責任の所在
案の定、僕がいつも行っていたような書類仕事には誰も手を付けていなかった。ただでさえ提出期限のある書類が多かったので、流石にそこまで手が回らなかったらしい。一連の事件の報告書があらかた完成していただけ奇跡ともいえるだろう。
「とはいえ、本当にキリがない……」
半分以上が書類に浸食されたベッドの上で呟く。少しでも動くと書類の山が崩れるので体勢を変えるのも億劫である。まさか、ヴィヴィア先生による体調確認を行ってから殆ど保健室を出ずに三日間を過ごすことになるとは思ってもみなかった。
「授業は殿下と同じく課題の提出になったおかげで、多少時間に余裕ができましたけど」
「その時間を書類作成に当てているので、実質仕事時間が増えただけですね」
ミフネ嬢とクインテット嬢も保健室に籠って書類仕事をしている。大分体が動くようになってきたとはいえ、基本的に僕が保健室から動けないので二人も此処で仕事をしている。わからない箇所の確認の手間を考えると同じ部屋にいる方が効率的なのである。
「ストックデイル侯爵子息、ヴィヴィア先生が後程部屋まで来るように仰っていた」
「わかりました。ありがとうございます」
フィッシャー辺境伯爵子息が書類の束を片手に部屋に戻ってくる。流石に候補ではない子息ができる仕事は僕達に比べて少ないのだが、代わりに書類整理や伝達事項の確認など細かなことを率先して行ってくれているのである。
「それと、王宮の文官と魔導士塔の魔導士が昼過ぎに応接室に来るので、それぞれ聞き取り調査への協力が要請されているのと、その際に提出できる書類は渡せるように準備しておく必要がある」
「は~い。すっかり秘書が板につきましたねぇ……」
子息は想像以上に補佐として優秀で、お陰で円滑に仕事が進んでいる。本人も自分は補佐の方が向いているかもしれない、と言っていたが、将来的に彼は補佐を受けて仕事をする側なので少し心配である。
「……今日も殿下は王宮から戻られないのでしょうか」
新しい仕事の分担も決まり、各自作業に戻った矢先だった。クインテット嬢が小さな声で呟いた。マシュー兄上に言われて王宮に戻ったその日から、殿下は貴族院に来ていない。僕達への連絡も、全くない。
「王宮での仕事が忙しいのかもしれませんよ」
「そうでしょうか。手間はかかりますが、仕事自体は貴族院でも行えます、これまでもそうしてきたはずです」
今迄、殿下にしか行えない仕事というのは基本的には長期休暇の際に王宮で終わらせていた。緊急のものは貴族院に書類を持ってきて王宮に送り返すか、休みの日に王宮に戻ったりしていたものの、生活拠点が貴族院であったことは確かだ。
「今回の件を経て、私達の実力では殿下をお守りすることは不可能だと、判断されたのではないでしょうか」
「それは……」
何も言い返せない。魔法による空間に殿下も巻き込まれたし、その直後に分断された。エルガー伯爵子息と戦闘になった時は自身の身を守るので精一杯で殿下を気に掛ける余裕がなく、殆ど先生に任せきりだった。
今回は相手が僕を狙っていたからこそ、殿下が怪我をしなかった。だが、実際は殿下が真っ先に狙われる可能性が高い。そんな時、本当に守ることができるのか。そう問われると自信はない。
「でも、わたし達だけの責任とは言えないじゃないですか」
落ち込む僕達に、ミフネ嬢は、はっきりと言った。あまりに堂々としているものだから、意味を理解するまでに少し時間がかかった。
「確かに、わたし達の実力は不足しているかもしれません。ですが、本来、生徒の安全は貴族院側が保証するものです。責任を追及するなら真っ先に教師が責任を取るべきです」
「確かに……」
「それに、今回の事件が起こる直前、殿下は護身用の魔術道具を魔導士長様から頂いていたはずです」
殿下を狙ったような攻撃はなかったが、もしも怪我をしていた場合は、魔術道具が機能しなかったという事で魔導士長様にも責任がある。それに、護身用の魔術道具を渡しておけば警備は強化しなくていい、と判断したのは王宮である。
「そう考えると、わたし達の責任って殆どないんですよ」
「少々強引な結論な気もしますけど……」
だが、間違ってはいない。僕達が成人していて、正式な側近又は婚約者だったのなら責任は重かっただろう。しかし、僕達はまだ一生徒で、未成年だ。
「なので、王宮から戻って来られない、ということは王宮側が殿下の安全を保障する自信が無い、ということですよ」
「そう、ですね」
「警備強化のためにわたし達を王宮に呼び出して特訓させたりするかもしれませんよ」
「それはどうでしょうか」
自信満々なミフネ嬢の答えにクインテット嬢も不安が解消されたらしい。二人で笑いあっている。ミフネ嬢ってすごいな、と考えていると子息に肩を叩かれ、次に時計を見せられる。
「二人共!!急いで食堂に!!」
時刻は昼前。昼食を食べ損なう訳にはいかない。僕達は慌てて保健室を飛び出した。
次回更新は1月17日17時予定です。




