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新卒社会人が入院中のアスリートと

~新卒社会人が入院中のアスリートと~


「来たよー」

「待ってたよ」


扉を開くと、本から顔を上げた妻のカケルが嬉しそうにひらひらと手を振る。

ユミカは彼女がいるベッドに近づくと、チラッと扉の方を気にかけてからくちづけを交わした。以前看護師さんに目撃されて叱られたことがあるのだ。今度叱られたら面会禁止になってしまうかもしれないが、丸一日も恋人とキスをしないでいるのはユミカにとっては一大事だ。


「今日はリハビリどうだった?」

「うん。まあボチボチかな。伝い歩きならできるようになったんだ」


にこにこと笑うカケルが、本当は今すぐにでも泣き喚きたいのだとユミカは知っている。

大学生から陸上のプロ選手として活躍していた彼女が負傷で入院することになったのは、ふたりがまだ恋人だった数ヶ月前のことだ。今後の選手生命さえも危ういという彼女を誰よりも近くで支えるために入院中の彼女と結婚した。


だからこそ、本当は誰よりも速く走りたい彼女の気持ちを、誰よりも強く感じとることが出来る。


「そうそう、今日は差し入れにお菓子を持ってきたんだよ」


そう言って下の階のコンビニの袋からイチゴ味のポッキーを取り出したユミカは、きょとんとするカケルの口元にあーんと差し出してやる。


「もぅ、過保護すぎだよ」


なんて笑いながらポッキーを受け入れるカケル。

美味しいね、と言ってほんのわずかに表情を陰らせる彼女に、ユミカはポキッと菓子を食べながら呟く。


「もしも明日、とつぜんカケルが走れるようになっても。逆に永遠に走れなかったとしても。私は、こうしてカケルにポッキーを食べさせるよ」

「え?」


問い返す恋人を、まっすぐに見つめ返す。


「私はカケルを安心させるために結婚したんじゃない。お世話するために傍にいるんじゃない。あなたが好きで、傍にいたいから結婚したんだ。……私を遠ざけたいのなら、離婚届くらい書いてみせろ」


ユミカが告げると、カケルはくしゃりと顔を歪めた。

安心させる為にと張った虚勢が、自分を誤魔化すための笑みごと消え去って、剥き出しの感情が愛おしい人に晒される。


「ズルいなぁ、ズルいよ……ズルいってば……」


ひとしきり泣いたカケルは、やがて泣き止むとユミカの持つお菓子のパッケージをひょいっと取り上げた。


「ワタシさ、病室にいる間、リハビリとかのことじゃなくてユミカのこと考えてる。ユミカのために直さなきゃ、そうじゃなきゃ私なんてなんの意味もないからって…………いいの?私、ユミカにそんなこと言われたら、サボっちゃうかもしれないし、これからもう陸上なんてできないかもしれないよ」

「カケルがそれでいいなら」

「だからズルいんだってそれぇ……」


グズグズになりながら笑ったカケルは、ポッキーのクッキー側をはむっと咥える。


「もうワタシユミカがイチャイチャしてくれないとリハビリ頑張れないからね。責任取ってよ」

「とっくにそのつもりだけど?」


からかうように笑って、ユミカはピンク色のチョコレートを咥える。

さくさくさくと唇が重なって、離れたと思ったらすぐに第二回戦。

一箱分のイチャイチャを補給していると看護師にバレて大目玉をくらったものの、その日からカケルが目に見えて明るくなったので面会は継続していいことになった。

彼女が世界的に有名な選手となるのは、それからほんの一年後のことだ。

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