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花火大会の日に   作者: KK
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慣れない大きな制服を着て、鏡で髪形を整える。「変じゃない?」と居間にいる母に訊く。




「大丈夫だよ」




出発予定時間よりも10分早くに家を出た。風が温かく、散り際の桜の木が佇んでいる。風に吹かれた桜の花弁が私の頭に乗った。私はそれを取り、眺める。薄桃色の小さくて軽い花だ。地面は薄桃色の桜のじゅうたんが出来ていて、辺り一面が春の模様になっていた。風で私の髪は少し乱れてしまったので、手で整える。中学校では何部に入ろう、どんな生活だろう、などと考えながら軽い足取りで向かった。




校門をくぐると「入学式」と書かれた看板が見えた。廊下に貼ってある紙を見て、教室に行かなくてはいけないらしい。この町は人が少ないからか2組しかない。私は1組だった。教室は知っている人ばかりだったので、何の隔たりもなく喋っている生徒が多い。学年に転校生が2人いる程度なので、私も抵抗はなかった。黒板には座席表が貼られており、指定された席に座ると、隣りにいたのは大地という近所の少年で、小学校で偶に話す程度だった。私達は軽く挨拶を交わした。私は近くの人に声をかけて次の指示がされるまで時間を過ごし、入学式の後、教室でホームルームになった。自己紹介では顔を知っている皆の中で一人だけ見知らぬ人がいた。




「橘 千花です。好きなことは読書です」




千花は小さな声で言った。ホームルームが終わると、私達は帰宅した。




翌日、学校に行くと何人かがいて、大地が席についていた。私達が話していると、教室に千花が入ってきて、趣味の話をした。




今日から授業が始まり、勉強は小学校の頃より難しくなっていた。雄斗は数回挙手し、何度も正解していた。授業が終わると「ノート見せて」と大地に言われた。




「分からないところがあったら出来る範囲で教える」


「ありがとう。でも、授業中寝ててそれで」




私は溜息をついて「睡眠不足?」と訊いた。




「夜遅くまでテレビ観てた」


「睡眠不足は健康によくないよ」




休み時間に話す友達が何人か出来て、趣味や学校生活などの話をしていた。皆、明るい人ばかりで一緒にいて楽しかった。






翌日、登校途中で桜を見なかった。昨夜の春の嵐で散ってしまったらしく、辺りには花弁が落ちていた。私はただそれを眺めていた。




「放課後、クレープ行かない?」と大地に誘われた。




「うん」


「良かった。4人以上なら団体割引が効くんだ。あと2人どうしようかな」


「ねえ、橘さんを誘ってもいい?」


「うん」




教室を見ると、千花は教室の隅で静かに本を読んでいた。




「嫌ならいいんだけど、放課後、クレープ行かない?」


「私でいいの?」


「もちろん」


「ありがとう」


「こちらこそ」




あと1人だ。大地は図鑑を読んでいる雄斗に声をかけた。




「放課後、クレープ行かない?」


「うん」




休み時間もまた友達と話した。今日は芸能人の話だ。




「昨日のドラマの××って俳優、かっこいい」


「それな。由奈も思うよね」


「うん」




実のところ、私はその俳優を知らなければ、そのドラマも知らない。けれど、一人だけ知らなければ、置いてけぼりにされるだけだ。また、折角できた友達を失いたくなかった。






放課後、家に荷物を置き、着替えると約束した時間の5分前に到着したが、既に雄斗が来ていた。




「早いね」


「どうも」


「強引に誘ってごめんなさい」




「甘いの好きだから大丈夫」と言われたので少し驚いた。




少しすると大地と千花が来た。私達は大地の案内でクレープ屋に向かった。この町は、海沿いの小さな町でスイーツショップがないので、バスに乗って向かった。そこは駅前で飲食店やビルが並んでいた。若い女性客が多く、ピンク色が印象的な店だった。その後、本屋に行き、色々見て回り、最後に、100均に向かった。それぞれがノートや文房具を買ったが


「皆でお揃いの何か買おう」と大地が提案した。私達はそれに賛成し、何を買おうか考えた。長く使えるものが良い、ということで夜空模様の筆箱を買うことにした。気が付かないうちに時間が経っていたので、私達は待ち合わせ場所まで戻った。「クレープ食べるだけなのに色々連れて行ってごめん」と大地が謝ったが、私達は楽しかった、と言った。




翌日、学校に行くと何故だか昨日のメンバーで集まっていた。全員が昨日、買った夜空模様の筆箱を早速、使っていたようだ。私達は特別仲が良いというわけでもなかったが、何気ない会話が楽しく感じた。また、同じ班なので話す機会が多かった。




「今日、俺ん家来ない?」と大地が言うので、放課後に行くことになった。そこは木造の広い家だった。家の前に立つと、大地の母が「こんにちは。上がって下さい」と笑顔で言った。長い廊下から繋がっている客間に入った。私達は畳に座り、お茶と茶菓子を頂いた。部屋には掛け軸が飾られており、余計なものは置かれていなかった。その後、大地の部屋に行くことになった。そこは漫画や食べかけのお菓子が散らばっていた。私達は唖然としたが、掃除を始めた。約30分後、部屋は片付き、漫画を借りた。何冊か読むと


「ありがとう。面白かった」と返した。私達は夕方まで喋り、家に帰った。




翌日「今日は美咲の家に行かせて」と大地に言われた。「いいよ」と3人を家に案内した。


「え、家オシャレ」と驚かれた。お礼を言ったが、言っていることがよく分からなかった。家に入れると「こんにちは。美咲がお世話になっております」と母が挨拶をした。そしてダイニングルームに案内し「今、お茶を入れるので少し待って下さい」とキッチンに行った。


「お母さん綺麗」と言われた。少し経つと、母はケーキと紅茶を持ってきた。


「いいんですか」と訊いていたが、母が「自家製だから是非、食べて欲しい」と言った。


「美味しい」と喜んでいた。その後、私の部屋を紹介した。「片付いている」と眺めていた。それから会話をし、時間が経つと、家の外に出て送った。




「宿題を写させて」


「え、自分でやった方が」


「は?」


「冗談だよ。はい」




笑顔が真顔に変わったので、ノートを手渡した。すると、また笑顔が戻った。




「ありがとう。やっぱ友達だよね」




嫌だと言いたかったが、承認欲求が故にできなかった。2人と一緒にいた時間は楽しいので、離れていくのは辛い。だから、予定があっても、誘いは断れなかった。




「最近、どう?」




突然、大地にそう訊かれて驚いた。




「どう、て?」




私は訊き返した。




「顔色悪い」




「そうかな」と首を傾げると、大地は私の肩に手を置き「辛いことがあったら、相談しろよ」と言った。




「あの、良かったら私の家来る?」と千花が言った。私達は少し驚いたが、お言葉に甘えることになった。そこはレンガの家だった。お邪魔すると「千花のお友達?わあ、嬉しい」と千花の母が言った。性格は明るいが、顔は千花に似ていた。千花の部屋に入ると「可愛い」と呟いた。そこはピンク色が基調とされており、棚の上には縫いぐるみが置かれていた。それから暫く喋った。




「今日は俺の家で勉強しよう」と雄斗が言った。1か月後に中間テストがある。渋る大地も連れて行った。雄斗の部屋は片付いていて、棚には端から端まで難しそうな本が入っていた。私達はそれぞれの苦手な科目の教材を持ってきて、教えてもらうことになった。雄斗の説明は分かりやすく、夕方になる頃には私達は理解を深めていた。




翌日、私達4人は一緒に帰ることになった。その日を境に私達はお互いを下の名前で呼ぶようになった。それからは気が付けば休み時間に集まっては話すようになっていた。メールアドレスを交換したので家でも連絡できるようになった。




1か月後、中間テストがあったが、雄斗に勉強を教えてもらったおかげで私達は良い点を取れた。




「ちょっといい?」




友達2人と話していると、突然、クラスの男子の集団の一人に話しかけられた。「お、もしや」と友達の一人が言った。男子達は不敵な笑みを浮かべていたが、断る理由がなかったので、返事をして近づくと「好きです。付き合って下さい」と言われた。普段話さない人から突拍子もないことを言われ、状況がよく分からなかったのと、同時に嫌悪感がしたので断った。何故よりによって私なのだろうか。他の人でよいではないか。




「え、どうして?イケメンじゃん」




男子達が去ると、友達の反感を買った。「そういうのは早いかな」と笑いながら言った。




「美人で頭が良くて、調子乗ってる?」


「え、そんな」


「あと最近、私達との付き合い悪いよね」




「確かに。いつも他の人達といるじゃん」ともう1人も言った。




「そんなことないよ。2人とも仲が良いよ」




急に2人が怖くなってきたので、私は作り笑いを浮かべた。




私が困っていると「美咲?」と大地に声を掛けられた。咄嗟に俯いた私の前に立ち、2人に向かって「何やってんだよ」と怖い顔で言った。これほどまでに真剣な顔を見たことはなかった。すると、2人は去っていった。




「大丈夫?」




私が目を合わせず、頷くと「大丈夫だから。次はちゃんと相談しろよ」と言って、机にうつ伏せになった。




今日からは夏休み。宿題が多く、遂に終わらせた、と思ったら課題テストがあるが、学生にとっては嬉しいものだ。私達は休み時間に集まり、夏休みの予定を決めることにした。皆が好きで夏らしいものとして海に行くことが決まった。帰宅すると夏休みの宿題に取り掛かった。海に行く日まで私は部屋に籠もって夏休みの宿題をしたので当日にはかなり進んでいた。海は私達の家の近くにあるので現地集合となった。また雄斗が真っ先に来ていた。「早いね」と私は声をかけた。雄斗は海を眺めていた。




「海、綺麗だね」


「海しかないけど、この町って感じがする」




風が吹き、より一層海の香りがした。空にはカモメが羽ばたいていて、海にはヨットが浮かんでいた。私も海を眺めていると「遅くなってごめん」と大地の声がして千花も来た。私達は階段を降り、砂浜を歩いた。そこで小さなカニが歩いていた。「砂で城を造ろう」と大地が言い、私達は賛成した。初めは子供じみた遊びだと感じていたが、実際に造ると崩れやすいので難しかった。時間をかけてようやく完成させたものは小さな城の模型のようだった。私達はそれの写真を撮り、階段を上り、近くの芝生に座った。「出来た」と千花の声がして、いつの間にか人数分の花の冠を作っていたようだった。私達はお礼を言い、受け取って頭の上に乗せた。




数日後、家に夏祭りのチラシが届いた。大橋を渡った先の神社で開催されるらしいので、携帯電話で3人に参加するかどうかを訊いた。1時間後、全員で行くことが決まった。当日、到着すると、大きな神社を眺めた。多くの人が鳥居をくぐって、神社は賑わっていた。皆が来ると「どこ行く?」と大地が訊いた。すぐには思いつかなかったので、歩いて決めることにした。


「あれ可愛い」と千花が指を差して言った。それはキツネのお面だった。私達は同じものを購入した。お面を顔の横につけて歩いていると「たこ焼き食べたい」と大地が言った。たこ焼きを買うと、そろそろ軽食を取ることにし、焼きそばやお好み焼きも買って椅子と机がある所まで歩いた。次に射的をした。何度、中心を狙っても当たるだけで倒れなかった。諦めかけていると、大地が何個も落としていった。それを1個ずつ私達に渡した。その後、千花と雄斗がトイレに行き、私は大地と待った。沈黙に耐えられなかったので、どうでもよい話をした。何故、それをするのかと訊かれたが、具体的には答えらえなかった。もし、今、大地の手を握って連れ去ったらどうなるだろう、と考えた。そうすれば、誰にも邪魔されない2人だけの世界が見られるだろうか。勿論、それが許されるはずがない。行き交う人の騒がしさとは反対に、会話が途切れた私たちの静かな時間が長く感じた。揃って、時計を見ると花火が打ち上げられる5分前だった。私達は花火がよく見える高台に行き、待った。私達が普段暮らしている町や人が小さく見えた。すると、小さな火が空に上がり、音を立てて開いた。「綺麗」と千花が呟いた。それを大地が眺めていた。その目はとても透き通っていた。私の胸には疑惑が募った。




始業式から暫く経つと校外学習の時期になった。前日に私達はお菓子を買うことにした。皆で食べるクッキーなどを買った。当日、校外学習に最適な晴天だった。30分前に到着すると雄斗が来ていた。まだ生徒はおろか先生も来ていなかった。「楽しみだね」と私が声をかけると


「オニイトマキエイを見たい」と目を輝かせていた。私が首を傾げていると「マンタだよ」と言った。時間が経つにつれ、生徒が集まってきた。集合時間になり、先生の話の後、私達はバスに乗った。横は千花だった。「水族館は好き?」と私が訊くと「うん」と頷いた。




「カクレクマノミが好き」


「可愛いね」




暫くすると、有名な遊園地が見えた。地元からは遠いが、休日の定番だ。それを見た他の生徒は騒いでいた。「行ったことある?」と訊くと「カフェのスイーツが美味しいんだ」と嬉しそうだった。




「私はモンブランが好き」


「チョコドーナツも美味しいよ」


「今度、食べようかな」




会話をしていると時間が過ぎていたようで、いつの間にか公園に到着していた。降りると班行動になり、スケッチをすることになった。そこは広く、多くの種類の花が植えられていた。私達は花を見て回った。すると、桃色の大きな薔薇に引き付けられた。札を見ると


「アウグスタ・ルイーゼ」と書かれていた。横には赤色や青色などの綺麗な薔薇があったので、私達はこの辺りでスケッチをすることにした。薔薇をよく観察して細かく描いた。完成すると、他のメンバーも出来たらしく、横の千花が「見て」と言って見せてきた。それは特徴が押さえられていて、まるで本物かのように描かれていた。




水族館に到着した。入館すると、アザラシが大きな水飛沫を立てて滑っているのを見た。一瞬の出来事だったのでこれを見たのは私達だけだった。大きな部屋に入ると


「オニイトマキエイだ」と雄斗が目を輝かせていた。近づいてみてみると、顔が可愛く見えた。また別の水槽ではイワシが群れを作って大きな魚を見立てていた。歩いていると


「カクレクマノミだ」と千花が指を差して言った。小さくてオレンジ色と白色の縞模様だった。上の階に行くと、蓋のない水槽があり、そこで泳いでいたのは小さなサメだった。「ご自由にお触り下さい」と書かれてあった。早速、大地が触り「ざらざらしてる」と言った。私も雄斗も触ると、千花が水槽を見て困惑していた。「頭からしっぽにかけての方向を触れば大丈夫」と大地が言うと、千花は恐る恐る水槽に手を入れた。背中を少し触るや否、水槽から手を出した。私の胸がざわついたような気がしたが、理由が見当たらなかった。




「千花、触れたな」


「うん」




千花を宥めるような大地の声は優しかった。他の人の名前を呼ぶその声が耳に入ると胸が痛くなった。それは私には向けられない。その後、バスに乗った。「今日はどうだった?」と千花に訊くと「楽しかった」と答えた。




「カクレクマノミ見れたね」


「それ以外も良かった」




楽しそうに語る千花の顔は私の歪んだ笑顔とは違ってとても純粋なものだった。




私が学校で趣味の話になり、漫画について話すと「あれ、美咲って漫画、読まないような」と友達に言われた。考えてみればそうだ。どうして私は漫画を読んでいるのだろう。




ゴールデンウイークに私達は遊園地に行くことになった。そこは、この間、バスから見た遊園地だ。軽快な音楽が流れ、家族での来場者が多かった。まず、コーヒーカップに乗った。次第に目が回っていった。ジェットコースターとお化け屋敷で絶叫した。ウォーターボールという水上のボールに入るものをした。ウォーターアトラクションという水上に向かって乗り物で下降するものもして、水飛沫が飛んできた。遊び疲れたのでカフェで休憩することにした。昼食を取ると、私はチョコドーナツ、千花はモンブラン、大地はシュークリーム、雄斗はフルーツパフェを食べていた。最後に観覧車に乗った。上がるにつれて遊園地が小さく見えた。私達は写真を撮り、帰宅した。




クリスマスは町で大きなクリスマスツリーの点灯式があるので、私達は行くことにした。そこは青色や白色、黄色などにライトアップされた星形が沢山あった。輪投げをした後


「アロマキャンドル作りたい」と千花が建物の看板を指差して言った。


「アロマキャンドル1回500円」と書かれてあった。私達が建物に入ると、早いからか、他の客はいなかった。料金を払い、参加した。四角形のロウを丸めて、雪だるまの形にするようだ。初めは簡単だと思っていたが、ロウは硬いので思うように変形しなかった。完成したものは、それなりに綺麗な雪だるまのアロマキャンドルだった。千花がお手本そっくりのものを作り、対照的に大地は形が歪んだものを作った。いつの間にか30分が過ぎていて


「間もなくクリスマスツリーが点灯されます」とアナウンスが聞こえた。クリスマスツリーの周りに人が集まり、千花と離れてしまった。すると、大地が千花の所まで行き「はぐれると大変だぞ」と手を差し出した。千花は「うん」と手を取り、私達の所まで来ると礼を言った。すると、大地は素早く手を離した。この時間は火が暮れかかっていたので恋人同士が多かった。一瞬にしてクリスマスツリーがライトアップされたと同時に音楽が聞こえた。音の鳴る方を見ると、同じ学校の吹奏楽部が演奏をしていた。人々の歓声がした。点灯が終わると、ぞろぞろと人が帰っていった。私はクリスマスツリーを見たいから、と一人残った。初めは感じなかったが、次第に遠ざかっていく気がした。いつか私の手の届かないところへ行くのだろうか。どんなに思ったところで、それは伝わらない。どんなに期待したところで、それは叶わない。だから諦めるしかないのだと私は悟った。目の前で輝きを放つクリスマスツリーを見ていると憎らしくなってきた。途端に友達に対して邪な感情を抱いている自分が嫌になった。そもそもどうして出会ってしまったのだろう。これで終わりにするんだ。




正月は夏祭りが開催された神社に初詣に行った。出店を食べ歩きし、スーパーボールすくいや、ヨーヨーをした。その後、賽銭に硬貨を入れ、今年も皆が健康でいられますように、と祈った。おみくじを引き、全員が大吉だった。その後「私の家でカルタしない?」と千花に誘われた。それは小倉百人一首だった。机の上に札を並べ、千花が読んだ。透き通るような声をしていた。序歌に続き、歌が読まれた。私達は学校で偶にカルタをするので、何枚か知っている歌があった。けれど、知らない歌の方が多かったり、場所が分からなかったりしたので、殆どは下の句から取っていた。ある時、私が触った札の上に大地の手が当たった。大地は直ぐに「ごめん」と手をどけた。私は次の歌で全く集中できなかった。途中で「私、読むよ」と千花に代わって私が詠むことにした。どれぐらい間を開ければ良いのか分からなかったが、何となく読んでみた。それでも満足だった。




春休みから私達は高校の受験勉強を始めた。特に雄斗は進学校を目指しているので、大変だった。私も計画的に勉強に取り組んでいたが、父の会社で転勤が決まったそうだ。ちょうど遠くへ行きたい、と思っていたので都合が良い。休み時間も雄斗は勉強をしていて、話しかけると、前までよりも顔が疲れているようだった。そんな中「大丈夫?」と大地に声を掛けられた。私の肩に手を置いて「顔色悪い」と顔を覗き込んだ。近くに大地の顔がある。その目で見つめられると、自分が自分でいられなくなる気がしたので、目をそらし「別に」とその場から離れた。




大地が目の前にいて、他の誰もいない。私達は他愛もない話をして笑い合っているという、夢を見た。一瞬にして現実を突きつけられたような気がした。嘘でもよいから、目が覚めず、ずっと夢の中にいたいと思った。それが叶わないのなら、いっそのことそんな夢は見たくなければ、大地に会いたくない。あの子の前でしか見せない顔があって、2人だけの世界があるから。それは他の誰にも干渉できない。2人の幸せを願うべきなのだろうが、これ以上の関係になって欲しくなかった。胸に穴が開いたような気分が続いた。気が付けば、遠くにいる大地を見ていた自分が嫌になる。さらに、4人で集まっていない時によくすれ違うので、その度に避けた。






修学旅行はスキー旅行だった。初日の休み時間に偶に話す男子に呼び出された。人気のない所へ連れ出され、私の目を真剣なまなざしで見つめ「ずっと前から好きでした」と言った。言い切った後のその人の顔は赤くなっていた。これが恋というものか。可能性の高い恋を選べば振り向いてくれるのだろうか。また今までの私の思いは本当なのだろうか。けれど、また嫌悪感がして私は断った。他の誰かでは足りなく、汚い。もしかすると、私は自分の心が誰か一人で満たされていることに幸せを感じているのかもしれない。簡単に叶わないからこそ余計にそう思うのだろうか。私の中であの人の存在が薄くなると、どうしようもない孤独を感じた。そして、苦しいと分かっていながらも、あの人との楽しい日々を思い出した。徐々に私の全てがそれに染まっていくような気がした。翌朝、私が起きて歯を磨いていると、千花も起きた。その後、早朝だったので誰も起きてこない。2人でトランプや花札をした。人数の関係上、トランプは直ぐに終わるが、何度もした。「この時間が楽しい」と千花が言った。「うん」と私は頷いた。最終日はお土産センターに行った。自由行動なので4人で選んだ。帰りのバスは何処か寂しかった。




それから私達は受験勉強で忙しくなり、あまり会っていない。私は打ち明けるかどうか悩んだが、そんな私に気が付いたのか「何か言いたいことがあるよな」と大地が言った。すると


「最近、様子が変だよ」と千花も言った。逃れられない、と私は3人に中学校卒業と同時に引っ越すことを打ち明けた。その時「私も田舎に引っ越すんだ」と千花が言った。「俺も都会の高校に行く」と雄斗も。その時の2人は暗かった。すると「皆で花火を見に行こう」と大地が言った。




当日、花火が打ち上げられると、目から涙が零れた。「離れていても、ずっと友達だからな」という大地の言葉が胸に刺さって余計に私は泣いた。すると、3人も泣いた。これほど泣いたのは小学校低学年以来だ。私は涙を拭うと


「また会う時はお土産渡すから」と言った。当たり前のように一緒にいて、それが壊れそうになって、大切だということに気が付いた。私は4人でいる時間が大好きだ。




七夕は4人でお願い事を書くことにした。偶然にも「皆がずっと仲良しでいれますように」と全員が書いていた。その時の夜空には無数の星が瞬いていて、とりわけ夏の大三角形が煌めいていた。




努力が実を結び、全員が第一志望校に合格した。けれど、別れが近づいてきた。卒業式が進行していく度に、時間だけが刻一刻と進んでいくのを感じた。この校歌を歌うのも今日が最後か。私はなりたい自分になれただろうか。学校とも、先生とも、同級生ともお別れ。ホームルームが終わると、友達と話した。その後、4人でお互いに手紙を渡した。いよいよ別れの時だ。それぞれが新たな道へと進んでいった。

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