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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第五章 白銀の剣姫と『背教』のタローマティ
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マルグリットは、許せない

「ヨナタン……」

「兄上……」


 現れたのは、ラングハイム公爵と弟のジークだった。

 最も会いたくなかった……逃げ出した元凶の二人が、今、ヨナの目の前にいる。


「ヨナ、どうして貴様がここにいる。それに、勝手に家を飛び出すとは何を考えているのだ」


 冷静を保っているように見えるが、ラングハイム公爵は拳を握り、声も僅かに震えていた。

 彼の中にあるのは、突然自分の前から消えたことに対する怒りと、クィリンドラの話が本当だったことによる困惑。


 そう……ラングハイム公爵は認めることができなかった。

 あの出来損ない(・・・・・)の役立たずであるはずのヨナが、かつての英雄が英雄(・・)と認めるほどの優秀な子供だったという事実が。


 だからこそ彼は、このような悪態しか吐くことができないのだから。


 一方のヨナは。


「あ……う……」


 決別を決意してここに来たものの、何も言うことができず、目も合わせることができず、うつむいてしまう。

 無理もない。十一年という長い月日で植えつけられてしまった劣等感と、自分を見てほしさ、認めてほしさに従順で居続けた習慣が、そう簡単に払拭されるはずがなかった。


 でも。


「あ……」

「ヨナ……大丈夫、大丈夫ですわ。だってあなたには、このわたくしがおりますもの」


 ヨナの手を強く握りしめ、にこり、と微笑むマルグリット。

 今のヨナには、マルグリットがいる。ちゃんと見てくれる女性(ひと)が、確かにいるのだ。


 だから、もう苦しむ必要はない。苦しまないでほしい。


 それに。


「ほう……面白いことをおっしゃいますな。先程貴殿は私に言ったではないですか。『ヨナとやらに興味はない。どのような者であろうが、知ったことではない』と」


 ヨナの味方は、マルグリットだけじゃない。

 ラングハイム公爵の背後から現れたハーゲンベルク侯爵がそう言い放つと、小さな二人の前に庇うように立つ。


「あれは……っ」

「違うのですか? ならば私の知るこのヨナは、ラングハイム閣下のご子息だと、そうおっしゃるのですか。だとすると先日クィリンドラ様が謁見された際、あろうことか皇帝陛下を(たばか)ったということですか」

「う……」


 ハーゲンベルク侯爵は、あえてこのような言い方をした。

 もしヨナが自分の息子だと認めたらそれは皇帝を騙したことになり、最悪不敬罪として処罰されることになる。


 そこまでしてヨナを自分の息子だと認める価値はあるのか。ラングハイム公爵は処罰を受けてでもヨナが自分の息子であると認めるか、それとも、罪を受けないために捨てるか、頭の中で天秤にかけていた。


「ヨナ、心配はいらん。君はヨナ。我々の恩人であり大切な家族(・・)のヨナだ」

「あ……あああああ……っ」


 まさか自分のことを、家族(・・)だと言ってくれる人がいるなんて思いもよらなかった。

 ヨナは嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて、オニキスの瞳から涙が(こぼ)れそうになる。


「ふむ……おかしいですね。ラングハイム卿は以前査察に入った際、ご子息は病気療養中のため外に出ることができないとおっしゃっていた。なら、ここにいるヨナが卿のご子息であるはずがない。そうですね?」


 事情が飲み込めないパトリシアだが、少なくともラングハイム公爵はヨナにとって望んでいない人物であり、ハーゲンベルク侯爵はヨナの味方だということだけははっきりと理解した。

 それに、会場を見たヨナがあんなにも悲しそうな表情で逃げ出したのは、ひょっとしたら目の前の男が原因なのかもしれない。そう思い、彼女はハーゲンベルク侯爵と同様に、ヨナとマルグリットの前に立った。


「ラングハイム閣下」

「ラングハイム卿」

「う……む……」


 二人に詰め寄られ、唸るラングハイム公爵。

 こうなっては、少なくともこの場でヨナが自分の息子であると認めることはできない。


 そして。


「……その子供は、私の息子ではない」


 ラングハイム公爵は、絞り出すような声でそう告げた。

 これだけの貴族達のいる前で証言したのだ。これでもう、彼はヨナと決別をするしかない。


 でも……だからこそ。


「……いい加減にしてくださいまし」

「む……マルグリット……?」

「いい加減にしてくださいまし! どうしてそんな酷いことが言えるんですの! どうしてそんな簡単に、捨てることができるんですの! どうして……どうしてえ……っ!」


 真紅の瞳から大粒の涙を(こぼ)し、怒りの形相を見せるマルグリット。

 ハーゲンベルク侯爵とパトリシアは、ヨナを苦しめるこの父親を引き離すために……守るために追い詰めた。


 家族を捨て、逃げ出したのはヨナだ。だから二人が取った行動は間違いではない。

 だけど、どうしてヨナがラングハイム家から逃げ出したのか。それは、彼のことを出来損ない(・・・・・)の役立たずであるとして、一切見ようと……家族としての愛情をほんの少しでも向けようとしなかったからだ。


 ヨナはベネディア王国の王太子カルロに対して『完全に決別した』と強がったが、心の片隅にほんの小さな希望の欠片(かけら)が残っていてもおかしくはない。……いや、残っているのだ。


 それを分かっているからこそ、マルグリットは許せない。

 悔しくて、苦しくて、悲しくて、つらくて、ヨナが唇を噛んで涙を(こぼ)さなければならないようにしてしまった、目の前の父親であることを放棄した男を。


「……消えて」

「…………………………」

「消えてくださいまし! もう二度と、ヨナの前に現れないで! もう……ヨナをこれ以上苦しめないで……っ」


 ヨナを力いっぱい抱きしめ、マルグリットは吐き捨てるように言い放つ。

 たかが侯爵令嬢の彼女が五大公爵家の当主に対しそのような言葉を吐くなど、本来は到底許されることではない。


 だが。


「……ジーク、行くぞ」

「ち、父上!? ……くっ!」


 (きびす)を返し、逃げるようにその場から立ち去るラングハイム公爵。

 ヨナを抱きしめるマルグリットを見つめ悔しそうに拳を握り、ジークもその後を追いかけた。

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