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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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躑躅の生垣

 光がおさまった時、僕達が立っていたのは、正門に近い、噴水のある小さな広場だった。急に室内から屋外に移動したこともあって、陽の輝きに目がくらむ。

「何が……」

「えっ、セドリック第一王子殿下!?」

 目を細めて周囲を見渡すと、僕達の他にもう一人、女子生徒が立っていた。僕達より少し先に此処に来たのか、突然現れた僕達を見て驚いているようだ。

「君は……」

「大変失礼いたしました。一年生、ベルナール伯爵家の次女、ルイーザと申します」

 女子生徒は殿下に話しかけられると、この何が起こるかわからない授業中とは思えないほど優雅に礼を取った。ベルナール伯爵家は、歴史のある西の伯爵家だったはずだ。そして、意外なことに一年生。てっきり先輩かと思っていた。

「ベルナール伯爵令嬢、私達は急に移動して、状況を飲み込めていないんだ。良ければ説明して貰えないかな?」

「勿論です、私が知っていることもお話します」

「ありがとう」

 曰く、ベルナール伯爵令嬢も、全く別の場所から先程移動させられてきたらしい。時間は僕達が来るより2、3分前。気付いた瞬間周囲を見渡したものの、特に人の気配はなかったという。

「私は、教室から来ました。扉を開けて教室に入った瞬間、床に大きな魔法陣が描かれていて……」

「魔力を持った人間が触れることで発動する罠だったのかな」

 だが、複数の場所に魔法陣を仕掛けて、一か所に集めているという事と、今は近くに教師がいないという事だけは分かった。そして、迂闊に室内に入れば罠を踏み、強制的に移動させられることも。

「一か所に集められているのなら、定期的に巡回に来ているのでしょう。早く移動した方が……」

「下手に動くと鉢合わせる。どっちに行くべきか……」

 此処は正門の目の前だ。見晴らしもいいし、できる限り隠れられるところが多い方に行った方がいいとは思う。しかし、教師もそれを分かったうえで、敢えて其方を巡回している可能性だってある。

「悩んでいても仕方がない。見つかったとしても逃げやすい、門の方に行こう」

「はい、殿下」

「そうですねぇ」

 正門からぐるっと一周、貴族院には外部の侵入を拒む壁が囲っている。その壁付近には何もないものの、少し中央に寄れば教員棟や寮など、沢山の建物が立っている。それらの影を利用した方が逃げやすいだろう。少なくとも、大通りを歩いてグラウンドの方に行くよりはましだ。

「あ、あの、私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「勿論。協力してこの授業を乗り切ろう」

「はい!!」

 方針を決め、動き出す僕達を見て、少し慌てた様子で令嬢が尋ねた。ただでさえ不安要素ばかりのこの授業、折角見つけた他の生徒と離れるのは心細いだろう。殿下は笑顔で受け入れ、僕達の中心に彼女を招き入れた。

「では、殿下。僕が先行します。次はミフネ嬢」

「で、ベルナール伯爵令嬢、殿下、クインテットさんの順ですね」

 最も戦闘力の高いクインテット嬢を一番後ろに配置して、いざ、門に向けて移動開始である。目的地は決まった。残る問題は、時間である。

「後どれくらい逃げればいいんでしょうか……」

「時間が分からないのは精神的に厳しいね」

 勝負事の主な要素として、知力、体力、魔力、気力、時の運があげられる。現在、体力と魔力に問題はないが、急に転移したりと心臓に悪いことが続いており、かなり気力が削がれている。

「半分は切っている筈ですが……」

 クインテット嬢がため息をつきながらいう。どう思う?とミフネ嬢の方を見ると、顎に手を当て考える素振りを見せた後、言った。

「体感時間的には、残り10分でしょうか?」

「私は残り20分だと思っていました」

「……僕は15分」

 全員、見事にバラバラである。それぞれの疲労度合いと希望的観測込みの予想なので仕方がない。

「当てになりそうにないですね」

「そうだね」

 殿下は少し考えた後、門の近くにある躑躅の生垣のある場所に行こう、と言った。

「残り時間はわからないが、疲れていることは事実だ。隠れられる場所に着いたら交代で休もう」

 躑躅の生垣は緊急の用事で貴族院に泊まる必要がある騎士や文官に貸し出すための小さな宿舎を囲うようにある。

「そんな場所があったんですねぇ」

「昨日、地図を読み込んでおいたんだ」

 周囲に背の高い木や建物はないが、だからこそ、屈めば隠れられる場所は探さないのではないか、とのことだ。

「確かに、隠れるとしたら中に入りそうですよね」

「中に罠を仕掛けていたら、巡回もしないかも」

 下手に巡回して警戒させるより、油断したところを罠に引っ掛ける方が楽だ。話しているうちに目的地に到着する。

「思ったより高いですね」

「腰くらいまであるので、結構隠れやすそうです」

「特に、モミジさんとクインテットさんは髪が緑なのでわからないですねぇ」

「確かに、保護色だな」

 なら、隠れやすそうな場所はミフネ嬢に譲った方がいいだろう。ベルナール伯爵令嬢は濃い茶髪なのでミフネ嬢よりは目立たない。勿論、最優先は殿下だ。

「こっちに」

「ありがとうございます」

 生垣を越えて、ミフネ嬢が内側に移動しようとしたその時、服の裾が引っかかり、一番上に付いていた、一際赤い躑躅が一輪、地面に落ちた。


次回更新は7月15日17時予定です。

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