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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第五章 白銀の剣姫と『背教』のタローマティ
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過去の自分との、決別への決意

「だから、本当の僕はこんなにも情けなくて、弱い(・・)人間なんです。僕は……僕は……っ」


 誰にも話したことがなかった、ヨナの過去。

 ヨナの正体を疑ったカルロにさえ、告げたのは出自のみ。


 それでもマルグリットに話したのは、彼女ならきっと、本当の自分を……こんな出来損ない(・・・・・)で役立たずの自分でも、受け入れてくれると信じているから。

 信じられるだけのものを、目の前の少女はたくさんくれたから。


「あ……」

「ヨナ、怒りますわよ? どうしてあなたが『情けなくて、弱い人間』なんですの」


 ヨナを抱きしめ、ささやくマルグリット。

 彼女ならきっとそう言ってくれると思っていたが、ヨナはどうしようもなく胸が温かくなる。


「わたくしにはヨナがどれほどつらい思いをしたのか、それは分かりませんわ。でも、あなたがずっと頑張ってきたことは、このわたくしが知っています。あなたは情けなくない。弱くなんかない。あなたはあのすごい魔法なんてなくても、とても強い男の子ですわよ」

「うん……うん……っ」


 マルグリットに優しく背中を撫でられ、涙ぐむヨナ。

 やっぱり彼女は、自分のことを見てくれる。受け入れてくれる。


 彼女が見てくれるなら、受け入れてくれるなら、どこまでも強くなれる。

 それが、ヨナが旅の中で見つけた一つの答え。


 一方で、マルグリットは怒りに打ち震えていた。

 誰よりも大切なヨナをこんなにも苦しめた、ラングハイム家の人間を。


「……マルグリット様。僕、あなたに出逢えて本当によかったです」

「フフ、わたくしもですわ。ですけどこれから先の未来のあなたは、わたくしと出逢えてもっともっとよかったと、言わしめて差し上げますわよ」


 そう言うと、マルグリットはくすり、と笑った。


「その……僕達がここにいるから、きっと皇宮の人達はみんな慌てていますよね」

「そうですわね。お父様とか、今頃わたくしのことを血眼(ちまなこ)になって探していらっしゃるかも」


 ヨナと出逢ったことでハーゲンベルク侯爵の真意を知り、また、自分の想いを知ってくれたことで、今では父と素敵な絆で結ばれているマルグリット。

 その父が皇宮で慌てふためく姿を思い、マルグリットは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ですので、そろそろ戻りましょうか」

「……ヨナ、無理する必要はありませんわ。そんな家族に会うくらいなら、このまま一緒に……」

「そういうわけにはいきませんよ。僕は伯爵様に黙って、マルグリット様を誘拐したわけですし」

「プ……フフ! 誘拐は面白いですわ!」

「あはは!」


 ヨナの言葉に、マルグリットは愉快そうに笑う。

 そんな彼女が可愛らしくて、愛おしくて、ヨナもまた笑った。


「それに今の僕なら、きっとあの人達に会っても大丈夫だと思うんです。だって……あなたがいるから」

「あ……」


 ラングハイム公爵が、家族が、ヨナのことをどう思おうとも構わない。

 たとえ認めてもらえなくても、見てもらえなくても、つらくも寂しくもない。


 マルグリット=ハーゲンベルクという女性(ひと)さえ、自分のことを見てくれれば。


 だからヨナは戦うことを決めた。

 あのつらいだけの過去と決別するために。


 残り九か月となった余命を、本当の意味で悔いのないようにするために。


「だ、だから、僕と一緒に祝賀会に出席してくれますか?」

「フフ、ええ。でも、ちゃんとエスコートしてくださいましね? もちろん、他の女性に見惚れて(うつつ)を抜かしたりしても駄目ですわよ?」

「も、もちろんです!」


 (とろ)けるような笑顔を見せるマルグリットに、ヨナは背筋を伸ばして胸を叩いた。


「それと」

「そ、それと……?」

「わたくしのことは、“マリー”と呼んでくださいまし……」


 頬を赤く染め、うつむきながら告げるマルグリット。

 ヨナに再び出逢えたらその時はと、ずっと考えていたお願い。


 その健気で可愛らしいお願いにヨナは。


「は、はい。その……マリー……」

「あ……ありがとうございますわ……っ!」


 恥ずかしそうにマルグリットの愛称を告げたヨナ。

 マルグリットは感極まり、真紅の瞳に涙を(たた)える。


 そんな彼女の小さな手に、ヨナは自身の手を添えた。


「で、では、まいりましょうか」

「あ、ちょっと待ってくださいまし。わたくしに対して敬語を使うのもなしですわよ」

「えーと……僕はラングハイム家を捨てて平民になったわけですから、敬語を使うのは当然じゃ……」

「いいえ! 家とか身分とか関係ありませんわよ! ヨナはわたくしに敬語を使わない、これは決定事項ですわ!」


 人差し指を突きつけて言い放つマルグリットに、ヨナは思わずたじろぐ。

 どうやら彼女は、折れる気は一切ないらしい。


(本当にもう……マリーは強引だなあ……)


 心の中でそんな悪態を吐きつつも、口元を緩めるヨナ。

 これから先も、マルグリットには色々と尻に敷かれそうである。


 だが、これからもいつもヨナに寄り添い、心を癒やし続けるのはマルグリットの運命。

 彼女がいるからこそヨナは、数奇な運命に翻弄されながらも成長し、さらに輝き続けることができるのだから。


「その……分かったよ、マリー」

「そ、それでいいのですわ」


 苦笑するヨナを見て、マルグリットは恥ずかしさのあまりぷい、と顔を背けてしまう。

 でも嬉しすぎて彼女の顔はにやけっぱなしだった。


「じゃあ、行くね」

「ええ!」


 ヨナとマルグリットは、光の魔法陣に包まれて転移する。

 パトリシア達が待つ、皇宮へ。


 ――つらかった過去の自分に、決別するために。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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