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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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階段の往復

 課題が特に多い訳ではなかったので、問題なく階段で転んだ時の条件を纏めることができた。時間、場所、誰が、どのように、他にどんなことが条件として挙げられるか、できる限り条件を書きだし、ついでに条件の組み合わせについても考えたので、簡単なレポートの様になってしまった。

「……まあ、資料は詳しい方がいい、はず」

 そう思って作ったのだが、いざ、他の人に見せるとなると、若干心配になってきた。分厚過ぎて読む気が起きないとか言われたらどうしよう。そう思いながら、殿下、クインテット嬢、ミフネ嬢に書類を渡す。

「昨日の状況をまとめた書類になります……」

「ありがとう、モミジ」

「お仕事が早いですねぇ」

「ありがとうございます」

 僕の心配とは裏腹に、三人とも笑顔で報告書を受け取ってくれた。僕は簡単に書類の内容について口頭で説明する。

「先に内容の確認をした方がいいですか?」

「お願いします」

ミフネ嬢が真っ先に目を通し、昨日の状況と矛盾する点がないかを確認する。特におかしな点はなかったようで、僕に向かってにっこり笑った。ミフネ嬢の確認が終わったので、殿下とクインテット嬢も書類に目を通す。

「これを全部試して、何もなかったら不注意だったという事でよろしいですか?」

「そうですね、これだけ条件があれば、確認としては十分かと」

 渡した書類の最後の方は、どのような条件で試していくか、そしてその結果を書くための欄を作っている。例えば、朝、ミフネ嬢一人。昼、ミフネ嬢一人。夕方、ミフネ嬢一人。と言った風に、ミフネ嬢が一人で時間だけ変えて階段を利用する。そして、朝だけ転んだら、朝というのが転ぶ条件とわかる、と言った感じだ。

「できる限り、昨日の状況に寄せたものは最後に実験するのですね」

「条件が少ないものから試していった方が、結果は分かりやすいので……」

 だが、もしも、これが偶然ではないなら、恐らく初めの単純な実験で転ぶことはないだろう。朝に利用するだけで転ぶようなら、貴族院の中でもっと頻繁に階段から転落するような事故が起こっている筈だ。昨日の事情聴取などの対応から考えて、早々起きるような事ではないのだろう。

「では、早速試しに行きましょう!!」

 ただの不注意なので、気にしないでください。と繰り返し言っていたはずのミフネ嬢が、書類を持って元気よく腕を上に突き上げた。足取り軽く階段のある方向へ歩き出し、途中で僕達が付いて来ていないことに気付いて振り返り、早く来てください、と言う。

「ミフネ嬢、急に元気になってないですか?」

「転んだことについて何か言われるのは煩わしくても、実験をするとなると楽しくなってきたのではないでしょうか」

「知的好奇心が旺盛なことが、ミフネ嬢の良い所だからね」

 偶に暴走するけど、その辺りは言及せずに他人を褒める所が殿下の凄い所だと思う。改めて殿下への尊敬の念を抱きつつ、ミフネ嬢が待っている階段へと急ぐ。

「遅いですよ」

「横暴だな……」

「他に見ている人がいないと、正確な実験はできないんですからね?」

 僕達が階段が見える場所に移動する頃には、ミフネ嬢は既に階段の前でスタンバイしていた。そして、僕に書類を見せてきた。待っている間に、今から試すことができる条件に印をつけていたようだ。

「上から順番にやります。朝、私が一人で。次に、手すりを持ちます。次は本……」

 手すりを持って上るという条件は、昨日は手すりを使わずに階段を上っていたので、手すりを使わないことも条件に含まれると考えたからだ。他にも、一人で何かを口に出しながら上る、一つ上の階から見られている情況、下の階から見られている状況で上る、など、ミフネ嬢一人で行うものだけで軽く20個は条件がある。

「じゃあ、行きますよ~!」

 ミフネ嬢は、軽快に階段を上っていった。昨日はゆっくりと上っていたので、後でもう一回やり直してもらうことにしよう。殆どスキップしながら、と言ってもいい、少しでも着地点を誤れば転びそうな上りかただったが、危なげなく最上段までたどり着いた。

「……大丈夫でしたね」

「次の条件を試しますか?」

 書類にチェックを入れたクインテット嬢が僕に尋ねてくる。僕は少し考えた後、首を横に振った。恐らく結果は変わらないと思うが、一応、実験は正確に行わないといけない。

「さっきは歩いて上ったとは言えないので、もう一度やり直してください」

「ええ~~」

 仕方ないですねぇ、と言って、ミフネ嬢が戻って来ようとした時だった。急にミフネ嬢の後ろに真っ黒な人影が現れ、ぽん、とミフネ嬢の肩に手を乗せる。僕達は驚いたからか、喉から声を全く出すことができず、ただ口を開閉させるだけだ。

「え、な、なんですか?」

 僕達が何も言わないので、自分で確認するしかないと思ったのだろう。覚悟を決めるように深呼吸をしてから、ミフネ嬢がゆっくりと振り向いた。そして、黒い髪と瞳をもったその人物を見て、小さく悲鳴を上げた。


次回更新は8月8日17時予定です。

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