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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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一本の木刀

 息を切らしながら、白い煙に包まれたグラウンドを見つめる。段々と煙がおさまり、視界がハッキリしてくると、僕達が先程まで並んでいた場所に逃げ遅れた生徒たちが折り重なって倒れている。

「これは……」

 助けに行った方がいいのだろうか、でも、授業で危険なものを扱うとは思えない。開始時の指示は、立っておくように。つまり、煙は立っていられない程度のもの、睡眠か麻痺の効果があるのだろうか。

「今年も、半分くらいか?」

「いつもより多めかな。三分の一は残ったんじゃないか?」

 グラウンドを眺めていると、少し離れたところで二人組が話しているのが聞こえてきた。最初の仕掛けは毎年恒例のことらしい。一年生に何も教えないのは、咄嗟の判断力を試す為か。えげつない仕掛けである。

「まあ、運が良くて耐性があったら、数人は起きれるだろ」

「麻痺耐性あるやつ少ないだろ」

「数年に一人はいるらしい。おい、そろそろ行かないと、動き出すぞ」

「そうだな」

 そんなことを言いながら、上級生は去っていった。この授業、実践魔法と言う名前なだけあって、実践的な思考、つまり行動力と判断力が求められるようだ。

「殿下、僕達も行きましょう」

「恐らく教師は生徒を見つけては拘束して回るでしょう。相手の実力も数も不明な状況です。まずは身を隠す方がいいでしょう」

「多分、先生たちの方が強いでしょうしねぇ」

「そうだね、グラウンドから離れた方が……」

 その瞬間、がさり、と音がした。クインテット嬢が咄嗟にミフネ嬢の腕を引き体制を低くして、手で僕達に屈むように指示した。

「ハーバー先生、もう行くんですか?」

「コレイン先生。ええ、近場の生徒達は既に逃げているでしょうから」

「確かに、早めに移動しないと、今年もレナルド先生とヴィヴィア先生ばかりに良い所を取られてしまいますね」

 女性教師と、男性教師。二人は話しながら僕達が咄嗟に隠れた草陰の方に近付いてくる。まずい、このままでは見つかってしまう。距離を取らなくては。そう思い、四人でゆっくり、音を立てない様に後ろに下がる。

「ぁ」

 クインテット嬢が小さな声を上げた。どうかしたのだろうか、と後ろを振り向くと、小さな用具倉庫があった。入り口は施錠されておらず、見たところ扉も軋んでいない。音を立てないように気を付ければ、身を隠すにはもってこいだろう。

「……隠れよう」

 逃げ場のない屋内に隠れるのはリスクも高いが、このままだと見つかる可能性が高い。倉庫には窓があるかもしれないし、扉に棒でも立てかければ時間は稼げるだろう。

「私が最後に入ります」

「じゃあ、僕が先に」

「……わたしが二番ですね」

 中に誰かがいることも考慮して、僕、ミフネ嬢、殿下、クインテット嬢の順に入ることにする。扉をスライドさせても音が出ることなく、中に入ることができた。素早く内部を確認する。誰もいない。

「大丈夫だ」

 手招きすると、順番に三人が入ってくる。全員が中に入ったところで、内鍵を掛ける。先生だったら鍵を持っていそうなものだが、念のためだ。倉庫の奥には、窓がある。少し高い位置だが、大きさ的には十分外に逃げられるだろう。

「一応、窓側に寄っておきましょう。窓のすぐ下なら、外からも見えにくい筈」

「外に出るときは、僕、殿下、ミフネ嬢、クインテット嬢の順でいいかな?」

「そうだね。ミフネ嬢はこの高さの窓を超えるのは苦労しそうだ。私達が外から引っ張った方がいい」

「そうですね、一人で超える自信はないです」

 小声で作戦を立てながら倉庫の奥に移動する。小さい倉庫なので、入り口から奥の窓までの距離はない。鍵を掛けている時点で中に入っていることはバレるので、物陰に隠れるのも無理となれば、教師が扉を開け始めた時点で窓から逃げるしかない。

「でも、鍵だけだと心もとないですよねぇ……」

「ミフネ嬢、早くこっちに……」

 できる限り窓に近付いて屈んで待機しようという話をしたというのに、ミフネ嬢は呑気に倉庫の備品を見ている。声を掛けても、物色を辞める気配はない。

「あ、良いものありました」

「……木刀?」

「武術の授業の備品でしょうね」

 護身用に持っておくつもりだろうか。しかし、先生たちは恐らく魔法を使ってくるので意味はない。荷物になるだけだ、と言いかけた時、扉からガチャ、と音がした。

「あれ、鍵かけていらしたんですか?」

「いえ、そんな筈は……」

 先生の声だ。倉庫があることを思い出し、見に来たらしい。窓の鍵を開け、素早く外に飛び出す。着地して振り向くと、既に殿下は窓に足を掛けていたが、ミフネ嬢は何故か木刀をつっかえ棒代わりに置いていた。

「生徒が入ったんでしょうか」

「待ってください、すぐ鍵を……」

 鍵穴に鍵がさしこまれ、かちゃんという音と共に開錠される。ミフネ嬢を何とか窓から引っ張り上げたが、クインテット嬢が間に合わない、そう思った時。

「あれ、開きません」

「おかしいですね……。生徒が引っ張っているんでしょう。変わってください」

 男性教師の気合を入れた掛け声とともに、木刀が折れる音が倉庫に響いた。クインテット嬢は無事に脱出し、教師に見つかることはなかったが、一本の木刀が駄目になったのであった。


次回更新は7月13日17時予定です。

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