第8話 迫り来る恐怖
「さて、壮太。出かけようか」
「出かけるってどこへですか?」
「イチゴを探しに行くのだ。多分、面白いものが見れるぞ」
「面白いものって?」
「それは見てのお楽しみだ」
そう言いながらヘイゼルさんは外へ出ていこうとする。
「ちょっと待って。その恰好で外に出るんですか?」
「ああ。そうだが何か変かな?」
「今は5月で結構気温が高いので、そのコートには違和感があります。冬用の衣類でしょ?」
「ふむ、そういうTPOは大事だな」
そう言いながら黒のコートを脱ぐ。その下は黒いスーツで、えんじ色のネクタイをしていた。MIBかCIAのエージェントって感じだが他に服はない。
「これで良いかな?」
「仕方ないですね」
「ふむ。ではこのサングラスと言う物を使うのはどうかね?」
と懐から黒いサングラスを取り出すのだが……。
「それは、かえって目立つのでよくないです」
「なるほど。では出かけようか」
「はい」
俺達は外へ出る。
ビシッと黒スーツで決めた細面のイケメンと、ジーンズ姿のだらけた大学生の奇妙なコンビだった。
「ところで壮太。君は車を持っていないのか?」
「持ってないです」
「馬か馬車は?」
「車より高価ですよ」
「馬が機械より高価なのか。ふむ、大分価値観が違うな」
「何処へ行くんですか?」
「概ねこっちの方角。約3キロだな」
ヘイゼルが指さした方角には新しく出来たショッピングモールがあった。葉月といちごはそこへ買い物に行っているようだ。
「面倒ですけど歩きましょう。電車を使っても駅が遠いので、同じくらい歩くことになります」
「意外と不便だな」
「仕方ないと思いますけど。お金持ちじゃないんで」
「ふむ。こちらでは庶民と同じにしないといかんな」
そう言って歩き始めるヘイゼルだった。住宅地を抜けて国道に出る。その国道沿いをショッピングモールへ向けて歩く。
「いつもはどうしてるんですか?」
「これでも皇太子だからな。そもそも一人で出歩くことなど無いし、必ず馬か馬車に乗るんだよ。自分で飛ぶこともあるがそれは非常事態だ」
「ヘイゼルさん、飛べるんですか?」
「まあな。竜神族だから当然だ」
「それって、変身とかするんですか?」
「浮遊術を使えばこのままでも飛べるぞ。勿論、竜の姿になればもっと速いし遠くまで行ける」
「そうなんですね。カッコイイな」
「壮太、空を飛びたいのか?」
「え? まあ、そういう気持ちは誰でもあるんじゃないですか? 空を飛べる人はいませんし」
「そうか。こちら側の人間は空を飛べないのか」
「そうですね。見たことも聞いたこともありません」
「一万年以上の昔には浮遊術の使い手が残っていたと思うが、今は廃れているのか」
「え?」
「いや、悪かった。今の話は聞かなかった事にしてくれ」
昔は空を飛ぶ人がいた事が、現代の人間に知られてはいけないのか? ヘイゼルの言葉は謎だらけである。納得がいかない顔をしている俺に対してヘイゼルが続ける。
「今、壮太が思っている事が正解なんだよ。スマンな。この世界ではそういった魔力が扱えるものはいないのだ。それは過去においても同様とみなされている」
「分かりました。そういう事なんですね」
「そういう事だ」
そんな無駄話をしながらしばし歩く。俺達はショッピングモールまでたどり着いた。祝日なので人出が多い。駐車場に入る車は列になっていて、相当な待ち時間がかかりそうだ。
「車で来なくてよかったですね。相当待たなくちゃいけなかったです」
「なるほど。便利なだけではないのだな。ん? 壮太、走るぞ」
ヘイゼルさんは走り始めた。ひょいとジャンプしてガードレールの上を走る。そして自転車置き場の屋根に上がり屋上にある巨大な給水タンクを指さした。
「あそこだ!」
そこには黒い人影が見えた。そして、その下には葉月といちごの姿が見える。
「仕方ない。飛ぶぞ」
返事をする間もなく俺の体は宙に浮かび、イチゴと葉月のいる場所へと一気に移動した。まるでテレポートしたみたいに俺とヘイゼルさんは屋上へ移動していた。何が何だか分からない。びっくりしたどころではない。驚天動地の出来事だった。
目の前には怯え切ったいちごと葉月がいる。この二人を怯えさせここまで追い詰めた何かが、その後ろの給水タンクの上にいる。そう思うと途方もない恐怖に包まれた。人生で初めての経験だ。俺は今まさに、マジで背筋が凍る体験をしていた。