無事を願う三人
「ヨナはまだ見つからないか」
「は、はい……」
パトリシアは尋ねるが、皇宮の侍女達は暗い表情でうつむく。
ヨナが祝賀会の会場となるホールの前から逃げるようにどこかへ行ってしまい、皇宮の者総出で探すものの未だに見つからなかった。
だがパトリシアは、きっとヨナは見つからないだろうと考えていた。
彼なら古代魔法によってどこへでも転移できるのだから。
「……やはりこのような場に、ヨナを出席させるべきではなかった……っ」
そう呟くと、パトリシアは唇を噛む。
飛び出したヨナが見せた、あの悲しそうな、苦しそうな、切なそうな表情。
皇宮に来てカール皇帝と謁見した時も、英雄ティタンシアと面会することも、ヨナは驚き困惑することはあっても、決してあんな表情を見せることはなかった。
ヨナに何があるのかは分からないが、少なくとも祝賀会が原因であることは間違いない。
「パトリシア殿下、まだヨナ君は見つからないのでしょうか……」
心配そうに声をかけてきたのは、今日の祝賀会の来賓であり、もう一つの目的の人物。英雄クィリンドラだった。
彼女の隣には表情の変化に乏しいものの、クィリンドラと同じく新緑の瞳に不安の色を隠せない耳長の少女がいる。
「……ええ、くまなく捜してはいるのですが」
そんなクィリンドラに、パトリシアは抑揚のない声で答える。
普段の彼女ならこんな対応をすることはないが、パトリシアはクィリンドラに対して思うところがあった。
あくまでも友人として帝国に招いたヨナが、カール皇帝をはじめ帝国の面々に英雄として知られてしまったのは、偏にクィリンドラがその存在を漏らしたから。
そのせいでヨナが帝国……いや、世界中の国々から利用されでもしたら、どう責任を取るつもりなのかと憤っているのだ。
すると。
「……ん、ヨナはきっと、もうここにはいない」
耳長の少女が、悲しそうな声で呟いた。
クィリンドラの話では、ヨナはあの魔王軍幹部である『渇望』のザリチュを倒したとのこと。ならば耳長の一族である『アルヴ』の者が、ヨナの古代魔法のことを知っていてもおかしくはない。
「失礼。貴殿は……」
「……わたしの名はティタンシア。『アルヴ』の長、クィリンドラの娘」
パトリシアが尋ねると、耳長の少女……ティタンシアは名乗った。
「なるほど。なら、ヨナのことを知っているのも道理ということですね」
「…………………………」
顎に手を当て頷くパトリシアに、ティタンシアが無言で窺うような視線を送る。
今の台詞から察し、きっと彼女もヨナと縁を結び、何かしら救われたのだと考えたのだ。
なぜなら、パトリシアもまたヨナが古代魔法で転移したことに気づいていることが分かったから。
「そういうことですので、残念ですがクィリンドラ様にお会いいただくことは叶わなくなってしまいました」
「そう、ですね……」
どうしてヨナがこの場からいなくなってしまったのか。
クィリンドラは、全て自分のせいであると理解した。
「……本当に、母としても英雄としても失格ね」
娘のティタンシアもヨナが狙われることを危惧して古代魔法について秘匿していたというのに、娘可愛さに帝国に彼のことを教えてしまったのだ。
それを知ったヨナが、怒ってしまうのも無理はない。恩人に対して自分がした過ちに、クィリンドラは罪悪感と申し訳なさで押しつぶされそうになる。
「ハア……おそらく、そういうことではないかと」
「え……?」
溜息を吐き告げるパトリシアを、顔を伏せていたクィリンドラが見つめた。
「ヨナは確かに驚いてはおりましたが、クィリンドラ様にお会いすることを嫌がってはおりませんでした。今日も直前まで、面会のために楽しそうに準備をしておりましたから」
「あ……そ、そうなんですね」
よせばいいのに、見かねたパトリシアはクィリンドラを慰めるような真似をする。
ただ、こういった性格だからこそヨナも心を許したのだが。
「おそらくは今日の祝賀会そのものを、ヨナは嫌ったのでしょう。……きっと、原因はこの祝賀会の何かにある」
「……その何かというのは?」
「分かりません。ですが、あの時のヨナの顔を思い出すだけで、私は胸が締めつけられる」
眉根を寄せ、胸襟を握りしめるパトリシア。
それだけ彼のことを大切に想っていることは、クィリンドラも、ティタンシアも理解した。
併せて、彼女が先程どこか冷たく投げやりな応対をした理由も。
「いずれにせよ、ヨナの気が変わらない限りは、ここには戻ってこないでしょう。ひょっとしたら、もう二度と逢うことができないかもしれない」
「「…………………………」」
この際もう、ヨナがここに戻ってこなくてもいい。
ただヨナが、無事であればそれでいい。
パトリシア、ティタンシア、クィリンドラの三人は、そう願った。
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