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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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時間のやりくり

 翌日、ヴィヴィア先生から報告を受けた王宮の文官が、ミフネ嬢の元に訪れた。先生の予想通り、黒の万年筆により、貴族院図書館前階段、ノリスが生徒に危害を加えない様にすることを誓約した。

「命令内容や主人が変更される場合は報告必須。……まあ、当然か」

 途中経過については特に報告されていなかったようで、僕達の扱いは、今迄起こっていた落下事故の原因を手懐けた側近と婚約者候補たち、ということになった。結果的には殿下の評価を上げることになったので、良かったといえる。

「ただ、報告書を提出することになるとは思ってなかったけど……」

 問題は、王宮側からの要求だった。法治国家なので、仕方がないかもしれないが、今回の事件解決の過程を詳細に記した報告書を提出するように言われたのである。正確に言うと、文官に指示されたのはミフネ嬢だったが、ミフネ嬢が詳細な報告書を書くことは難しい。簡単なものはできるだろうが、文官が求めている、正式書類は形式も決められているからだ。

「で、結局、僕が頼まれると……」

 実験の条件を書きだしたのは僕だし、基本的に書類仕事は僕が纏めていたので今回も頼まれたのだ。ただ、評価を下げるようなことは書けないので、事実だけを書いて裏話は最大限削って書いた。

「今回の、ノリスに使った契約書の費用は出して貰えて、次の入学式までに一件も落下事故が起こらなかったら報奨金が出る可能性もあるのか……」

 名前を付ける前に使った契約書は、ヴィヴィア先生の私物だった為、補充費用は貴族院の管理をしている王宮が出してくれるらしい。それを聞いて先生は喜んでいた。また、今後の危険性が完全になくなったと確認できた場合、ミフネ嬢に報奨金を出す話もあるらしい。

「まあ、出るとは限らないけど……」

 今迄、貴族院に与えた損害の方が大きい気がするのだが、その辺りは報告されていないのだろうか。そんなことを考えながら、僕はまた、報告書を仕上げるために徹夜漬けの日々を送ることになったのだった。

「期限は五日後か……」

 溜息は、誰にも聞かれることなく、部屋の中に消えていった。


 報告書が書きあがるまで、僕は殿下たちと別行動をする時間が増えた。当然のことだが、報告書があるからと言って授業や課題は通常通りあるので、放課後の時間を使うしかなかったのだ。

「モミジさん、わたしたち、今から食堂に行くんですけど……」

 授業が終わり、一度教室に戻ろうと図書館前階段を下りているとミフネ嬢が話しかけてきた。数日前に報告書が終わるまでは別行動するとは伝えたが、一応確認してくれたらしい。

「僕は遠慮する。まだ報告書が終わってなくて。緊急の話はありますか?」

「緊急ではないよ。モミジに任せてすまないね」

「いえ、大丈夫です」

 殿下は、候補との時間を大切にする、ということで放課後にはお茶会をしたり、交流を深める時間を作っている。入学してからは僕も参加していたのだが、書類を頼まれてからは中々そんな余裕がない。

「私でよければ、お手伝いしますが……」

「わ、わたしも、詳しい話をノリスから聞いた方がいいですか?」

「二人共、ありがとうございます。後少しなので大丈夫ですよ」

 二人が手伝いを申し出てくれるが、後は書面形式に沿って書くだけなので二人に手伝ってもらう事はないのだ。ノリスも、自分のことだという事を理解しているのか、僅かに振動しているが、本当に大丈夫なので気にしないでほしい。今は他の人の気配がないとはいえ、誰かが転んだら大事になる。

「大丈夫です。まあ、もう少し時間が欲しいと思う事はありますけどね……」

「最近、そういう事言っている人、よくいますよねぇ……」

 ミフネ嬢がしみじみと言った。確かに、最近は教室で時間が欲しいと言っている人が増えた気がする。みんな忙しいのだろう。

「段々授業も難しくなってきたので、予習復習の時間が必要になってきましたからね」

「時間が足りないと感じることは増えたかもしれないね」

 僕達は、座学はほぼ全範囲、実技も魔法以外は王宮で事前教育を受けている。なので、授業についていけないと感じることはないが、地方や爵位が低く幼少教育が難しかった貴族の子は、段々と苦戦するようになってきたようだ。

「徹夜をする人も増えているのか、最近は保健室の利用が増えているようで……」

「寝不足のまま武術の授業に出て、倒れたり怪我をする人が急増したんですよねえ」

「寝る時間も勉強時間も足りない、という事ですか」

「こういう時に、便利な魔法があればいいとは思いますけどねぇ……」

「時間を操作するような魔法は、古代に失われている上に、相当魔力がないと不可能だね」

「できたとしても、国家危機でも起こらない限り使えないでしょうしね」

 ミフネ嬢がぼそり、と言う。魔法は暮らしを便利にするが、決して万能なものではない。魔法の授業で何度も言われたことである。一応、勉強をサポートする取り組みについて今から話し合うという事だけ聞き、僕はそこで三人と別れた。


次回更新は8月20日17時予定です。

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