表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハガル・トッカータ  作者: 借屍還魂
16/200

母なる木

 授業が終わり、図書館で女子三人と合流することになっているので、殿下と話しながら向かう。念のため、移動中はできる限り人が多い道を選び、背後から足音がしないか気を配っていたが、あの足音が僕達の後ろをついてくることはなかった。

「モミジ、香り袋は持った?」

「はい。これ、結構いい香りなんですよね」

 殿下は、昼休みが終わる時に僕が言っていたことを覚えてくれていたようで、忘れていないか確認をしてくれた。僕は胸元から水色の香り袋を取り出し、殿下に見せる。借りている間に思ったのだが、結構いい香りがするのだ。比較的すっとする、樹木系の香りだ。

「そんなに気に入ったのなら、ミフネ嬢に聞いてみたらどうかな」

「そうですね。ただ、授業中に匂いがすると目が覚めるんですが、夜に香った時は寝てしまったことが気になりますけど」

 どちらかというと、すっきりしていて目が覚める香りだが、なんとなく森の中のような落ち着く香りがするので眠気が勝ってしまっただけかもしれないが、少し気になるのだ。

「効能が気になるなら、一度確認した方がいいだろうね」

「今から図書館に行きますし、ついでに調べたらいいですね」

 そう話していると、廊下でヴィヴィア先生とすれ違った。あまり歩いたりしている姿を見たことが無かったので、珍しいな、と思いつつも少し避けて挨拶をする。すると、先生は急に立ち止まり、僕達の方を見て言った。

「ストックデイル、何か良くないことでもあったのか?」

「いえ、特にありませんが……。何故ですか?」

 先生は僕と殿下を順番に見て、少し考えた後、僕に尋ねた。良くない事、といっても特に思い当たることが無かったので不思議に思って聞き返すと、先生は微妙な表情のまま答えてくれた。

「ああ、いや、それならいい。バーチの匂いがしたから気になっただけだ」

「バーチ?これですか?」

 ミフネ嬢の香り袋を見せると、先生はそれだな、と頷いた。この香りと良くないことの関連が分からないな、と思っていると、先生は前置きをしてから説明を始めた。

「本来は二年生の実践魔法の範囲だが、教えておこう」

「お願いします」

「バーチは、森の貴婦人、レディーオブザウッドや、母なる木、マザーウッドと呼ばれる」

 バーチは使い方によっては、肌荒れの改善や皮膚の感染症にも効果的で、抜け毛にも効くと言われている、貴族が比較的好んで集める植物だ。が、魔法の観点から見ると、別の意味を持つらしい。

「この枝は吊るしておくと雷避けになるうえ、守護や浄化、悪魔祓いにも使われる」

「魔除けの効果が高いんですね」

「ああ、特に実体を持たないような相手に効果的とされている」

「成程……」

 実体を持たないような存在は、特定の人物に憑くことが多い。それで、僕が魔除けを持っているという事は、何かあったのではないかと思って声を掛けてくれたらしい。

「問題がないならいい」

 そう言うと、ヴィヴィア先生は急いでいたのか、すぐに行ってしまった。完全に先生の姿が見えなくなってから気付く。ベルナール伯爵令嬢のことを、先生に相談すればよかったことを。

「完全に、タイミングを逃しましたね……」

「そうだね、先生は急いでいらっしゃるようだったし、今日は私達だけで対応して、駄目だと思ったらすぐに相談しに行こう」

「そうですね」

 今回、令嬢の後を追っているものも、実体がない可能性がある。と、なると、この香り袋が効果的かもしれない。図書館で試してみて、効果があればミフネ嬢に頼んで取り寄せてもらおう。


「え、それ、そんな効果があったんですか?」

 図書館で合流し、ヴィヴィア先生の話を伝えると、ミフネ嬢は目を丸くして言った。香り袋は実家の交易の時に貰っただけで、特に効果は知らなかったらしい。

「単純に、すっきりする香りだったので、持ってたんですよねぇ」

「効果があるなら取り寄せてもらおうと思ったんだけど、ファラデー侯爵領のものではないのか」

「バーチが生えているのは、北側ですからねぇ。クインテットさんの家だとどうです?」

 この中で一番領地が北側にあるのはランシー侯爵家だ。ミフネ嬢が尋ねると、クインテット嬢は少し待ってください、と言って考え始めた。

「……そうですね、自生している筈です。頼めば取り寄せられるかと」

「良かった。まあ、効果があれば、ですけどねぇ」

 取り敢えず、ベルナール伯爵令嬢には香り袋を持ってもらい、それぞれ本を捜して持ってくる。僕はバーチの木について、特にバーチを使って祓ったとされるものを中心に調べ、ミフネ嬢とクインテット嬢は悪戯をするものを、殿下は流星群の日に起こった過去の出来事を調べる。

「あ、あの、私はどうすれば……」

「余裕があれば、わたし達から少し離れて、香り袋の効果があるか試して欲しいですが……」

「一人だと流石に不安でしょう。私が一人で調べるので、ミフネさんは一緒に試していてください」

「わかりました」

 令嬢とミフネ嬢が香り袋を試すために廊下に出ていった。そして、僕達は再び本に目を落としたのだった。


次回更新は7月26日17時予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ