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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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白い煙

 入学式の次の朝。食事を摂るために、僕と殿下は食堂に向かっていた。男子寮、女子寮にはそれぞれ自由に使用できる共同キッチンがあるが、僕達は特に料理が得意ではないので食堂を使うことにしたのだ。

「おはようございます」

「おはようございます~」

 食堂の前で待ち合わせていたミフネ嬢とクインテット嬢が此方に気付いた。他にはまだ生徒は見えない。混雑しない様に早めの時間に食事を摂ることにしておいてよかった。

「おはよう」

「二人ともおはよう。ミフネ嬢、額の痛みは取れたかい?」

「う、あー、もう、大丈夫です……」

「それは良かった」

 殿下は二人に挨拶を返した後、ミフネ嬢の額を覗き込むように尋ねた。ミフネ嬢は前髪の上から額を両手で押さえて、消え入るような声で答えた。痛みがない事を確認できればそれ以上追及することはなく、殿下は食堂の扉を開けた。

「ミフネ嬢、クインテット嬢、どうぞ」

 扉を開け、二人に殿下は声を掛ける。ミフネ嬢は驚いたように固まり、クインテット嬢は焦って扉に近付いた。僕も、正直殿下自ら扉を開けて待つとは思っていなかったので呆気に取られてしまった。

「殿下、そういったことは私が……」

「確かに君は護衛を兼ねているけれど、私の婚約者候補でもある。この位はさせておくれ」

 護衛として提言したクインテット嬢だったが、殿下の微笑みの前では何も言えなくなり、小さく頷いた。僕は殿下の行動に驚きつつ、何もしないわけにもいかないので反対側の扉を開く。

「では、食事にしよう」

 そう言って、殿下は流れるようにクインテット嬢をエスコートして昨日の特別席に向かう。僕は、呆然と立ち尽くしているミフネ嬢の手を取り、今度はガラスにぶつからない様に席に向かうのだった。


 食事を終え、昨日指定された教室に向かおうとする。すると、食堂の職員だろうか、一人の女性から声を掛けられた。

「今日はグラウンドに集合ですよ」

「……ありがとうございます」

 どうやら、毎年入学式の次の日は、朝から全校生徒がグラウンドに集合することになっているらしい。殆どの一年生は朝食の際に周囲の二三年生に言われるが、僕達は早い時間に来ていたので態々伝えに来てくれたようだ。

「お気をつけて」

 そう言われ、不思議に思いながらもグラウンドに移動する。既にそこには数人の教師と、恐らく上級生であろう生徒の姿が見えた。教師と生徒の位置は離れているので、手伝いという訳ではないのだろう。

「あれは、ヴィヴィア先生ですねぇ」

「ということは、私達はあの付近に集合でしょうか」

「そうかもしれない、行ってみようか」

グラウンドの端の方に教師の中に担任であるヴィヴィア先生の姿を見つけたので、四人で其方に向かおうとすると、入り口付近にいた男子生徒に呼び止められた。

「先生の所には行ってはいけないよ」

「何故ですか?」

「授業の準備をされている」

 準備中なら、手伝った方がいいのではないだろうか。首を傾げると、生徒が扱うと危険なものもあるから、近寄ってはいけないよ、と言われ納得する。貴族院は高等教育機関だ。少々危険なものも存在しているだろう。

「なら、僕達はどうすれば?」

「生徒はグラウンド中央で整列、まだ他の生徒もいないから、この辺りで待機かな」

 素直に指示に従い、男子生徒も一緒にグラウンドの中央に移動する。他の生徒もちらほらと集合し始めたが、上級生は真っ直ぐ中央に、一年生は近くの上級生に呼び止められて中央へと次第に人が集まってきた。

「全学年合同授業とは聞いたのですが、何をするんですか?」

「開始前に先生から説明があるから、それを聞けばいいよ」

 雑談として男子生徒に話を振ってみたが、何故か内容は教えてくれなかった。毎年と食堂の人が言っていたので、一年生には教えてはいけない暗黙のルールがあるのかもしれない。ちらり、とクインテット嬢の方を見ると、同じことを考えていたらしく、小さく頷かれる。

「気を引き締めねばならなりませんね」

「僕もそう思う」

 最優先事項は、殿下の安全だ。何が起こるかわからない以上、できる限り周囲の警戒をした方が良さそうだ。二人で作戦会議をしているうちに時間になったらしく、ヴィヴィア先生が点呼を始めるように指示を出した。

「1年Aクラス、全員います」

「Bクラス、揃っています」

 全てのクラスが揃っていることを確認すると、先生方はグラウンドから移動し、ヴィヴィア先生だけが残った。

「全生徒が集まったので、授業を開始する。制限時間は一時間、最後まで立っておくように」

 一年生は元気よく、上級生は間延びした声で返事をすると、ヴィヴィア先生がにやりと笑った。僕達と離れて並んでいる上級生の空気が張り詰めた気がした。

「では、始め!!」

 開始の合図とともに、上級生たちが一斉にグラウンドのから走り出す。

「僕達も行きましょう!!」

「早く!!」

 僕とクインテット嬢も殿下とミフネ嬢を促して上級生についていく。こういう時は先人に倣った方がいいからだ。最後尾のミフネ嬢がグランドから出た直後、グラウンド中を、白い煙が覆いつくした。


次回更新は7月12日17時予定です。

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