遺伝と胃痛
「え、ヴィヴィア先生!?」
そう、ミフネ嬢の背後に立っていたのは、いつもに比べて眉間に皺が寄っているヴィヴィア先生だった。先生は目を丸くしたミフネ嬢を見て、深くため息をつき、言った。
「……朝から何をしているんだ」
「昨日、わたしが階段で転んでしまったので、原因調査です」
適当に誤魔化そう、と思っていると、ミフネ嬢は正直に答えてしまった。昨日の事情聴取の時点では、ミフネ嬢の不注意による転落事故という事で片付いているのに、今から他に原因があったかもしれないと言えば先生方は対応しなくてはいけなくなるのに。
「どういうことだ?」
僕の予想通り、先生は更に眉間の皺を深くしてミフネ嬢に尋ねた。ミフネ嬢は言葉通りの意味ですよ、と返す。すると先生はミフネ嬢に聞いても埒が明かないと判断したのか、僕達の方を見た。
「ストックデイル、ランシー、此方に来い」
「はい……」
「殿下もご一緒に……」
「そうだね」
代わりに説明をしろ、という事で、僕達はベルナール伯爵令嬢の証言を聞いて、このような実験を始めたことを伝えた。ついでに、僕の分として作っておいた資料を先生に渡した。昨日の状況が詳細に書かれており、実験の内容も記してあるからだ。
「……つまり、お前たちは、ファラデーが偶然転んだのか、階段側に原因があるのかを調査している最中だったと」
「そうです」
「それでそんなに騒がしかったのか……」
どうやら、先生は朝から階段で比較的騒がしい声が聞こえたので、確認に来たようだった。やはり、適当に誤魔化しておけばよかったかな、と思ったが、既に言ってしまったものは仕方がない。
「それにしても、見えない段のようなものか……」
「先生、何か知っていらっしゃるんですか?」
「……心当たりはある。だからこそ、事情聴取を行った訳だ」
先日のボガートの件でも、先生たちは居眠りなど、夜眠っていない生徒たちを呼び出していた。三年生の話からして、そう言ったものに遭遇してしまった生徒の対応をしているのだろう。今回も、階段で転んだという事で、先生たちの心当りのものかどうか、判断するために呼び出されたという事か。
「……ストックデイルの証言から、ファラデーの不注意が原因であると結論付けていたが、ベルナールからも聞き取りを行った方が良さそうだな」
「先生の心当たりと、状況が酷似しているのですか?」
「……まあ、そうなるな」
じ、と僕達は先生を見つめた。実験を行う上で、前例があるならば話を聞いておきたい。先生は暫く誤魔化すように視線を逸らしていたが、四人揃って先生を凝視したので諦めたのか、深いため息をついた。
「お前たちには誤魔化すよりも、全部話しておいた方が危険なことをしそうにないな」
「そうですねぇ、お話しいただかなくても、全て試すつもりでしたから」
ミフネ嬢があっさりと言う。先生は呆れたような顔でミフネ嬢を見て、再び深いため息をついた。貴族ならば、もう少し隠す努力をしろ、と言いたいのだろう。
「階段からの落下事件は、年に二、三回起こる。そのうち、二回に一度は最上段から落下している」
「わたしと同じ状況ですねぇ」
「そして、最上段から落ちた生徒は、口を揃えて最上段の上にもう一段、段差があって躓いたというのだ」
これは、ベルナール伯爵令嬢の証言と一致する。そして、先生はこれは言いたくなかったんだが、と、前置きしてから言った。
「最後に、何故か落ちるのは女子生徒ばかりだ」
「……成程」
何故か頷いたミフネ嬢に対して、先生を含め、僕達は嫌な予感しかしないのであった。そんな僕達の様子は全く気にしていないのか、ミフネ嬢は小声で何か呟きながら考え事を始めた。
「ファラデー、余計なことはしない様に」
先生がミフネ嬢を見て言うが、考え事に夢中になって聞いていないのか、返事はない。二度、三度と呼び掛けても全く反応する様子がないので、先生は諦めて僕の方を向いた。
「貴族院としては、生徒が階段から転落するような事態は防ぎたい。その為、原因が分かっているなら調査に乗り出すべきだという意見は毎年会議で出されている」
「その言い方をするという事は、調査をできない理由があるのですね?」
階段から落ちる頻度が低いので、偶然として処理されているのか、それとも、人為的な事故で都合が悪いので隠されているのか。そう思って尋ねてみたが、先生はそこまで深刻な問題じゃない、と軽く言った。
「只の人材不足だ。が、調査ができていないのは事実。この機会に、第一王子殿下を中心に解決してもらえるのなら有難い、という訳だ」
「なら、どうしてミフネ嬢を止めるのですか?」
女子生徒しか巻き込まれないという事は、ミフネ嬢かクインテット嬢の協力が必須だ。だというのに、ミフネ嬢を諫めるような発言をすることを不思議に思って尋ねると、ヴィヴィア先生は深いため息をついて言った。
「ファラデーの血筋は、最終的に問題は解決するのだが、莫大な損害を生み出すこともある、というのが貴族院教訓でな……」
どうやら、ミフネ嬢の行動力は家系的なものだったようだ。ミフネ嬢もしっかりとその血を受け継ぎ、今も何か新しい作戦を考えているようだ。僕は、少し胃が痛くなってきたので、寮に戻ったら胃薬を送ってもらう事を決めた。
次回更新は8月9日17時予定です。




