睡魔と規則
授業開始前、欠伸を噛み殺す音が教室中から聞こえる。昨日、散々早く眠るように言われているのだ。欠伸なんてしていたら、眠っていなかったことを自白しているようなものだろう。
「それにしても、かなりの人数が眠そうですねぇ」
「ミフネ嬢は平気そうだね」
「きちんと寝ましたからね、今日は朝から宗教学ですし」
宗教学は、正直言って一番眠たい授業だ。神様がどのようにして国を見守っているのか、また、教会の歴史や国との関係などを学ぶ。政治と宗教の関係性のあたりはまだいいが、一年生は神話の部分しか扱わないため、既に内容を覚えている僕達からすると退屈である。
「それにしても、意外な人も眠そうだね」
「本当ですねぇ、規則を破るタイプには見えませんけど」
クラスを見渡すと、昨日、流星群に一番反応していた男子生徒は勿論、特に反応を示していなかった女子生徒も、ついでに言うとベルナール伯爵令嬢も眠そうにしている。皆、眠そうに、中には風邪でも引いたのか、少し寒そうにしている。
「昨日、流星群以外に眠れない要素ありましたっけ?」
「夜、急激に冷えたとか?僕は感じなかったけど……」
寮の出入り口は施錠されていたので、外に出て流星群を見るうちに風邪を引いた、ということはない筈だ。窓を開けたままにしていたとしても、そこまで寒くはなかったと思う。人によって違うので何とも言えないが。
「気温的には暖かかったと思います。ただ、昨日は、妙に落ち着きませんでした」
「どういうことですか?」
「何でしょうか、他に動いているものの気配がするというか、そのような感覚が」
クインテット嬢曰く、昨日は規則通り、早めにすべきことを終えて寝ようとしていたらしい。が、上の階から人が動く音や気配がして、中々眠れなかったという。恐らくは流星群を見ようとしている人なのだろうと無視しようとしたが、昨日はやけに気になったそうだ。
「普段なら、女性の気配が気になることはあまりないのですが……」
「クインテットさん、アサヒさんの気配くらいしか気にしませんよねぇ」
武術の嗜みがある相手だった場合は、性別関係なく気配が気になってしまう事があるらしい。その辺りは実際に訓練をした者にしかわからない感覚だろう。僕は肉体派ではないので置いておくことにする。
「まあ、私も流星群が気になって過敏になっていたのかもしれません」
「確かに、いつもと違う事をした、というのは大きいですねぇ」
あんまり気にしない方がいいですよ、とミフネ嬢が言うと同時に教室の扉が開き、宗教学の教師が入ってくる。先程まで欠伸を噛み殺し、目に涙を浮かべていた生徒たちが一斉に顔を引き締め、黒板に体を向ける。
気合十分で挑んだ朝一番の宗教学。この授業が終了するころには、クラスの三分の一が深い眠りに誘われていたのであった。
授業終了の鐘が鳴ると、先程まで意識を遠くへやっていた生徒たちが一気に覚醒した。教師は呆れたような表情で、眠っていた生徒の名前を順に呼び、放課後職員室の方に来るように指示をした。
「……全員に話が終わるまでは自習とする。緊急時以外、次の鐘が鳴るまで教室から出ない事」
貴族院は午前に二つ授業がある。今日は連続で宗教学だ。今は一つ目が終わって休憩時間だが、教室から出ないよう指示されたので扉に手を掛けていた生徒がピタリと動きを止めた。
「呼ばれた生徒は付いてきなさい」
そして、寝ていた生徒を連れて教師は職員室へと去っていった。話が終われば授業は再開すると言っていたが、教師の様子と居眠りしていた生徒の人数を考えると、あまり期待は出来そうにない。
「うわ、厳しいですねぇ……」
「規則違反とはいえ、此処までするとは……」
確かに、今日の居眠りの人数は多かったが、一人ずつ呼び出すほどとは思っていなかった。隈を作っているものの、何とか授業中は耐え抜いた生徒がほっと胸をなでおろしている。
「今日くらい、見逃してくれてもいいと思うんですけどね……」
「例外を作ってしまうと規則の意味が薄れてしまうから、仕方がないのかもしれないね」
「殿下の仰る通りですが……」
ミフネ嬢がまずは一人目、と連れていかれた生徒を見送りながら、少し低い声で呟く。すると、殿下が苦笑しながらミフネ嬢に言うが、ミフネ嬢はそれでも不服そうに口をへの字に曲げた。
「規則の設定理由も教えずに、義務だけ押し付けられるのは不満ですよ」
「逆を言えば、理由さえわかれば従うのかな?」
「合理的な理由があれば従います」
ミフネ嬢は、こうなれば納得できる理由を知るまで退く気はない、と言った様子だ。殿下は今度こそ困った顔になって僕の方を見た。
「そうなったら手がつけられません」
「……そこが、ミフネ嬢のいいところでもあるからね」
僕が首を横に振ると、殿下は諦めてそう言った。僕達もこの規則の理由は知りたいし、今日こそは上級生を捕まえて話を聞こうということになった。
「絶対、理由を調べてみせます……」
そう、ミフネ嬢は力強く宣言した。僕達はその様子を見て、ため息をついた。




