのは、ヴォルフだった。
言葉こそパトリシアを褒め称えているが、その琥珀色の瞳は一切笑っていない。
類まれなる剣の才能を持ち、それに驕ることなく一心不乱に剣に打ち込んできたパトリシア。
同じく武に才能を見出していたヴォルフだったが、いつも彼女に水を開けられ、比較され続けて苦渋を舐めさせられることも少なくない。
いつしかヴォルフの心は、才能と努力の塊である妹に対する嫉妬と憎悪で塗り固められていた。
「ありがとうございます。ですが私など、取るに足りません。真の強者というのは、別におりますので」
今までのパトリシアは努力に裏打ちされた才能を誇り、このように謙遜をすることもあまりなかった。
それだけのことをしてきたという自負もあるし、実績も持ち合わせている。
だが、黒竜ファーヴニルと初めて遭遇した時に抱いたのは、人の身ではどうあっても抗うことができないという絶望。
圧倒的な存在の前では、これまで積み重ねてきた努力も、類まれなる才能も無意味なのだ。
だというのに、遠征で出逢った自分よりも小さな少年は、その圧倒的な存在すらも圧倒する。
そのことに決して驕ることなく、無邪気に、でも多くのものをその小さな身体に秘めて。
でも、だからといってパトリシアは諦めたわけではない。
いずれ圧倒的な存在にも肩を並べられるだけの実力を手に入れ、ヨナの隣に立つ。立ってみせる。パトリシアは今、かつてないほどやる気に満ちていた。
「……そうか。いずれにせよ、引き続き励め」
「はっ!」
ヴォルフはパトリシアに、そんな言葉をかけるのが精一杯だった。
皮肉の一つや二つ言おうと思っていたのに、逆に劣等感と卑屈な自分への憤りだけ。
だからこそ。
「頼むからお前は、俺の前から消えてくれ」
踵を返してその場を離れるヴォルフはそう呟き、決意した。
――パトリシアを、死地へと追いやることを。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
皆様の評価は、作者にとって作品を書き続ける原動力です!
何卒応援をよろしくお願いします!




