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ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
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焦げた机

「鍵か!?」

 がちゃん、と響いた音。そして、開かなかった戸棚。予想していなかったわけではないが、やはり鍵が掛かっていたようだ。鍵を開けるにはそれなりに時間がかかると判断していたからこそ、相手の警戒も薄かったのか。このままではクインテット嬢が狙われる、そう思い、魔法での援護を試みる。

「問題ありません!!ヴィヴィア先生、弁償は後程!!」

 クインテット嬢が一瞬振り返ったかと思うと、短く告げた。そしてクインテット嬢は右のこぶしを握りしめ、右足を半歩下げて短く息を吐き、そして勢いよく突き出した。音を立てて戸棚の扉が外れ、戸棚の奥にぶつかった後、手前に跳ね返り床に転がった。

「…………流石クインテットさんですねぇ」

 がらんがらん、と外れた扉が床で回っている光景を、クインテット嬢を除いた全員が無言で見つめていた。誰もが呆気に取られている中、最初に言葉を発したのはミフネ嬢だった。その言葉をきっかけに我に返る。

「クインテット嬢!!中に魔法陣は!?」

 僕が叫んだ直後、エルガー伯爵子息も我に返ったらしい。クインテット嬢の方向に掌を向け、何かの魔法陣を描き始めたが、その指先に向かって強風を発生させて妨害する。怪我をするような威力ではなく、精密な模様を描くことができない程度の妨害だが、時間稼ぎとしては十分だったようだ。

「…………あ」

「クインテット嬢?」

 戸棚を探っていたクインテット嬢の動きがピタリと止まった。どうしたのだろう、と一瞬心配した、その隙に。相手の魔法陣が完成し、光を放ち始めた。

「どうしたんですか!?」

「あり、ません。戸棚の中には、何もないです……」

 困惑した声で告げるクインテット嬢。その言葉を言い切った瞬間、相手の魔法陣が一際強く輝き、そして、やけにゆっくりと進む光の球が、クインテット嬢の方へ向かって放たれた。

「『風よ』!!」

「光を風で何とか出来る訳がないでしょう!?『水よ』!!」

 戸棚近辺は物が雑多に置かれており、動きが遅いとはいえ光の球を避けるようなスペースはあまりない。平均より背の高いクインテット嬢は屈んでも避けることができないだろう。慌てて風魔法を撃つが、光に対する影響力はないだろう、とミフネ嬢が叫んで水魔法を撃つ。

「……ランシー、避けるな。そのまま立ち止まれ!!」

 直撃する、そう思ってクインテット嬢が戸棚に足を掛け、跳ぼうとした時だった。ヴィヴィア先生が叫んだ。何故、と疑問を口にするより前に、先生の指示には従うべきだと直感が告げたのか、クインテット嬢が動きを止める。

「危険はない。其方でしかできないことをしろ!!」

 わかったな、と先生が言うより前に、光の球はクインテット嬢に直撃し、繭を作るように絡みついていく。そして、その光が完全に消えた時には、クインテット嬢の姿は既に無くなっていた。

「…………クインテット嬢」

「騒ぐな。今の魔法はこの空間から貴族院へ移動させる魔法だ」

「ええ、その通り。ストックデイル侯爵子息以外は無事に返す、と言ったでしょう?」

 とはいえ、この部屋を荒らされると少々都合が悪いので、一人だけ先に帰って頂きましたけれど。と、エルガー伯爵子息が笑う。此方の戦力が減らされたことは厳しいが、安全が保障されているなら一安心である。

「ですが先生。外に出たらここに居る人間への印象は薄くなる。彼方でしかできないこと、という事はありませんよ?」

「いや?周りをよく見ると良い」

 まさか、と思って、僕は背後を振り返る。先生たちと僕の間にあるテーブル。其処に刻まれていたはずの魔法陣は、いつの間に完全に消えていた。フィッシャー辺境伯爵子息の顔がやけに疲れている上、テーブルの上が黒焦げになっているので子息が中心となって魔法陣を消してくれたのだろう。

「自身の魔力が僅かにしか流れていないこともあって、操作されても感知できなかったようだな。一つのことに集中しすぎて他の魔法が疎かになる。よくあることだ」

「先程のわずかな時間で、何故……。テーブルに触れる隙は殆どなかったはず!!」

「ああ、触れたのは先程の、ランシーによって意識が逸れた間だけだ」

 魔法陣を完全に消す為には、テーブルに触れる必要がある。この部屋に入って、ミフネ嬢との舌戦を繰り広げている間も、相手は僕達がテーブルに触れないように気を付けていた。先生はその事が分かっていたからこそ、迂闊には触れずに最大威力の魔力を流すだけで魔法陣が解除できるように、細工をしておいたらしい。

「最大瞬間魔力量、というべきか。短時間で大量の魔力を流し込むことに関しては、フィッシャーが最も優れているからな」

「本人は疲れ果ててますけどね……」

「先程の一瞬で魔力の半分以上を消費したようだからね」

 お陰で、クインテット嬢は貴族院に戻っても記憶を失うことなく、助けを呼べる。そして僕達の記憶は思い出しにくくされているだけで完全に消えたわけではない。形勢逆転である。


次回更新は1月3日17時予定です。

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