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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第五章 白銀の剣姫と『背教』のタローマティ
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皇太子の思惑

「……あの男の頭、今すぐ射抜いてやりたい」


 マルグリットに負けないほど怒りに満ちた表情を浮かべるティタンシア。

 口も、感情を見せることも下手な彼女がこれほどまで露わにするのは、幼馴染を苦しめた『渇望』のザリチュの時以来。


「ヨナ……彼女もいる。わたしだっている。みんな……みんな、君のことが大好き」


 ティタンシアはヨナとマルグリット、両方を包み込むように抱きしめる。

 様々な感情で涙を濡らす、小さな二人を。


「ぐす……え、えへへ。僕は大丈夫です。ティタンシアさんが言ってくれたように、僕にはみんながいますから。大切な……大切なみんなが」


 ぐい、と腕で涙を拭うと、ヨナは嬉しそうにはにかむ。

 マルグリットとハーゲンベルク領のあの丘で決意したとおり、ラングハイム家とは完全に決別した。


 そのことへの悲しみはもちろんあるけど、これだけ大切な人達に囲まれ、守られているのだ。もう、苦しむ必要はない。

 それに、大切な人達はここ以外にも……カルロやアウロラ、プリシラ、クィリンドラ、コレッテ、ゼリア、ファーヴニル、ヘンリク、クウもいる。


 何より。


「ヨナ……大丈夫だから……大丈夫だから……っ」


 今もこうして、僕の胸で誰よりも寄り添ってくれるマルグリットがいる。

 だからもう、ヨナは大丈夫。


「ふう……色々とヨナに尋ねたいところだが、これ以上はやめておこう。それに、ヨナがそうやって笑ってくれるのなら、そんなものに意味はないしな」

「あ、あはは、パトリシアさんらしいですね」

「む、それはどういう意味だ?」

「わっ!?」


 いつもの調子で掛け合いを楽しむヨナとパトリシア。

 それと同時に、こんなことを言い合えるほどヨナが明るさを取り戻し、パトリシアは心の中で安堵する。


「……パトリシア殿下も参戦されるとなると、これは侮れませんわね」

「むう……強敵」


 そんな二人を見て、危機感を募らせるマルグリットとティタンシア。

 見守っているハーゲンベルク侯爵は、口の端を持ち上げた。


 すると。


「あ、あの……」


 申し訳なさそうにおずおずと声をかける、耳長の女性。

 ティタンシアの母であり、かつての英雄『沈黙の射手』のクィリンドラだった。


「あ、クィリンドラさん」


 そんな彼女とは対照的に、ヨナはにこり、と微笑みを返した。


「そ、その……今回はごめんなさい。ヨナ君のことを、帝国に告げてしまって……」

「あ、あはは……確かにちょっと困ったなと思いましたけど、逆に言えばこうしてマリーやティタンシアさん達に逢うことができたので、むしろありがとうございます」


 そう言ってぺこり、とお辞儀をするヨナ。

 気遣いを見せてくれる小さな少年に、クィリンドラはますます罪悪感に(さいな)まれる。


「……本当に、ヨナ君は」

「えへへ……」

「任せてちょうだい。もし君に何かするような、それこそ利用しようと考える輩がいたら、その時はこのクィリンドラ=アルヴェリヒの名にかけて、絶対に君のことを護ってみせるから。たとえそれが、帝国であったとしても」


 クィリンドラは会場中に強烈な殺気を放ち、静かに告げる。

 今もこちらに注目している貴族達は英雄の本気の圧力に背中に冷たい汗を感じ、顔を引きつらせて戦慄した。


 そんな中。


「ほう……妹のパトリシアはともかく、英雄クィリンドラやハーゲンベルク侯爵にまでそう言わしめる少年ヨナ……これは捨て置けないな」


 クィリンドラの殺気を意に介さず、口の端を持ち上げる皇太子のレオナルド。

 彼は元々、誰よりも先にヨナを見つけ、クィリンドラに恩を売ることで自分を支援させ、次期皇帝としての地位を盤石にしようと考えていた。


 それについてはパトリシアによって無に帰したが、それでも、ヨナを自分の懐に引き入れさえすれば、クィリンドラに加え今や飛ぶ鳥を落とす勢いのハーゲンベルク侯爵を味方につけることができる。

 あわよくば、パトリシアさえも。


「なら、早速動くとしようか」


 レオナルドはほくそ笑み、ヨナ達のいる場所……ではなく、遠巻きに彼等を見つめていた男のもとへと歩み寄る。


「……公式の場とはいえ、兄上がわざわざ俺のところにやって来るとは、どういう風の吹き回しですか?」


 不機嫌な様子を隠そうともせず、眉根を寄せて皮肉に告げるのは第二皇子のヴォルフ。

 普段では交わることのない政敵が顔を見せたのだ。彼が警戒するのは当然のことだった。


「そんなに身構えないでくれ。……それより、あれをどう思う?」


 レオナルドは、ヨナ達のいる方向へと視線を送る。


「別に興味はありませんな。ただの客(・・・・)に過ぎないクィリンドラ様が、あのような真似をされたのはいささか不愉快ですが」

「そうだな。かつての英雄か知らないが、ここはエストライア帝国。見過ごすわけにはいかない」


 そう言って、レオナルドは僅かに眉根を寄せる。

 滅多なことで本音を見せないレオナルドにしては珍しい。ヴォルフは顎に手を当て、そう感じた。


「クィリンドラ様はあの少年が魔王軍幹部の一人を倒したと言った。なら、それが眉唾であったことが証明されれば、少しは(わきま)えるのではないか?」


 それに先日の謁見の間で、パトリシアはヨナを庇っていた。

 ならこの機会に乗じて、妹であり部下でもある目障りなパトリシアも、一緒に排除できるのでは。ヴォルフの琥珀色の瞳が、怪しく光る。


「兄上の言うとおりだ。この祝賀会の後、パトリシアとクィリンドラ様との会談が予定されている。その場において、この俺も指摘させてもらうとしよう」

「そうか。ならこの私も、黙っているわけにはいかないな」


 二人の皇子は、頷き合う。

 だがレオナルドの心の中は、まんまと口車に乗せられた単純で馬鹿な弟を嘲笑(あざわら)っていた。

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