過去の自分との、決別への決意
「だから、本当の僕はこんなにも情けなくて、弱い人間なんです。僕は……僕は……っ」
誰にも話したことがなかった、ヨナの過去。
ヨナの正体を疑ったカルロにさえ、告げたのは出自のみ。
それでもマルグリットに話したのは、彼女ならきっと、本当の自分を……こんな出来損ないで役立たずの自分でも、受け入れてくれると信じているから。
信じられるだけのものを、目の前の少女はたくさんくれたから。
「あ……」
「ヨナ、怒りますわよ? どうしてあなたが『情けなくて、弱い人間』なんですの」
ヨナを抱きしめ、ささやくマルグリット。
彼女ならきっとそう言ってくれると思っていたが、ヨナはどうしようもなく胸が温かくなる。
「わたくしにはヨナがどれほどつらい思いをしたのか、それは分かりませんわ。でも、あなたがずっと頑張ってきたことは、このわたくしが知っています。あなたは情けなくない。弱くなんかない。あなたはあのすごい魔法なんてなくても、とても強い男の子ですわよ」
「うん……うん……っ」
マルグリットに優しく背中を撫でられ、涙ぐむヨナ。
やっぱり彼女は、自分のことを見てくれる。受け入れてくれる。
彼女が見てくれるなら、受け入れてくれるなら、どこまでも強くなれる。
それが、ヨナが旅の中で見つけた一つの答え。
一方で、マルグリットは怒りに打ち震えていた。
誰よりも大切なヨナをこんなにも苦しめた、ラングハイム家の人間を。
「……マルグリット様。僕、あなたに出逢えて本当によかったです」
「フフ、わたくしもですわ。ですけどこれから先の未来のあなたは、わたくしと出逢えてもっともっとよかったと、言わしめて差し上げますわよ」
そう言うと、マルグリットはくすり、と笑った。
「その……僕達がここにいるから、きっと皇宮の人達はみんな慌てていますよね」
「そうですわね。お父様とか、今頃わたくしのことを血眼になって探していらっしゃるかも」
ヨナと出逢ったことでハーゲンベルク侯爵の真意を知り、また、自分の想いを知ってくれたことで、今では父と素敵な絆で結ばれているマルグリット。
その父が皇宮で慌てふためく姿を思い、マルグリットは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ですので、そろそろ戻りましょうか」
「……ヨナ、無理する必要はありませんわ。そんな家族に会うくらいなら、このまま一緒に……」
「そういうわけにはいきませんよ。僕は伯爵様に黙って、マルグリット様を誘拐したわけですし」
「プ……フフ! 誘拐は面白いですわ!」
「あはは!」
ヨナの言葉に、マルグリットは愉快そうに笑う。
そんな彼女が可愛らしくて、愛おしくて、ヨナもまた笑った。
「それに今の僕なら、きっとあの人達に会っても大丈夫だと思うんです。だって……あなたがいるから」
「あ……」
ラングハイム公爵が、家族が、ヨナのことをどう思おうとも構わない。
たとえ認めてもらえなくても、見てもらえなくても、つらくも寂しくもない。
マルグリット=ハーゲンベルクという女性さえ、自分のことを見てくれれば。
だからヨナは戦うことを決めた。
あのつらいだけの過去と決別するために。
残り九か月となった余命を、本当の意味で悔いのないようにするために。
「だ、だから、僕と一緒に祝賀会に出席してくれますか?」
「フフ、ええ。でも、ちゃんとエスコートしてくださいましね? もちろん、他の女性に見惚れて現を抜かしたりしても駄目ですわよ?」
「も、もちろんです!」
蕩けるような笑顔を見せるマルグリットに、ヨナは背筋を伸ばして胸を叩いた。
「それと」
「そ、それと……?」
「わたくしのことは、“マリー”と呼んでくださいまし……」
頬を赤く染め、うつむきながら告げるマルグリット。
ヨナに再び出逢えたらその時はと、ずっと考えていたお願い。
その健気で可愛らしいお願いにヨナは。
「は、はい。その……マリー……」
「あ……ありがとうございますわ……っ!」
恥ずかしそうにマルグリットの愛称を告げたヨナ。
マルグリットは感極まり、真紅の瞳に涙を湛える。
そんな彼女の小さな手に、ヨナは自身の手を添えた。
「で、では、まいりましょうか」
「あ、ちょっと待ってくださいまし。わたくしに対して敬語を使うのもなしですわよ」
「えーと……僕はラングハイム家を捨てて平民になったわけですから、敬語を使うのは当然じゃ……」
「いいえ! 家とか身分とか関係ありませんわよ! ヨナはわたくしに敬語を使わない、これは決定事項ですわ!」
人差し指を突きつけて言い放つマルグリットに、ヨナは思わずたじろぐ。
どうやら彼女は、折れる気は一切ないらしい。
(本当にもう……マリーは強引だなあ……)
心の中でそんな悪態を吐きつつも、口元を緩めるヨナ。
これから先も、マルグリットには色々と尻に敷かれそうである。
だが、これからもいつもヨナに寄り添い、心を癒やし続けるのはマルグリットの運命。
彼女がいるからこそヨナは、数奇な運命に翻弄されながらも成長し、さらに輝き続けることができるのだから。
「その……分かったよ、マリー」
「そ、それでいいのですわ」
苦笑するヨナを見て、マルグリットは恥ずかしさのあまりぷい、と顔を背けてしまう。
でも嬉しすぎて彼女の顔はにやけっぱなしだった。
「じゃあ、行くね」
「ええ!」
ヨナとマルグリットは、光の魔法陣に包まれて転移する。
パトリシア達が待つ、皇宮へ。
――つらかった過去の自分に、決別するために。
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