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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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一度の機会

 エルガー伯爵子息の集中力が切れるまで、何とか耐えれば勝機はある。そう思っていたのだが、僕は経験の差というものを少々甘く見ていたようだ。

「魔法、撃ちっぱなしですけど、大丈夫なんですかっ……!?」

「魔力量が多いから、というのもあるけれど、効率のいい魔法の使い方を理解しているからね。少なくとも、ストックデイル侯爵子息が倒れるまで撃ち続けることくらいはできるかな」

「そう、ですか……」

 集中力を切らそう、と持久戦に持ち込もうとしたのだが、相手が選んだのは短期決戦だった。絶え間ない魔法による攻撃で一気に畳みかけ、僕の魔力、体力、気力を削ぐ。抵抗する気など起きないように、圧倒的な勝利を目指す戦い方だ。

「『風よ』!!」

 次々に向けられる魔法のうち、避けられないものだけを魔法で相殺。後は地面を転がったり、机や椅子を楯にしたりして防ぐ。偶に魔法陣の位置を確認しなければいけないので、脳も疲弊してくる。

「『水よ』」

 勢いよく飛ばされてきた水の球を、テーブルの陰に転がり込んでやり過ごす。近くに会った、折れた椅子の足を投げつけて相手の意識を逸らす。

「……このままだと、押し負ける」

 つい、口から言葉が零れ落ちる。幸い、小さな声だった上に他の環境音が大きかったため相手に聞かれることはなかった。が、不利であることは事実だ。段々と楯にできるテーブルや椅子もなくなってきた。防げても後数回と言った所か。

「隙はない。なら、作るしか、ない」

 考える。相手が一番油断するのはどんな時か。答えは簡単、目的が達成できたと確信できた時だ。本当に目的を達成させるわけにはいかないので、当然、そう思わせることが必要となるが、その為には僕が戦闘不可能であると勘違いさせる必要がある。

「……大丈夫、できる」

 一度深呼吸をして、魔力量を確認する。残り魔力全部を使ったとして、真正面から相手の魔法を突破することは難しいだろう。でも、できたとしたら、そこまでやれば、決死の攻撃だと、必ず信じてくれるはずだ。

「『風よ』、『風よ』、『風よ』!!」

「……急に避けるのを辞めたと思えば、今度はなりふり構わず攻撃ですか?」

 テーブルの陰から飛び出して、一直線にエルガー伯爵子息の方へと向かう。目の前を切り拓くように、重ねて三度の風魔法を撃つ。一撃目は防御のために張られた水の膜を切り裂いた。二撃目は同じく風の魔法で相殺された。三撃目はエルガー伯爵子息の直前で散ったが、ぱきん、と軽い音がした。防御のために身に着けていた魔術道具が壊れたようだ。

「『風よ』!!」

 目を丸くしたエルガー伯爵子息が反応する前に、魔力をかき集めて発動させた最後の一撃は、相手の胸元へと真っ直ぐ進んでいく。

「しまった!!」

 エルガー伯爵子息が言うと同時に、胸元のブローチが砕け散る。しかし、すぐにエルガー伯爵子息が僕の腹に右拳を叩きこんだ。予想外の攻撃に、たまらず膝をついた。

「ブローチが……、なんて、言うと思いましたか?残念でしたね、ブローチは空間維持の魔術道具ではありません」

「そん、な……」

 最初から堂々と胸元に飾られていたブローチが魔術道具でないことくらいはわかっている。宝石としては質が良いのでちょっと心が痛んだが、作戦の為なので仕方がない。エルガー伯爵子息はブローチを魔術道具と思わせる、という作戦が成功したからか、大分饒舌になっている。

「一か八かで飛び出したのでしょうが、実力差を見誤りましたね。魔法ができるからと体術ができない、というのは酷い勘違いです」

 それは正直予想外だった。僕は殿下の側近候補な上に魔法に一番長けているという訳ではないので一応弓も扱えるようにしているが、魔法だけで殆どの敵を制圧できるような実力者が時間を割いて武術の訓練をしているとは思っていなかったのだ。

「まあ、これが終わったら記憶を消す魔法をかけるので、言ったところで教訓にも何にもなりませんね」

 ほら立ってくださいよ、と雑に腕を掴まれ、上に引かれる。全力で抵抗すれば振りほどけなくもないが、まだ相手の警戒が完全に解かれたとは言えない。僕から目をそらさず、何かあれば対処できるようにしている。

「……貴方の一撃のお陰で、立てないん、ですけど」

「まだそんな減らず口が……。とはいえ、本当に足は立たないみたいですね」

 反抗的な発言に眉を顰めたものの、完全に脱力している僕の体を確認してエルガー伯爵子息は少し考えるようなそぶりを見せる。一瞬、目線が逸れる。だが、まだだ。もう少し、確実に成功する確信が持てるまで、絶対に悟られてはいけない。

「重……」

 強引に僕を持ち上げようとしたが、流石に筋力が足りなかったのか、面倒くさそうに魔法陣を描く。身体強化魔法のようだ。そして、何とか僕を椅子に座らせ、身体が落ちないように雑に縛られる。

「想定した事態の中では最悪ですが、私の勝ちです」

 勝利の笑みを浮かべたエルガー伯爵子息がそう言った瞬間、足元の魔法陣が輝き始めた。


次回更新は1月10日17時予定です。

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