新たな日常と邂逅
近未来アクションとして書きました
何人か見てくだされば続きも書こうかと思っています
———ペルセウス———
———あなたに後を託します———
———あなたの他に、救える者はいないのです———
———残された時間は、あとわずか———
———全てが終わる前に———
———どうか、急いで———
そんな助けを求める声を聞いた
ピピピピピピピピピ ピッ
「……….ん」
ゆっくりと体を起こして、机に置いてある目覚ましを止める
体を起こして大きな伸びをする
「……….また、あの夢か」
数週間ほど前から同じ夢を見ている
夢の中で、逢ったこともない女性からなにかを言われ、終わると朝になっている
それに加えていつも最後だけノイズがかかって聞き取れない
最初の数日こそ不気味に思っていたが、夢を見たからと言って何もできないので、最近は気にしないようにしていた
ベッドから出て部屋のカーテンをバッと開けると、強い日の光が一気に差し込んで目が眩む
まだ朝の7時だというのに、日は完全に昇っていた
「今日から始業式だったな…..」
大きな欠伸をしながら壁に掛けていた制服を掴み、いそいそと着替える
そして洗面所へ向かい、髪のセットや服の身だしなみを整える
歯磨きの途中で朝食を食べていない事に気づいたが、
(どうせ今日は昼までに終わるし、いらねぇかな)
作るのが面倒だったので抜く事にした
そして制服の下に置いていたカバンを手に取り中の持ち物を確認する
「ん、よし」
そしてドアノブに手を掛け、息を少し吸い込む
「じゃあ、行くか」
玄関の扉を開けて部屋を後にした
東興都 新塾区
狭い地区にもかかわらず人口が数百万人を超えるこの街は、日夜問わず車と人が行き交う
8時にもなると通勤ラッシュで道路はさらに車が増えて長い渋滞を起こし、歩道も早足で会社へ向かう人で溢れかえっている
これがこの街の日常である
そんな中
「ふぁ〜〜ぁ」
桐崎 将晴は通学路を歩きながら大きく欠伸をした
身長は170cmと平均的で、やや痩せ型の体躯
耳の少し上あたりまで刈り上げられたツーブロックの髪は、しっかりとワックスで整えられている
顔立ちは中性的で整っている方だが、眠気のせいで表情筋がだらしなく緩みきっている
今日から高校生活が始まるというのに、早速寝不足だったからだ
桐崎の通う学園は寮が配備されており、部屋は1LDKとそこまで広くはないが初めての一人暮らしにとっては十分な自由空間だった
そのせいで、まるで遠足前日の子供のように夜通し興奮して全く寝付けず、ようやく瞼が落ちた頃には空が白み始めていた
(まあ、一応始業式は午前中だけだしな。 多分保つだろ)
そう思いながら桐崎はまた大きく欠伸をした
しばらく歩いていると新塾区最大のスクランブル交差点に差し掛かった
新塾区 スクランブル交差点
一回の青信号で100人近い人が交差し、赤信号になると人が交差点前でひしめき合う
「すげぇ…..」
まるでダムのようなその光景に、桐崎は感嘆の声を漏らした
(ここを毎日通るのか。 マジで都会は全部デケェな)
あたりを見回しながら赤信号を待つ群衆の中に入り、青信号を待っていると
「ん?」
桐崎は、ほんの一瞬変な空気を感じて背後を振り返る
(なんだ? いま一瞬、空気がピリッとしたような…..)
それは街中で感じるには明らかにおかしい、妙な空気感だった
一瞬だけ感じたそれは、さながら勝負の直前に感じる独特の緊張感のような———
そこで信号は青になり、周りの人達は歩き出す
「………なわけないか」
しかし寝不足のせいだと思い、そのまま道ゆく人に混ざった
そして交差点を抜けた後、ゆっくりと通学路を歩きながら都会の街並みを眺め、下校の時に寄るカフェを探すのだった
剣星学院 体育館
「————であり、————-で」
「———になり、——————」
「今年からは———」
(あーやべぇ、めちゃくちゃ眠ぃ)
桐崎の頭が何度も下にカクンと落ちる
始業式は保つだろうと考えていたが、副校長の長話に春の暖かさも相まって、睡魔が一気に襲ってきていた
そのせいで話も全く頭に入ってこない
(限界だ。 1、2分だけ寝るか……)
周りを見ると舟を漕いでいる生徒は何人かいるので、桐崎も少しだけ居眠りする事にした
目を完全に閉じようととした時
「剣星学院によく来たな、諸君!!!!!」
「「「!?」」」
マイクからの凄まじい大音声が、体育館に響き渡った
生徒全員も急な大声に呆然としている
桐崎も今ので眠気が完全に飛んだ
(な、なんだ今のは)
バッと顔を上げると、マイク台に立っていたのはいつの間にか副校長ではなく、パンフレットの見出しに載っていた、20代後半ぐらいの赤髪の女性に代わっていた
いつの間にか校長の挨拶に入っていたようだ
「この学校の校長を務めている剣星 華憐だ!! まずはこの学院を選んでくれた諸君らに深く感謝する!!」
「知っているとは思うが、昨今の世界各国は崩壊・侵略の危機に陥っている!」
拳を握り締めながら、さらに力強い声で話を続ける
「そう、『アグレッサー』と呼ばれる異星人の手によってだ!!」
「しかし! 我が国に存在する星騎士達の奮闘により、未だ日本への侵略は阻止し続けている!」
「この学院は星騎士の養成施設だ! これからの学院生活は過酷を極めるだろう! だが、それを乗り越え立派な星騎士へ成長してくれる事を心から願う!!」
「以上だ!」
そう締め括ると、教師と生徒から拍手が巻き起こった
一礼した後に颯爽とマイク台から元の位置に戻る
拍手の中、桐崎は少し上を仰ぎながらボンヤリと考えていた
(アグレッサー、か……)
異星人の侵略者 通称アグレッサー
約10年ほど前、2110年に突如そいつらは米国領土へ降り立った
姿形が人間と全く同じであった為、当時の大統領は対話を試みようとした
しかし異星人達は聞く耳を持たず、降り立った次の日から米国を侵略し始めたらしい
そのため、生態や侵略目的など異星人に関する情報は未だに謎に包まれている
(そしてすでに米国の制圧は完了して今は欧州各国に侵攻中……っていってもなぁ)
体育館の天井をボンヤリと見上げる
桐崎にはあまり星騎士を目指す、という事自体にあまり実感が湧かなかった
おそらくここにいる生徒達はみなそうだろう
アグレッサーは未だ日本に侵略を行った事がないからだ
日本人であればTVやネットを通して異星人の存在は知っているだろうが、実際に見た事がある者は星騎士以外いないとすら言われている
生活面でも侵略前と比べて多少輸入量が減ったくらいで大きな変化はない
治安も平和そのものの為、日本で星騎士になる者を『給料泥棒』と揶揄する人も少なくはない
それでもそれは日本だけの話であり、世界の観点から見れば需要は高い為、職につければ給料が安定しているのは事実だ
(ま、俺もここに入学した理由なんて卒業後の人生が安定してるからだしな)
そんな事を考えている内に始業式は終了したようだった
各人が席を立ち、クラス毎に一旦集まってから指定された教室へ向かった
教室に入り、事前に決められていた窓際の席に着いた
「あれ? ショウくん?」
担任が来るまで座ってぼーっと待っていると、隣の席から聞き慣れた声が聞こえてきた
「ん? お、ナツじゃん!」
顔を向けると、幼馴染みがパッと花が咲いたように笑った
「あ! やっぱりショウくんだ! 同じクラスだったんだ。 しかも席も隣なんだね!」
叶 沙耶夏は小学校低学年頃に隣に越してきた幼なじみだ
約170cmとクラスの女子の中で一番高く、とても端正な顔立ちにモデルのような体型をしている
肩あたりで揃えられている栗色のショートヘアは幼少期から入念に手入れをしており枝毛は全くない
そんな眉目秀麗な見た目のせいで、子供の頃から男に言い寄られる事は多かった
中学の時に、下駄箱を開けるとラブレターがぎっしり詰まっていた事があり、「これ、どうしよっか?」と一緒に登校した桐崎と苦笑いをした過去もある
見た目だけで言えば完全に大人の美女だが、子供の頃から変わらない元気爛漫な彼女を桐崎はいつも妹のように思っていた
「まさか高校までカブるとは思ってなかったな。家から通ってんのか?」
「うん!電車で通ってるよ。この学園、剣道強いから決めたんだ。ショウくんは寮生活?」
「家が遠いからな。にしても昨日寮ではしゃぎすぎてさ。すんげぇ寝不足なんだよな…」
「あははは!そうだったんだ〜」
教室のドアが開き、担任が入ってくる
「それじゃあ今日から席もお隣さんだし、よろしくね」
叶は嬉しそうに笑いながらウインクをしてきた
(こういう所はホント子供っぽいんだよなぁ)
桐崎は苦笑いしながらよろしくと返し、お互い正面に向き直る
生徒達が全員席に着き、終礼が始まった
先生の自己紹介や明日からの行事についての説明を桐崎は話半分に聞き流し、下校したら何をするかを窓の外を眺めながらボンヤリと考えていた
昼頃に終礼が終わり、教科書を鞄に入れていると
「ショウくんはこれからどうするの?」
叶から声をかけられた
「そうだな….この後カフェにでも—-」
「そうじゃなくて」
叶に強い口調で話を遮られた
「部活、入らないの?」
今度は核心を突きすぎないよう気遣って聞いてきた
「……….」
その質問の意図に桐崎は気づいていたが、答えられなかった
「せっかく同じ高校になったんだしさ。また一緒に剣道、やろう?」
叶は顔色をうかがうように覗き込む
「……………悪い」
桐崎は少し間を空けて、バツが悪そうに顔を逸らしながら断る
「そっか……. じゃあ!見学だけでもしてこうよ。 私がどれだけ強くなったか見せたげる!」
否定されるのを分かっていたのか、すぐ空気を切り替えて誘ってきた
「は?いや、俺は」
「来てくれる!よね?」
有無を言わせないほど強い圧のかかった叶の笑顔に
「…………わかったよ。見るだけだからな」
桐崎の意志は折られてしまうのだった
「それじゃあ行こ! ほらほら、時間は有限だぞ〜!」
「わかった! わかったから引っ張んなって!」
それに対し叶はとても嬉しそうに笑いながら、桐崎の手を引っ張るのだった
「はぁ……やっと終わった…..」
昼から見学し始めたが剣道部の主将が新入部員の歓迎会をやると言い出し、夕方の7時ごろまで付き合わされる事となった
叶は電車で通学しているので校門で別れる形となった
桐崎は帰り道から少し逸れた、河川敷の歩道を歩きながら、空を見上げる
夕日があと数分もすれば完全に沈む頃合いだった
行く前に見学だけだと言っていたが、武道場に入る時に一礼した事で、早々に経験者であることがバレてしまった
それを知るや否や先輩達から稽古相手をさせられそうになり、桐崎もやんわりと断ってはいたが押しが強すぎて困っていた
(にしてもあいつ、本当に見せたかっただけなんだな)
そんな部員達を宥めてくれたのは意外な事に、誘った張本人である叶だった
叶の声掛けで部員達も折れてくれた事により、練習の様子をゆっくりと見学する事ができた
「あいつも強くなってんだな…」
ボソッと小さくつぶやく
叶の腕前は入学してきたばかりにも関わらず上級生に肉薄するほどで、間違いなく全国で通用するほど強かった
(まあ、あいつが俺を連れて行った理由もわかってんだけどな….)
——また一緒に剣道をしたい——
叶が桐崎を剣道に誘う動機は、ただそれだけだった
(一緒にやりたい、か。俺だって剣道がしてぇよ….. でも、もう——)
そこで河川敷を歩く途中で桐崎は違和感を覚えて足を止める
登校時にも通った人や車の行き交う道に、なぜか人の気配が全くなかった
それどころか建物の明かりも一切ついておらず、ただ電灯だけが真っ暗な街路を少しだけ明るくしている
まるでさびれたゴーストタウンのようだ
桐崎は奇妙に思ったが、ここで道を変えるのなら河川敷を引き返して一度学園付近まで戻る必要がある
すぐに抜ければ大丈夫だろうと考え、先程より足を早めて街中に入った
東興都 新塾区
「気味悪いな…..」
発した声と歩く足音が街中をこだまする
街灯が照らされている道路以外は真っ黒なビル群が見えるだけだ
他の足音もなく、空を見ても月すら出ていない
そんな都会通りをただ一人で歩いているせいか、桐崎はまるで人類が滅亡したんじゃないかと錯覚してしまいそうだった
しばらく歩いているとスクランブル交差点に着いたが、異様な光景に思わず立ち止まる
「なにが….起きてんだ?」
普段は人のひしめき合っているこの交差点にすら、やはり誰もいなかった
にも関わらず信号だけが点灯と点滅を規則的に繰り返している
あまりにも日常的なそれが、桐崎の不安感を一層駆り立てた
(寮まであと少しか…… すぐにここから離れた方が良さそうだな)
ここに長居するのは不気味だったため、寮までダッシュで帰る事にした
その場から一気に走り出し、最短で家に戻ろうとした時
「へぇ、一人かかってやがったか」
「!!?」
不意に背後から聞こえたその声にビクッとして、交差点の中央で足が止まる
「見たとこ星持ちって感じじゃねぇな。ってこたぁ….. 匣野郎がミスったのかぁ?」
心臓が早まり、呼吸が浅くなる
(どこから……出てきた?)
桐崎も人の気配が分かるというわけではない
だが真後ろの、それも至近距離の人が居た事に気づかないのはあり得なかった
まるで、いきなりそこに瞬間移動で現れたかのような常識では理解できない接近に桐崎は
「ったく! ちったぁ歯応えのある奴がかかると思ったら、こんなカスとはよぉ!」
男は吐き捨てるようにつぶやく
話を聞く限り相当苛立っているようだ
「チッ、まあいいか」
「こいつをエサにすりゃあ強ぇ奴が来んだろ」
男はそう面倒臭そうに言い放つと、桐崎の背後から金属塊を思い切り地面に叩きつけたような轟音が辺りに響いた
(ッ!!!)
桐崎の全身から汗が噴き出す
その瞬間、篠崎はようやく足を動かすことができるようになり、一気に走り出した
寮とは全く違う方向だったが気にも留めず、一目散にその場から逃げ出した
「あ? なに逃げてんだてめぇ!?」
男の大声で辺りのビルの窓ガラスが軋んだ
その声に思わず足がすくみそうになるが、なにも考えないようにして振り切ろうと走り続けた
少し先に見えた交差点を曲がると路地裏の道があったのですぐさま入り、そこにあった廃材の山に飛び込んだ
入った時にガシャガシャと音がしたり金属の廃材で顔や手を切ったが、気にする余裕はなかった
完全に入り込めた事を確認できてから、ぐったりとビルの壁にもたれかかった
「ハァッ!….ハァッ!….ハァッ!」
息が浅かったせいか、目が少しかすみ指先が痺れてる
(この辺も人がいないのか….。とにかく警察を….)
携帯をポケットから出そうとして、桐崎はある事に気づく
(探しに…..来ない?)
しばらく経っても足音どころか追ってくる気配すら感じない事に違和感を覚えながらも、警察に電話しようと番号を入力する
そして着信ボタンを押そうとした瞬間
ドゴォォォ!!
頭が割れそうなほどの轟音がしたと思えば、桐崎がもたれかかっていた背後のビルが急に爆発した
(!!?)
爆発の熱波が桐崎の背中に襲い掛かり、10メートル近く前方に吹き飛ばされた
「グゥッ!!」
直撃はしなかったものの車に衝突したような痛みが全身に襲いかかる
さらに不幸な事に吹き飛ばされた先が道路のど真ん中だった上に、携帯がどこかに吹き飛ばされてしまった
「うぅ…..」
(早く….逃げないと……..え?)
なんとか身を起こして後ろで何が起こったか確認しようとしたが、背後のビルが見えなかった
身の丈以上の大剣を持った男が桐崎の目の前に立っており、視界を遮っていたからだ
(ウソ….だろ…. あの距離から…..どうやって…)
桐崎の顔から一気に血の気が引いていく
「逃げてんじゃ….ねぇよ!!」
男はそう言いながら、勢いよく真横に薙ぎ払う
桐崎の腹部分に凄まじい衝撃が加わり、骨にヒビが入る音が聞こえる
視界が一気に横へ飛んでいき、何が起こっているのかを理解できなかった
ボールのように身体が2、3回バウンドし、その度に息も出来ないほどの激痛が襲う
気づけば、先ほど隠れていた場所の反対にある建物に叩きつけられていた
「ガッ! ゥァ!」
(ヤベェ、ヤベェ! 痛ぇ! 息できねぇ! 死ぬ!)
喉の奥が熱く、強烈な鉄の臭いがする
息が乱れ、整える事すらままならない
立ちあがろうとすると全身の骨や肉が軋み、痛みに悶える
「ゴボッ! ッゥ!」
なんとか壁に手をかけて立ち上がると急に吐き気をもよおし、吐き出すと足元に血だまりができた
「カスの割には頑丈だ、なぁ!」
言いながら男は一気に走って距離を詰めてくる
桐崎は必死に逃げようと壁伝いになんとか脇の路地に入り込むが、痛みで足の力が抜けてすぐに倒れ込んでしまった
(クソ……. もう、足が….)
諦めかけていた時
ガランガランッ!という音が横から聞こえた
ハッと横を見ると、桐崎の周りに鉄パイプが散らばっていた
どうやら倒れた拍子に立てかけていた工事用の鉄パイプに当たったようだ
手元まで転がってきた鉄パイプを見て、桐崎は考える
(身体は限界が近ぇ。 おそらく逃げてもムダだな。 なら……覚悟を決めるしかねぇよな)
(そんで、なによりも)
鉄パイプを強く握り締める
(このまま死ぬぐらいなら、せめて一泡ふかせてやる!!)
壁伝いでなんとか立ち上がり男の方に向き直ると、すでに男は大剣の間合いまで近づいていた
「なんだぁそりゃ? そんなモンで防げると思ってんのかぁ!?」
振り下ろされる大剣から発する轟音に呑まれそうになるが、一瞬だけ目を伏せて心を落ち着ける
(落ち着け….落ち着け…..)
得物を持つ手の震えを止める
(動きは一度見た)
(タイミングを合わせる事だけに集中しろ)
相手を見据え、一挙手一投足に集中する
そして大剣が桐崎の右肩に直撃する前に
(ここ!!)
桐崎は自分の間合いまで潜り込み、鉄パイプを大剣の鍔に思い切り叩きつける
(ここで……..反らす!!)
鍔にあたった瞬間、ほんの少し右斜めに振り下ろす
大剣は鋒だけが桐崎の右腕にかすめて地面に叩きつけられた
「あぁ?」
男が呆気に取られている隙に、桐崎は相手の方を向きながら壁を伝って距離を取る
「マグレでいい気になってんじゃねぇぞ!!」
男は再び間合いまで距離を詰めて今度は大剣を思い切り横へ薙いだ
(もう、一回ッ!!)
また桐崎は鉄パイプを鍔に叩きつけ、軌道を反らしながら少ししゃがんだ
骨まで断ち切れるほどの威力で振り抜かれたにも関わらず、大剣はゴゥッと空を切る音だけが響く
「あぁ!?」
(剣道が使える)
(剣筋さえ見極めれば、流せない訳がねぇ)
「ハァ….ハァ………どうした? そこまで…..手加減しなくてもいいぞ?」
さらに桐崎は距離を取りながら、息絶え絶えに相手を挑発する
「あぁ゛!!? 図に乗ってんじゃねぇぞ!!」
男は剣の切っ先をこちらに向けたまま一気に突っ込んできた
桐崎は鉄パイプを使って、今度はまるで闘牛のマントのように男ごと後ろへ受け流した
「どうした脳筋野郎? 俺が見えてねぇのか?」
「るせぇぞクソがぁ!!」
さらに煽る事で男はさらに怒りを増すが、それこそが桐崎の狙い通りだった
(これなら真正面からしか突っ込んでこねぇはずだ。これで——)
このまま時間を稼ぐつもりだったが、なぜか今度は男の方から距離を取り始めた
(距離を空けた…..?)
「ククッ、ハーッハッハッハッハ!!」
桐崎は大剣の間合い内まで距離を詰めると、男が急に笑い出した
(な、なんだ? さっきまでキレてたはずだろ…..)
桐崎は男の不可解な行動を気味が悪そうに見ていた
「魂胆が見え透いてんだよ、バカが」
口の端を吊り上げながら男は言い放つと、桐崎は相手の意図に気づいた
(さっきまでの煽りは効いてなかったのか? 何でコイツ……..こんな冷静なんだ?)
焦りのあまり無意識で取った桐崎の距離を詰めるという行為は
「剣なら捌ける…..とでも考えてんだろ?」
男に自分の狙いを教えてしまった
(しまった、ハメられた!!)
鉄パイプで剣を受け流す事はできても、建物のような質量相手には無意味である
そのための挑発が見破られていたことを知り、桐崎の全身から一気に汗が噴き出す
男は大笑いしながら歩いて建物の裏に入り、姿を消す
「クソ、待て!! …….ウゥッ!」
追おうとするが体力は桐崎に残っておらず、できる限りその場から離れることしか出来なかった
離れようとするが、ダメージが足にも達しており、鉄パイプを杖代わりにしながらゆっくり歩くのがやっとだった
(マズイ……次爆発の巻き添えを食らったら……)
そう思った瞬間、あたりに轟音が響き真後ろのビルが倒壊し始めた
爆発による被害はなかったが、この位置だと確実に瓦礫に押し潰されてしまう
「ぁ———」
桐崎はその場から動く事も出来ず、ビルが倒れてくるさまを呆然と見上げていた
(これは……間に合わない、か…….)
そしてとうとう観念し、ゆっくりと目を閉じた
(ああ)
(今日が最期って分かってれば)
(もう少し剣道を楽しんどけばよかったな——)
地面にガラスの破片が降り始める
そして、それに遅れて桐崎の頭上にも大きな瓦礫が落ちてくるのだった
「———1人で、よく頑張ったね」
そんな声が聞こえた直後、凄まじい音と風圧を感じた
それに驚いて思わず目を開けると
「……….え?」
桐崎の目の前に弓を持った女性が、腰ぐらいまである長い髪を風にたなびかせていた
暗くてよく見えないが、おそらく同じ剣星学院の制服だと分かった
「あんたは…..?」
「すまないがそれは後だ。 とりあえず私は君の味方だよ」
助けが来た事が分かると桐崎はその場に尻からドサリと座り込んでしまい、女性は片膝をついて声を掛ける
「大丈夫かい?」
「いや、すんません…..。 つい安心して足の力が抜けたみたいっス」
そう言うと女性は少し笑ったら、倒壊したビルの方に向き直った
「そこで待ってなさい。 結界もじきに崩れて応援が来るはずだ」
「………あいつを倒せるんスか?」
桐崎は女性にどうしても聞きたかった事を尋ねる
「もちろんさ」
振り返らず強く言い切る彼女を見て安心しきり、身体から完全に力が抜けて視界がぼやけてくる
そしてそのまま
桐崎は意識を手放した
———歯車が、ついに動き始めました———
———どうか、早く———
「………..ん」
桐崎は目を開けると、そこは見覚えのない白い天井だった
ゆっくりと首だけ動かして周りを見やると、状況が理解できた
「病院、か」
ベッドから出るために身を起こそうとすると
「ウッ!」
全身に強い痛みがほとばしり、またベッドに倒れ込んだ
「夢じゃ…..ないんだな」
もう一度身を起こして壁にもたれかかる
なんとか体勢を整えると、部屋の扉がノックされた
入るよう促すと入ってきたのは桐崎と同じ学校の制服を着た、髪の長い女性だった
手にはフルーツバスケットを持っていた
「やあ、目が覚めたみたいだね」
「あ、昨日の…..」
とても凛とした女性で、身長も桐崎とそう変わらないほど高い
桐崎に微笑み掛けるその顔はとても美しく、それでいて相手を威圧しない優しさも含まれている
しかし、もし男装をすればその辺の男より男らしいような、上品かつ堂々とした雰囲気がある
「怪我の具合はどうだい?」
「まだ痛いけど、もう少し休めば動けるようにはなると思うッスよ。…..それよりも」
桐崎は事態が飲み込めておらず、あの後なにがあったのか、男が何者だったのかなど、聞きたい事は多くあったがまず目の前の女性にはどうしても言いたい事があった
「なんだい?」
「昨日は、本当にありがとうございました」
桐崎は助けてもらったことへの感謝を、頭を深く下げながら伝える
すると女性は少しだけ笑いながら答える
「気にしなくてもいいよ。 私の仕事だからね」
「でも俺にとっては恩人です」
桐崎は遠慮に対して強く切り返すと、目をしっかりと見てそのまま言葉を続ける
「あの時来てくれなかったら、俺は間違いなく死んでました。 礼を言わせてください」
「……….うん、どういたしまして。 助けられてよかった」
しばらく考えた後に、桐崎からの感謝の意を笑顔で受け取った
「そういえば、えーと….先輩ッスよね?」
「美園でいいよ。3年さ。 キミは桐崎 将晴君だったかな?」
「あれ、知ってたんスか?」
「……..キミが療養中に少し調べさせてもらってね。 よろしくね」
美園は手を差し出してきたので、桐崎はその手を握り返した
「はい、よろしくッス」
「…..そんで美園先輩。昨日のアレはなんだったんスか?」
すると美園は少し言うか悩んだのちに口を開いた
「….キミは、口は堅い方かい?」
「まあ、割と」
「そうか…….」
確認を取ってなお口をつぐむ美園を見て、桐崎は聞くべきではないと判断した
「あの、話しにくいなら別に——」
「いや、大丈夫だよ。 キミは被害者だ。秘密を知る権利がある」
「そうだね..…..まず、昨日の男性を見てどう思った?」
「……なんていうか、態度とか言動はただのチンピラって感じだったッスね。 ……ただ」
桐崎は昨日の事を思い出して、少し手先が震え始める
「ビルを剣で粉砕してしまうような異常な力は、被害者の俺ですらあれがリアルに起きたのかを疑うほどです」
桐崎は思った事をそのまま伝えると、さらに美園の顔が険しくなる
「そう、まさに人間業ではない。 とするならば、なにを連想する?」
「連想?」
桐崎は急な質問に首を傾げるが、美園の言った『人間業ではない』という表現に妙に引っかかった
(人間業ではない…… ヒトでは、ない?)
桐崎は答えに辿り着いた
ここ数年世界規模での侵略を行っている、高い知性を持つ地球外生命体
「まさか……アグレッサー?」
美園はその問いにゆっくりと頷いた
しかしそうなれば桐崎にひとつ疑問が浮かぶ
「でもあいつらは——」
「日本への侵略をまだ行っていない、と言いたいのだろう?」
その反論すら読んでいたかのように美園は言葉を被せ、さらに話を続ける
「ここ数年、内戦が勃発している国家が増えつつある事は知っているかな?」
「まあ、その辺はニュースでなんとなく….。 でも確か、内戦って中央アジアあたりの話だったはずッスけど」
ニュースの情報が確かなら、アグレッサーの侵攻は米国から西へ侵攻しており、現在は欧州に居るはずだった
「それに、いくら米国を中心に侵攻しているっつってもまだ欧州ッスよ? 昨日のアイツはどっから———」
そこまで言って、桐崎は頭の中に最悪な考えがよぎった
(待てよ。米国を…中心に? ——まさか!)
美園の質問の意図に気づき、次第に顔が強張っていく
「米国の西側から……太平洋側から…来たのか?」
「ご明察だ」
美園は一度話を区切り、視線を窓の外にうつした
外を見る眼は少し差し込む夕日が眩しそうに細めていたが、哀しみを帯びている事は桐崎に強く伝わってきた
「もうこの地球上に….この星に安全な場所はないんだ」
そう言うと、病室の外から元気そうにはしゃいでいる子供達の声が聞こえてきた
時間からして、今から家に帰る所なのだろう
「……………」
桐崎は言葉が出なかった
『なぜ?どうやって?』という疑問よりも、『すでに攻め込まれていた』という事実に少なからずショックを受けていた
桐崎が次の言葉に迷っていると、美園はベッド横のテーブルに、持って来ていたフルーツバスケットを静かに置いた
「……今のキミに教えられるのはここまで。 うるさいようだけど、この話は他言無用で頼むよ」
美園は自分の口に人差し指を当てながら微笑む
「……..そうッスね。 話してくれてありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
桐崎がお礼を言うと、美園は上品に礼を受け取った
「そうだ。 キミにひとつ聞きたい事が——」
美園が思い出したようになにかを言いかけると、ドアがノックされた
「ああ、すまない。 少し長話をさせたね。 私はこれで失礼するよ」
「いえ….. それより、なにか聞きたかったんじゃないんスか?」
「いや、また学園で会ったら話すよ」
そう言うと、美園は桐崎に近づいてきた
「? まだなにか——」
すると、美園は手を伸ばし桐崎の頭をポンポンと撫でてきた
「しっかり休んで、ケガを治すんだよ?」
「………..分かったッス」
まるで子供をあやすような対応に桐崎は気恥ずかしくなり、急に熱くなった顔がバレないよう少し俯いた
それを見た美園は面白そうに笑い、踵を返して『またね』と言いながらドアを開けて病室を出ていった
入れ替わりで看護師が食事を持って入ってきたが、桐崎は上の空だった
看護師が出ていった後、顔の熱を冷ますために痛む身体を引きずりながら、窓の近くに置いてあった椅子に腰掛けて外を見た
すると、敷地内に生えている桜からは微かに緑が見えた
春ももうすぐ終わるのだろう
(……結局、肝心な事が聞けなかったな)
どうやって日本に侵攻してきたのか、なぜ日本人はそれを知らないのか
他にも、男の目的や星騎士の役割など色々と聞くつもりだったが、うまく逃げられてしまった
先程の話を聞いても桐崎は今後どうするのが正解なのか未だに分からなかったが、星騎士になれば間違いなく美園と同じ道を辿る事だけは理解した
その上で、桐崎は
「……まずはケガを治すかね」
また今度考えようと空をまた見上げるのだった
雲ひとつない空に浮かぶ夕日は強いオレンジの光を放っており桐崎はしばらく眩しそうにそれを眺めるのだった
この作品を最後まで読んでくれた人❗️
本っ当にあざッス‼️